15話 主人の真価1
15 ~タマモ視点~
暴虐が空間を蹂躙し、なにもかもを破壊する。
バリケードも床も壁も、もはや関係ない。
伸縮性のある羽が無茶苦茶に吹き荒れるさまは、たとえるならミキサーだ。
ミキサーのなかに、小指サイズの小人を放り込んでスイッチを押す。
そんな思考実験にも似た状況に、実際に人間が巻き込まれたらどうなるか。
想像するのは簡単で、それを現実にしてしまえるだけの力が白い怪物にはあった。
――けれど。
「……本当に、ぎりぎりでした」
私はつぶやいた。
あの白い暴風のなかでも、怪我はしていない。
攻撃をさばききったからだった。
とはいえ、久しぶりに冷や汗をかく気持ちだった。
薙刀を握る指が軽くしびれている。
あの羽の一撃を、何度となくさばいたせいだった。
これまで人間の冒険者としてふるまうために、抑えていた力を全開にしたうえで、なるべく受け流したのに、この結果だ。
同じく立っているのは逆鉾様だけ。
こちらは正面から羽を打ち落とした結果、踏みしめた床にわだちを作っていた。
それだけ押し込まれたということだ。
弱体化しているとはいえ、我々滅びの獣が。
当然、脆弱な人間がこの状況でどうにかできるはずもない。
同行していた人間たちは、ほとんどが地に伏していた。
ただ、誰ひとり死んではいない。
自分たちが守ったからだ。
……という部分は、実際にこの手で守った事実から否定はしないけれど、最大の功労者は別にいた。
「主様」
思わずつぶやいた声に熱がこもった。
エステルさんを抱きしめたまま倒れた主様の姿に、私は驚嘆を禁じえなかった。
あの瞬間のことを思い出したからだった。
***
「逆鉾ォ!」
白い怪物が現れた瞬間、主様は叫んでいた。
誰もが反応が間に合わないなか、彼だけは違っていたのだ。
それも、ただの反射ではない。
明確な指針を持って動いていた。
こうして攻撃をしのいだいまだからこそ、私もその思考をトレースできる。
あの怪物を相手にして、主様が疑いなく頼りにできたのは私タマモと逆鉾様の2枚のカードだけ。
ただ、私に対しては口で指示を説明する必要がある。
そんな時間はないので、主様は自分の意思で動かせる逆鉾様に優先して指示を出した。
シャーロットさんたち『輝きの百合』を守るようにだ。
それは正しい判断だ。
なぜなら私は、なにも言わなくても咄嗟に主様を守るから。
指示は要らない。
そこまで見越して、主様は逆鉾様に『輝きの百合』を守らせると、ちょうど寄りそっていたエステルさんごと私のうしろに隠れるように全力で回避した。
直後、白色の暴虐が空間を吹き飛ばした。
けれど、その暴虐は誰ひとり命を奪うことはできなかったのだった。
***
主様が動いていなければ、少なくとも、『輝きの百合』は今頃まとめて、もの言わぬ肉塊と化していただろう。
――あれはなんなのかという疑問。
――仲間をやられた怒り。
――逃げなければという本能。
――背を向けて逃げれば死ぬ実感と危惧。
――ならば戦うにしても、この怪物相手にどう動けばいいかという思考。
それらプロセスから行動に移るまで、熟練冒険者であれば一秒にも満たないだろう。
けれど、あの怪物が相手では、その一秒足らずが全滅するには十分すぎる。
私自身、反応はしていたし、確実に主様だけは守りきれたと断言できるけれど、全員を生かせるような判断はできなかった。
けれど、あの最悪の場面で、主様はただ全員が生きのびるための判断を優先した。
そうすることができたのだ。
不必要なものをそぎ落とし、異常なまでの速度で。