21話 従者の戦い5
21
虚を突かれて固まるフードの敵に追撃をかける。
こちらを手負いと思い、不用意に踏み入った報いだ。
「やああぁあああ!」
毒を喰らってもいささかも衰えない切り上げの一撃は、深々とフードの人物の腕を切り裂いた。
あれでもう片腕は動くまい。
私はゆるりと薙刀をかまえた。
その動きにダメージの影響はない。
毒のダメージがないからではない。
ダメージがあっても、それ以上に体を支えるものがあるからだ。
「この身は偉大なる方に仕える従僕。あの方を守るためにあるのです。たとえ弱っていようとも、その誇りにかけて倒れなどしません」
私は偉大なる万魔の王と契約を交わした、滅びの獣のひと柱。
ゆえに、倒れることなどありえない。
薙刀を握る手に力がこもった。
獣の肉体からは、急速に毒が排除されつつあった。
純粋に物理的な毒というよりは、独自魔法によるある種の魔法攻撃なのだから、魔力によって抵抗できるのは当然だ。
確かにダメージはあるけれど、この身は回復力だって人間とは比べものにならない。
あれが切り札だとしたら、おあいにく様だ。
タネの知れた手品になど二度とかかりはしない。
今度はこちらの番だと敵をにらみつけて――ふと、私は気付いた。
「……?」
静かだった。
離れた場所で戦っている逆鉾様の戦いの音が、邪魔なく届くくらいには。
ずっと耳ざわりだった音。
ぶつぶつと続いていたうわごとめいた声が、途切れていたのだった。
代わりに、フードの人物は肩をゆらしていた。
「ふ、ふふ」
「……あなた」
「ふふ。ふは。あはっ」
それは、嘲笑。
愚か者を嘲り、道化を馬鹿にする笑い。
私はそのとき、フード女と戦い始めてから初めて、背筋に冷たいものを覚えた。
理由はわからない。
とにかく、こういうときは先手必勝だ。
なにかやられる前に、斬って捨てる。
そう思って踏み出したところで――女の冷たい声がした。
「滅びの獣」
「!」
思わず私は、目の前のフードの女を見つめてしまった。
「あなた、いまなんと……」
「ふ、ふふ。ふふふ。滅びの獣。滅びの獣! 万魔の王に仕えし、十の獣!」
どうして……。
どうして、その名を知っている?
私と主様との正体は、周囲には秘密にしてある。
知っているのはエステルさんだけだ。
そのはずなのに。
「ははっ! ふふふ。あははははは!」
狂ったように笑う目の前の女は、確かにいま『万魔の王』と『滅びの獣』という単語を口にした。
どうして知っているのか。
……と、私がそう考えたのは当然のことだった。
けれど、あとから考えてみれば、この場面の核心は少し違っていたかもしれない。
どうして知っているのか――だけではない。
この場合、重要なのは『どこまで知っているのか』ということ。
そして、なにより『どこまで知らないのか』ということだったのだから。
「はははは」
知っている女は笑っていた。
知らない私を笑っていたのだ。
「愚かなこと。誇りなど、よくも口にできたことだ」