14話 幼なじみは聞き出す
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僕が外に誘うと、エステルは素直についてきた。
寝ていたタマモたちには黙ってきてしまったけれど、内緒話ということで勘弁してもらおう。
テントが並ぶ『仮宿』の一角には、飲食物を提供する仮設店舗がある。
この世界にある食料は『ミール』と『ドライミール』だけだけれど、飲み物に関しては、かろうじてお酒だけは存在する。
まあ、飲料水も魔法技術で確保しているこの世界だ。
魔法で水を生み出すのもお酒――というか、エタノールを生み出すのも、魔力を用いた生成という点では大差ない。
この世界での酒は『女神の涙』とも呼ばれており、お祭りなんかでは儀式に利用されるし、そのなかでふるまわれることもある。
ただし、お酒といって普通に想像するような、麦酒や葡萄酒といった醸造酒は存在しない。
これは、材料の麦や葡萄がなく、エタノールを直接生成しているので当然のことだ。
代わりにこの世界での酒は、魔法で生み出したエタノールを水で割ったものになる。
度数の非常に高い蒸留酒を割っているのを想像すれば、わかりやすいかもしれない。
前世の認識だと、発酵さえすればいい醸造酒よりも、そこから蒸留する技術が必要な蒸留酒のほうが歴史は新しかったはずなので、このあたりも世界の差と言えるかもしれない。
僕たちは場所代として度数の一番低い酒だけを注文すると、大きなテントの端のほうのテーブルにふたりで腰を下ろした。
普通なら向かい合うところだけれど、エステルは隣に座ってきた。
おまけに、ガタガタと音をたてて椅子を近付けてくる。
内緒話をしたいからだろう。
もっとも、時間も時間なので、盛り上がっているテーブルはいくつかあっても人自体はまばらだ。
そんなことしなくても、聞いている者はいないだろう。
照明もまともに届かない暗がりの席でふたり、ほとんど水みたいなお酒に口をつけた。
「……」
不思議なことに、さっきまでは落ち込んでいたのに、いまは落ち着いた気分だった。
隣にいるのがエステルだからかもしれない。
いつも一緒にいてくれる幼なじみ。
わたしではなく僕を一番知ってくれている人。
「それで、なにがあったの?」
なにかあったのかとすら、エステルは訊かなかった。
それだけで、彼女が内緒話をしにきたのではなく、聞きにきたことがわかってしまった。
「……敵わないな」
自然と体から力を抜けていた。
ひょっとすると、僕は誰かに話をしたいと思っていたのかもしれない。
だとすれば、この幼なじみの少女は、そこまで見越してこの場を設けてくれたのか。
話をするのに抵抗感はなかった。
「アレクシスさんとね、話をしたんだ」
「アレクシス様と?」
「うん。あの人は言ってた。力を得て、なにをしたいのか、なにをするのかが大事だって。そして、実際、そのように行動してもいた」
思い出しながら、本心から告げる。
「あの人はすごい。本当にすごいよ。最高位の冒険者としての自覚と責務はもちろん、芯のところに自分がどうありたいのかって想いがある」
――これは私がかくあれかしと願う私のかたちだ。
そう言い切った彼の姿は輝いて見えた。
これこそ、最高位の冒険者なのかと思った。
そうして自分をかえりみたときに――気付いてしまったのだった。
「……僕には、そんなものない」
自分はなにをしたいのか。
そう自分に問いかけたとき、答えはなかったのだ。