29話 目覚め
29
――そうして、一歩を刻み去っていく自分を、わたしは見送ることになった。
「それでいい」
つぶやいた声は届かない。
彼我の間は、へだたれたまま。
それでもわたしは祝福する。
まだわたしならぬ自分は未熟で、勘違いをしているところはあるけれど。
それでも、前に進んだのだから。
「条件は満たされた」
たった一歩。
本人はそう思っているかもしれない。
けれど、勘違いしてはならない。
その一歩は――魔王に至る一歩なのだから。
「彼女を助けてやってくれ――」
***
――そうして、今度こそ本当に僕は目を覚ました。
「……」
意識を失う前に受けた攻撃のダメージのせいで、全身が痛む。
けれど、動けないわけじゃない。
「……なら、いける」
口に出して立ち上がり、即座に状況を把握した。
白い怪物は――かろうじて、逆鉾の君が抑えているようだ。
鎧がボロボロになっているけれど、逆鉾の君はまったくひるむことなく嵐のように鉾を振り回している。
もうひとりのフード女と戦っているのは、マリナさんだ。
狼の毛皮をまとい、別人のように獰猛に戦う彼女は、驚くべきことにタマモたちに近いレベルで戦っている。
多分、あれが『輝きの百合』の切り札なんだろう。
そして……。
「エステル」
彼女は両腕を血まみれにして、意識を失って倒れていた。
「タマモ」
彼女は明らかに青い顔をしながらも、薙刀を持って立ち向かおうとしていた。
「――」
脅威に抗い、戦い、傷ついたふたりの姿。
そんなふたりを見て――獰猛な想いが胸の奥で燃え上がるのを感じた。
それは、以前にオーガからエステルを守ろうとしたときにも感じたものだ。
なにものよりも強い想い。
過去にあったわたしではなく、ここにいる自分が抱く己の証明。
「……ああ。そういうことか」
いまわかった。
理解した。
「自分の望みなんてないと思ってたんだけどな」
アレクシスさんと話をしたときのことだ。
けれど、それはどうやら違ったみたいだ。
こんなにも大きな望みが、自分にはあるんだから。
「許さない」
それは、怒りだ。
大切な人を傷付けるもの、苦しめるもの。その一切を許さない。
そう強く感じればこそ、望みは大きく膨れ上がる。
外敵ならば叩きつぶす。
障害は打ちやぶる。
たとえ相手が神様であっても、地に引きずり落として噛み砕こう。
それを傲慢と言われるなら、甘んじて受け入れる。
そのための力であれば、いくらだって求めずにはいられないから。
「――万魔殿接続」
貪欲に。
獰猛に。
かつての力を引き寄せよう。