8話 乗りこえる少年
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「なんでここに、マーヴィンが……」
いるはずのない人間との遭遇に、僕は唖然としてしまった。
いつもの全身鎧から囚人服に変わっているけど、何年も同じパーティにいた人間の顔を見間違えるはずもない。
「脱獄してきたのか……?」
だが、驚いている暇さえも、状況は与えてくれなかった。
「ひぃいぃいいい!」
悲鳴をあげるマーヴィンのうしろに、岩のうろこを持つトカゲが迫っている。
ギョロギョロした目が気色悪い。
こいつも下層のモンスターだろう。
その割には比較的、動きは遅い。
おかげでマーヴィンはここまで逃げられたのかもしれない。
だが、それもここまでだ。
遅いとはいっても、重戦士のマーヴィンの全力疾走より速い。
それに、トカゲにとってはある程度距離をつめれば十分だった。
「あ……っ」
伸びてきた大きな舌が、マーヴィンの体をからめとった。
宙に投げ出されたマーヴィンが、そこで初めてこちらに気付いた。
目が合う。
「――」
判断する時間は一秒もなかった。
けれど、それで十分だった。
「逆鉾――ッ!」
僕の意思に従い、逆鉾の君が猛然と動き出す。
誰もが間に合わない距離を、魔法銀級冒険者にも匹敵する速度で駆け抜けると、その手に持つ鉾を振るった。
「ギャッ!?」
トカゲが悲鳴をあげる。
鉾は見事に舌を切断し、マーヴィンの体が宙を舞った。
すでに動き出していた僕は、その落下点に走り込んで大柄な体を受けとめる。
「は? ……なに、が?」
地面に下ろすと、マーヴィンは混乱した様子できょろきょろしていた。
ただ、そちらに気を払っている余裕なんてない。
確認すると、逆鉾の君はトカゲ相手に有利に戦いを進めていた。
あのぶんなら大丈夫だろう。
「グレン!」
すぐにエステルが駆け付けてくる。
一緒にやってきたタマモがマーヴィンのことを見て、かすかにけげんそうな顔になる。
スンスンと鼻を鳴らして数秒、眉をひそめた。
「この男……ひょっとして、主様を裏切った者どもABCのどれかでは?」
「どれかって」
「なんとなくイヤなにおいがしましたので」
顔は覚えていなかったらしい。
とても冷たい、モノを見る目でマーヴィンをちらりと見たタマモが尋ねてくる。
「よろしかったのですか」
僕が言えば、いまからでもトカゲの口のなかにマーヴィンをほうり込んできそうな声色だった。
とはいえ、答えは決まっていた。
「いいんだよ」
吹っ切れた気持ちで、僕は答えた。
迷いなく助けられたことで、確信を得られたからだ。
もう僕はなにひとつ、こいつらにとらわれてない。
エステルとの会話のおかげで、そこのところは乗りこえられていた。
もちろん、エステルを殺しかけたこいつらのことを許したわけじゃない。
それはそれだ。
許せない相手だ。
けれど、それだけだ。
いまの僕にとっては、彼らはただそれだけの存在でしかない。
そう思えた。
エステルと目が合うと、彼女は口元に笑みを浮かべた。