9話 グーで殴る幼なじみ
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「うん。それでこそ、グレンは素敵だと思うよ」
「エステルのおかげだよ」
「だったら嬉しい。――ま。それはそれとして」
エステルはくるりと向きを変えた。
「これは、あのときのお返し」
「へ? ……ぶげっ!?」
振り返ったままの勢いで、グーにした拳を思い切りマーヴィンの顔面に打ち付ける。
不意打ちをもろに喰らったマーヴィンが、うしろにひっくり返った。
「……よし。すっきりした」
エステルは殴った手をひらひらさせて、どことなく満足げな顔をした。
そういえば、自分も殴ってやればよかったと言っていたっけ。
予想もしないかたちで、その望みはかなったわけだ。
一部始終を見ていたタマモがクスクス肩をゆらした。
「あら。殺されかけた落とし前がそれだけでよろしいのですか? 脱獄してきた重犯罪者など、この場で殺してもとがめられることはないと思いますけれど」
「別にいい。私も、グレンと同じだから」
「むぅ。なるほど。同じですか。そうも当然のように言われてしまうと、ちょっと妬けますね。……確かに、私では足りないところがあるようです」
あれ?
と、ふたりのやりとりを見ていた僕は、内心で首を傾げた。
いまの会話は、いつもと少し違っていたような気がしたのだ。
ふたりの距離が近いというか。
なにかあったんだろうか。
いや、いまはそんなこと考えてる場合じゃないか。
マーヴィンを食い殺しかけた岩トカゲは逆鉾の君が倒しているけれど、こいつは何匹もいる下層モンスターのうちの一体に過ぎない。
僕はこちらにやってくるシャーロットさんに向き直った。
「すいません、シャーロットさん。お話の途中に。僕たちはこのまま討伐に移ります」
「いえ。お気になさらず。先程はすばやい対応でした。それでは、私たちも参ります」
シャーロットさんは一瞬だけマーヴィンに目をやり、そのあとで逆鉾の君に視線を向けた。
多分、彼女は組合での騒動を見ておらずマーヴィンのことを知らないので、僕たちとの間になにがあったのか気になったのと、下層のモンスターをひとりで倒してしまった逆鉾の君の戦闘力に驚いたんだろう。
ただ、いまは尋ねる時間はないと判断したのか、すぐにきびすを返して自分のパーティに戻っていった。
「グレン」
「わかってる」
エステルの言葉に、僕はうなずきを返した。
「僕たちも早速、『仮宿』内の討伐に取りかかろう」