18話 従者の戦い2
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こうして対峙していても、すっぽりとフードローブに身を包んでいるので、敵がどんな人間なのかはまったくわからない。
けれど、深層域の怪物とともに現れたという時点で、ただの行きずりの冒険者ではありえない。
そもそも、アレクシスさんは今回の異変が迷宮の気まぐれによる自然発生的なものではなく、人間が介入している可能性を示唆していた。
「あなたが『迷宮崇拝派』ですか」
「……」
返答はない。
いや。かすかに、なにかをつぶやいているようだ。
「――ニ、秩序ヲ。反逆者ニ、絶望ヲ」
ぶつぶつと、途切れなく。
まるである種の呪詛のように。
「世界ニ、秩序ヲ。反逆者ニ、絶望ヲ。世界ニ、秩序ヲ。反逆者ニ、絶望ヲ――」
「おっと。これは言葉が通じない方でしょうか」
狂信者、というやつだろうか。
完全に自分の世界に入っているのなら、こんな反応もうなずける。
声自体は女のものだった。
ただ、女性らしさはかけらもない。
枯れてひび割れた草木がゆれるような不気味な響きだけがある。
若いのか歳を取っているのかもわからない。
決まった言葉だけが繰り返されている。
そのありさまは異様であり、端的に言って常軌を逸している。
もっとも、それで呑まれてしまうほど、こちらもやわではない。
不気味ではあるし、気色が悪いが、それだけだ。
「殺す相手と言葉を交わすつもりはないと。それ自体は正しいことではありますからね」
それならそれでかまわない。
「答えないなら、そのまま死ぬがいいでしょう!」
宣言し、踏み込んだ。
手は抜かない。
さっさと終わらせて、逆鉾様の援護に向かうのだ。
そう思って繰り出した攻撃に――フード女が反応した。
「――ッ!」
腕を振り上げて、防御の態勢を取ったのだ。
常人の目にとまらないほどのこちらの速度に反応したこと自体も驚愕だが、驚くのはまだこれからだった。
「……防がれた?」
打ち込んだ薙刀の刃が、腕に受けとめられていた。
いや、違う。
受けとめていたのは、その腕にからみついた木の幹だった。
無論、通常の木であれば、大木であろうとこの薙刀は両断する。
魔法によるもの。
恐らくは、非常に強力な独自魔法のたぐいだ。
それも、ただの防御ではない。
狙いはカウンター。
幹に喰い込んだ刃を固定して、逆の腕を突き込んでこようとする。
「っと、そこまでは許しませんよ」
その直前、私は素早く薙刀を引き、あとずさって攻撃を回避していた。
腕の先端から槍のように突き出した根は、髪を一部引き千切るだけに終わる。
すり足で数メートルをひいて、私は改めて身構えた。
「可能性のひとつとしては考えていましたが。とはいえ、まさか本当に防がれるとは」
驚いたのも本当。
だが、予測していたのも本当だ。
未知の敵との戦いでは、なにがあるかわからない。
なにより獣の勘が、目の前の相手に不気味なものを感じていた。
だから、すぐに回避をできるようにしておいたのだ。
読みが当たったわけだけれど、それで素直に喜べる状況でもない。
「とてつもない手練れですね」
話に聞いてはいたけれど、これが『迷宮崇拝派』。
獣の名を持つモノの基準でいえば弱体化したとは言え、人間基準で考えれば、私の実力は最高位冒険者にもひけを取らないはずだ。
その私と互角に渡り合い、なおかつ『深層域の怪物』をも使役する。
名を知られた冒険者が何人も殺されているというのも納得だ。
「逆鉾様の援護に向かいたかったのですけれど、まずはこの方を倒さなければならないようですね」
薙刀を手に、私は地面を蹴った。
「推して参ります!」