6話 記憶のなかの少女
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――白い光が脳裏に満ちる。
その光は、きっと、はるかな過去といまとを隔てるもの。
その先に、愛おしい日々はあった。
「主様! 主様!」
玉座に座っているわたしのもとに、ひとりの少女が駆けてきた。
ぴょんぴょんと跳ねるように走るたびに、黄金色の髪が揺れている。
こちらに向けられているのは、なにやら可愛い拗ね顔だ。
そのまま胸に飛び込んできた少女は、不満たっぷりに言い募った。
「酷いんですよ、聞いてください!」
「どうしたんだい」
「姉様たちってば、主様を独り占めしようとするんです。私だって、主様と一緒にいたいのに!」
言いつのる態度には、隠す気もない好意があった。
腰から伸びた9本の見事な尻尾が、ばっさばっさと揺れている。
微笑ましい彼女の態度に、思わず笑いを誘われてしまった。
「そうか。それは、すまなかったね」
「いえ! 主様が謝るようなことではありません! 姉様たちが悪いんです!」
「だとすれば、それはきみたちの主であるわたしが悪いということだよ」
彼女のことは愛しく思っているけれど、同時に彼女の姉たちも大事な同胞だ。
仲良くしてほしいし、そのためであれば、悪者はわたしでいい。
「うん。埋め合わせはしないとね」
「埋め合わせ、ですか?」
きょとんとした彼女に、わたしは頷いてみせた。
「ああ。今度の戦いには、きみを連れていこう」
「本当ですか!?」
彼女の顔に喜びの笑みが浮かんだ。
「行きます! 行きます! ■■■になんて負けません!」
「ああ。そうだね。わたしたちは負けない」
頷くことに迷いはない。
守るべきもののために。
この力は、そのためにあるのだから。
わたしは立ち上がり、彼女の手を取った。
「それでは、行こうか」
「はい。主様。ずっと一緒です!」
彼女の琥珀色の瞳は、ただただ親しげにこちらを見つめていて――。
***
――それと同じ琥珀色の瞳が、いまもこちらを見つめていた。
愛しい日々が遠ざかり、現在に戻ってくる。
重ねていた唇を、少女はゆっくりと離した。
夢から目覚めた気持ちで、僕は何度も目を瞬かせた。
「いまのは……」
一瞬の出来事だった。
けれど、確かに見た。
なにかの映像。
誰かの思い出。
いや、違う。
そうじゃないと知っている。
理屈ではなく理解できた。
僕は、わたしだ。
「思い出しましたか?」
少女が問い掛けてきた。
一心に見詰めてくるその瞳は、記憶のなかとまったく同じ輝きを宿している。
だからきっと、最後の確信を与えてくれたのは、その輝きだったのだ。
「……タマモ?」
それが、彼女の名前だった。
確かに僕は、彼女を知っていた。
目の前の少女より幼く見えたが、さっき見たあれは確かに過去の彼女で、過去の自分だ。
途端に、パッと少女は――タマモは表情を輝かせた。
「はい。私です。あなたのタマモです」
尻尾をばっさばっさと揺らして言う。
こちらまで嬉しくなってしまうような明るい表情だった。
「良かった。思い出していただけたのですね」
「ああ」
僕は頷きを返そうとして――ふと眉を寄せた。
「いや。どうもあまり思い出せてないみたいだ」
「……あら?」
「きみと知り合いだってことはわかるんだ。だけど、他のことは……」
うまく思い出せない。
感覚としては、記憶喪失に近いかもしれない。
目の前の彼女のことは知っているのに、頭に浮かぶ具体的なエピソードは先程のやりとりくらいのものだった。
「というより、そもそも、これはどういう状況だ? なんで、僕じゃない僕の記憶がある?」
僕は冒険者グレン。
祭壇から湧出した人間種の雄分類で、12歳のときに世界を創った女神から勇者の職業を与えられて、泥臭くも必死に生きてきた。
だけど、目の前の彼女のことを知っているもうひとつの記憶は、確かに僕のなかにあった。
具体的にはまだ思い出せないけれど、そのときの僕は、普通に父親と母親から生まれた人間だったはずだ。
ふたつの記憶は矛盾する。
そもそも、人というものの在り方さえ違っているのだ。
その疑問に答えをくれたのは、目の前の少女だった。
「多分ですが、生まれ変わりというものではないかと」
「生まれ変わり……?」
それは、初めて聞く言葉だった。
この世界にはない概念だ。
けれど、彼女がなにを言っているのか、僕は苦もなく呑み込めた。
それこそ、前世の知識があったからだ。
「そうか。あれは前世の記憶……?」
そう考えると、確かにしっくりくる。
とはいえ、まだわからないことも多い。
どうやら僕には、知らないといけないことがあるようだった。
「タマモ。いくつか聞きたいことがあるんだけどいいかな」
「もちろん、お答えします。私は、主様のタマモですもの」
返答は快いものだった。
うふふーっと、彼女は楽しそうに笑っている。
しかし、不意にその視線がよそに向けられた。
「ですが、その前に片付けてしまったほうがよろしいかと」
「片付ける……?」
直後、轟音が広間に響き渡った。
「なっ……!?」
先程、タマモがオーガを蹴り飛ばした壁面の瓦礫が吹き飛ばされる。
土煙のなかから、オーガの屈強な巨体が姿を現していた。