1話 仮宿を襲う異変
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テントで横になって仲間の帰りを待っていた僕は、ぞわりと悪寒を覚えて飛び起きていた。
「なんだこれ」
斥候として鍛えた感覚が、物騒な魔力の気配を感じ取ったのだ。
少し距離はある。
けれど、気配が感じ取れないほど遠いわけでもない。
こういうときは、念のために備えておいたほうがいい。
「逆鉾、来てくれ!」
とにかく、状況の確認を。
枕元の装備をひっつかんで、逆鉾の君と一緒に外に出る。
このあたりではまだ異変に気付いた者はいないようで、外は静かなものだった。
こちらに走ってくる影があった。
「主様!」
「タマモ? それに、エステルも! よかった。ふたりとも、帰ってきて」
なにかあるかもしれないときに、パーティがすれ違いにならずに合流できたのはさいわいだった。
急いで帰ってきたらしく、エステルはタマモに横抱きにされていた。
目を回したのか地面に下ろされてふらつく彼女の体を支えてやる。
「あ、ありがと、グレン」
「あー、いや別に。いいよ」
支えた拍子に顔が近付いてしまい、さっきのこともあってどうしても少し意識してしまったけれど、いまはそんな場合じゃない。
すぐに気持ちを切り替えた。
「それで、こんな急いで帰ってきたってことは、やっぱりなにかあるんだよね」
「ええ。主様もお気付きになられましたか」
「なにが起きてるのかはわかる?」
「申し訳ありません。私も一目散に戻ってきましたので。ただ、モンスターが『仮宿』に侵入したことは間違いないようです」
狐の耳が、ぴくぴくせわしなく動いている。
彼女の五感は、人種とは比べものにならないくらい鋭い。
僕じゃ危険を察知するのがせいぜいだけれど、彼女ならある程度もある程度は把握できるはずだった。
数秒して、タマモは口を開いた。
「戦っている……いえ。あっさりやられていますね。警備の冒険者は」
「なんだって!?」
思っていた以上の事態に、僕は愕然とした。
「このぶんだと、最初の警備網は警鐘を鳴らす余裕さえなくやられたのでしょう。被害が出ているのはここから少し離れた『仮宿』の端のあたりですが、もうテントのほうにも被害が出ているようです」
「……そんな馬鹿な。警備の冒険者はこの層のモンスターのレベルを考慮して派遣されてるんだ。そう簡単にはやられないはずだ」
と言いはしたものの、事実は事実だ。
「なにが起こっているんだ……?」
うめいたところで、今更になって、警鐘の音が鳴り響いた。
あたりのテントが騒がしくなる。
タマモが眉間にしわを寄せた。
「まずいですね」
「タマモ?」
「敵がなだれこんできています。しかも、これは……」
タマモが薙刀を取り出し、反射的に僕も杖を握った。
「お気を付けください、主様。敵が来ます!」
そう言ってすぐに、僕の耳にも重々しい足音と破壊音が聞こえてきた。
こちらにまっすぐ。
すごいスピードだ。
身がまえたところで、テントが作る道の向こうに、大きな影が見えた。
「あれは……」
直立する姿はテントよりも高く、3メートル近い。
筋肉の塊のような、そのたくましい姿には嫌になるくらいに見覚えがあった。
「……オーガ!?」
以前に僕が殺されかけた相手。
下層のモンスターだ。
それも2体。
「どうして、どこから?」
こんな場所にいるはずがないモンスターだった。
状況がわからない。
ただ、警備が機能していない理由だけは理解できた。
「あんなのが襲いかかってきたんじゃ、足どめどころじゃないぞ……!」