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12話 大切なこと

   12



「……え?」


 虚を突かれた。


 貪欲?

 僕が?


 そんなふうに言われたのは、初めてだった。


 どちらかといえば、欲のないほうだと言われるくらいなのだけれど。


 けれど、そんな僕にアレクシスさんは言うのだった。


「自分はまだまだ足りないと考えているということは、つまり、()()()()()()()()()()()()と思っているということだろう? 黄金級冒険者(ゴールド)の領域に足を踏み入れるだけの力がありながら。確信さえ抱いて、君は不断の努力を続けている。違うかな?」

「――」


 そんなふうに、考えたことはなかった。


 ああ、でも。

 確かにそういうことなのかもしれない。


 ――足りない。

 足りない、足りない。足りない。


 だから。


 もっと強く。

 さらに強く。

 どこまでも強く。


 だから、()()()()


「……」


 どくりと心臓が鳴り、思わず胸を押さえた。


 なんだろうか。


 なにか大切なものに触れかけた気がした。


 そうしてとまどっている僕を見て、楽しそうにアレクシスさんが笑った。


「いいね。その貪欲さは私好みだ。ますます興味が湧いてきたよ」

「アレクシスさん……」


 その笑みを見て、胸のなかに疑問がわいた。


「よくわかりますね」


 アレクシスさんと会うのは、これでまだ3回目だ。

 ここ数日は一緒に迷宮を探索しているとはいえ、互いを知るためには短い時間だ。


 そんな僕の疑問は予想されていたのかもしれない。

 アレクシスさんが肩をすくめた。


「わかるというよりは、知っているというほうが近いかな。私は君のことを前から知っていたからね」

「前から……?」


 それはつまり――あの冒険者組合でのエドワードたちとの騒動の前、ということだろうか。


 とすれば、考えられることはひとつしかなかった。


「『期待外れのお荷物』のことを知ってたんですね」


 まさか最高位の冒険者まで、知っているとは思わなかったけれど。


 とはいえ、アレクシスさんは、同じ『勇者』だ。

 情けない僕の評判を知っていてもおかしくない……。


「いや。違う」

「え?」


 思わぬ言葉に、気づかない間に落としていた目を上げる。


 包容力のある笑みを浮かべたアレクシスさんが、こちらを見ていた。


「君が思っているよりもよく周りは君のことを見ているものさ。組合は将来有望な冒険者の情報を常に集めているし、上級冒険者ともなれば意見を求められることもある」

「それで、僕のことを……?」

「意見を求められた冒険者のうち、印象的な者は覚えている。君もそのひとりだ」


 アレクシスさんはうなずいた。


「確かに君は、勇者としての力に目覚めなかった。特異な性質も不利に働いた。だが――君は努力と工夫によって独自の戦闘スタイルを確立していた。惜しむらくは、君の仲間たちがエステル君以外、努力も工夫も行わなかったことだな。それではいけない。確かにオーソドックスな戦術は多くの者に有効ではあるが、それはあくまで数ある答えのひとつでしかない。たとえ正統派の道を歩んでいけるのだとしても、それで思考停止をしていては成長は望めない」


 淡々と事実を告げる口調はきっと、その言葉が本心からのものであることの証だった。


「その点、君は有望だった。エステル君とともにしかるべき相手と組めば、ゆくゆくは私たち上級冒険者の領域にまでやってくると思っていたよ」

「……」


 思わず言葉を失った。

 こんなふうに言ってもらえるなんて、思ってなかったから。


 それも、すべての冒険者の憧れ、最高位冒険者である青年に。


「その貪欲さは得がたい資質だ。大事にするといい」


 その言葉をどう受け取っていいものか僕が判断しかねている間に、アレクシスさんが続けた。


「ただ、もうひとつ大切なことを忘れてはいけないと、私は思うけどね」

「大切なこと、ですか?」


 なんだろうか。


 最高位冒険者が、この人が、大切だということだ。

 そこには、いまの自分に足りないなにかがあるんじゃないか。


 引き込まれるように尋ねる僕に、アレクシスさんは言った。


「君はなにを望むのか。そして、その力でなにを成すのかということだよ」

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