7話 脱獄者たちの末路4
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背後から忍び寄ったモノが、カークの背中から一撃を加えた。
対応するどころか、気付くことさえできなかった。
……当然のことだった。
モンスターといつ遭遇するかわからない迷宮で、エドワードたちは普段通りに警戒をしていたつもりだった。
しかし、これまでとは決定的な違いがあった。
彼らの言うところの『期待外れのお荷物』――グレンがいなかったことだ。
ちょっとでも考えれば、わかったはずだ。
パーティの索敵は、すべてグレンがやっていたのだから。
その彼がいない状況で『普段通りの警戒』をしていたのでは、足りるはずがないのだ。
ましてや、ここは彼らが普段狩り場にしている中層とはいえ、迷宮の未踏領域。
彼らの知らないことではあるが、迷宮の異変が起こっているまさにその舞台でもある。
罪から逃げ込んだその先こそが、彼らが末期に抱く絶望と死の入り口だったのだ。
「あ、ああ、あああぁああああああああ!?」
「カーク!?」
悲鳴とともに、カークが引きずられていく。
エドワードは反射的に手を伸ばしかけるが、恐怖が体をこわばらせた。
そのせいで手をつかむこともできず、ただその場には、引きずられた床の血の跡だけが残された。
「うっ、うわああああああ!?」
パニックにおちいったマーヴィンが、悲鳴をあげて我先にと逃げ出していった。
エドワードは金縛りにあったように動けずにいた。
別に、自分の女神の定め人を取り戻すため、なんてことはない。
そんなことは一切思い付かなかった。
ありえないありえないありえない、と。
ただそれだけが頭を埋め尽くしていた。
いうなれば、一種の現実逃避だ。
カークが引きずられていった通路の向こう側から、押し寄せてくるモンスターの影が目に映っても同じだった。
凶悪な下層のモンスターたち。
迫りくる絶望に気が遠のいて――次の瞬間、腹に突き刺さったものが激痛で意識を引き戻した。
「ぎゃああぁあああああ!?」
悲鳴は長く続いた。
楽には死ねなかった。
だから、それは発狂する青年が末期に見た幻だったのかもしれない。
「あ、え……?」
激痛で大きく見開いたエドワードの目に映りこむものがあった。
ありえない光景だった。
さっき見かけたフードの人影が、うごめく怪物たちの間を歩いてきたのだ。
モンスターの間を、人間が歩いてくるなんてありえない。
だから、これは幻だ。
そうでなければ、夢だ。
最悪の悪夢だ。
「――界ニ、秩序ヲ」
悲鳴をあげる体力すら失って痙攣するエドワードの耳に、なにかが聞こえた。
「――世界ニ、秩序ヲ。反逆者ニ、絶望ヲ。世界ニ、秩序ヲ。反逆者ニ、絶望ヲ」
「……ッ!?」
壊れた蓄音機のように繰り返される、虚ろな言の葉。
その声色は、ギシギシと揺れる首吊りの縄の音にも似て。
「ひぁああああああああああ!?」
その瞬間、ついにエドワードは自分の正気を見失った。
「――オオ! 神ハ大イナル慈悲ヲ与エン!」
振り下ろされたモノが、エドワードの頭を叩き潰した。
絶望と苦しみだけを抱いて、彼の意識は永遠にとだえた。