16話 主人の真価2
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ああ。素晴らしきは我が主。
さすがは万魔の王。
……と、以前までの私なら思っていたのだろうけれど。
だけど、いまは違う。
――あなたはグレンのことをわかってないもの。
そう言われたからだ。
だからこそ、わかる。
理解できる。
この刹那に現れた真価こそが、ここにいる主様が、グレンという名の少年として得てきたものだ。
聞いた話によれば、万魔の王の記憶に目覚める前、主様は常にひとりで敵と戦っていたのだという。
一歩間違えれば死なんて場面は、無数にあったはずだ。
そんななかを生きてきた。
戦闘経験の豊富さでは、以前から上級冒険者である『輝きの百合』のほうが上かもしれないけれど、経験した戦いの性質は主様のほうが格段に劣悪だったということだ。
だからこそ、この最悪の瞬間に動くことができた。
グレンという名の少年として、主様が得てきたものが、確かにここにある。
それを実感できたことが嬉しい。
「ふふ。確かに、私はわかっていなかったみたいですね」
私たちの主として魔界に君臨した万魔の王。
その事実があったとしても、主様が生きてきたこの17年間の価値は変わらない。
そうして考えてみれば、見えてくるものがある。
そもそも、今回に限った話じゃない。
主様は女神とやらの勘違いのせいで、うまく魔力を扱えずに素の身体能力が低かっただけで、戦闘技能という意味では非常に高い水準にあった。
精霊使いとして魔力を使えるようになって、あっという間に強くなったのは、これまで鍛え上げてきた地盤がきちんとあったからだ。
それは、薙刀の技を練り上げてきた私だからこそ理解できた。
そもそも、その精霊使いとしての魔力行使だってそうだ。
適性のない勇者として無理な魔力運用をしなければならず、それでも努力して魔法制御を鍛えてきたから、ああも簡単に習得できたのだ。
もしも。
もしもあの方が、完全なる万魔の王の力を手に入れたなら――。
「……いえ。ですが、いまは目の前のことですね」
この世にある他のなによりも楽しい想像を、強い理性で私は打ち切った。
「主が真価を見せたのなら、それに恥じぬようにふるまうのが臣下のつとめですもの」
現状、死者こそ出なかったものの、戦力は低下している。
人間でまともに起きているのは、かろうじて『輝きの百合』リーダーのシャーロットさんだけだ。
座り込んだ彼女は、倒れたマリナさんに回復魔法をかけながら――腕まで回収しているのはさすが上級冒険者というべきか――動揺の表情を浮かべていた。
その目は白い怪物に縫い止められている。
信じられないものを見るように。
「あれは、まさか……『深層域の怪物』?」
ふっくらとした唇から、震える声がもれた。