23話 喪失の過去
23
「あ、ああ……」
まるで死者のようなうめき声だった。
それはやがて血を吐くような絶叫へと変わった。
「ああああああああああああああああああああああああ!」
耳障りな声だ。
けれど、叫んでいるのは――他ならぬ私自身なのだった。
姉のひとりが肩を抱いてくれていたけれど、ほとんど彼女のことを意識することもできなかった。
なぜか。
失ったからだ。
奪われたからだ。
殺されたからだ。
私たちは守れなかった。
あの方を。
契約を交わした我らが王を。
大切な人だった。
愛してくれていた。
大事にしてくれていた。
愛していた。
唯一の人だった、のに。
「あああああああああああああ!」
守れなかった!
守れなかった! 守れなかった! 守れなかった!
膝を突き、顔をおおう。
そうすることで、現実を拒絶するように。
けれど、見なかったところで、認めたくない現実は消えてなくなってはくれない。
私だけではない。
がらんどうの玉座の間に集まった、誰もが嘆き悲しんでいた。
己の無力を呪っていた。
それは、栄光の日の終わり。
主を失った日の出来事だった。
***
「……あ」
思い出した光景がもたらしたショックは、物理的な衝撃さえ錯覚するほどだった。
具体的になにが起こったのか、詳細は思い出せない。
けれど、感情だけは嫌になるくらいに鮮明だった。
そして、この世界に主様が転生した理由もいまならわかった。
殺されてしまったからだ。
私たちが守れなかったからだ。
こんな大事なことを、どうして覚えていなかったんだろうか。
どうして、疑問に思わなかったんだろうか。
認めたくない現実から、目を背けていた?
……わからない。
けれど、確かなことがひとつある。
かつての私は、私たちは――己の存在意義を果たすことさえできなかったのだ。
「ごぶ……っ」
そう認識した途端、口から吐き出されたのは真っ赤な鮮血だった。
なにが起きた?
一瞬、混乱して、すぐに気付いた。
あまりにも大きな精神的な衝撃が物理的なダメージとして現れた――なんてことは、もちろんない。
さっき喰らった、魔法の毒だ。
滅びの獣たる自分の全力で抵抗していればこそ、独自魔法の凶悪極まる毒に対抗できたのだ。
集中力を切らしても大丈夫なほど、余裕があるわけではなかった。
そこに、完全に忘れていた記憶のフラッシュバックがあった。
それも最悪のトラウマのたぐいの。
この場合、むしろ魂を捧げた忠誠心の強さこそが裏目に出た。
忘我の一瞬で、毒は肉体を喰い散らしていた。
もちろん、これで終わるはずもなかった。
「しまっ……!?」
敵の見せたスキを見逃すはずもない。
我に返った私の目の前に、こちらに飛び込んでくるフード女の姿があった。
「このっ!」
獣の本能がすべての不調を棚上げにして、敵を迎え撃とうと肉体を動かす。
だが、それはあくまで反射だ。
頭のなかのいやに冷静な部分が、状況を正しく把握してしまう。
……手に握った薙刀が重い。
多彩だったはずの手数は、すっぽりと抜け落ちている。
毒によるダメージが深いのもあったけれど、動揺が抜け切れていないのが大きかった。
頭でそう認識していても、どうにもならない。
どうにかなる程度の動揺なら、こんなことには最初からなっていないのだから。
「ぐ……っ」
それでも一撃。
独自魔法で生み出された木槍の打突に対して、薙刀を合わせたのは意地だ。
だけど、そこまでだ。
「ああ……っ」
薙刀が吹き飛ぶ。
そうして次の致命的な一撃を、私はなすすべもなく目の当たりにして――。
「え?」
そこに割り込んだものを見て、私は大きく目を見開いたのだった。
「タマモさん!」
「させない!」
交錯する少女の叫び。
怪物のみが足を踏み入れられるはずの死線に、エステルさんとマリナさんが飛び込んできていた。