9話 一歩ずつだけ
9
「……ふう」
遭遇したゴブリンの集団の最後の1匹を、風をまとわせた杖で殴り倒して、僕はひとつ息をついた。
動く敵の姿はもうない。
怪我はなく、息もたいしてあがっていない。
なかなかいい感じに戦えている。
迷宮に入ってから3日が経っているけれど、体力にはまだまだ余裕があった。
「お疲れ様」
「あ。アレクシスさん。ありがとうございます」
後方からじきじきにねぎらいにきてくれたアレクシスさんが、倒れ伏した20匹近いゴブリンたちを眺めた。
「さすがに危うげないね。君たちふたりだけで殲滅か」
僕たちのパーティの戦術では、タマモが索敵したうえで、僕とふたりで先手を取って敵を混乱させ、そこにタイミングを見計らってエステルが魔法を叩き込むかたちになる。
ただ、この階層程度の敵ならエステルの魔法は必要ない。
下層で出てくるチーフ・オークや配下のオークたちと違って、中層のゴブリンは派生種とはいえ知能が低い。
つっこんでいくと全員がこちらに来るため、万が一に備えている逆鉾の君の出番もない。
というわけで、僕とタマモで暴れ回るかたちになっていた。
「タマモが一緒ですからね。とても楽をさせてもらってます」
ちょっと前までは、たまのエステルの援護を除けば、ひとりで戦っていたのだ。
それを考えれば、タマモの存在は頼もしすぎるくらいだった。
しかし、聞いたアレクシスさんは少し怪訝そうな顔をした。
「楽というか、それが普通だろう? ひとりでつっこむようなことはまずないし、してはいけないことだ」
「あー……まあ、そうですね」
そういえば……普通の冒険者パーティというのは、互いに背中を預け合うものなのだっけ。
前のパーティでは、ほぼ単独で戦っていたので、そのへんの認識が欠けていた。
いまから考えみると、とんでもない環境だったなあと思う。
「っと、すいません。早めに魔石の回収を済ませちゃいますね」
話してばかりもいられない。
僕はアレクシスさんにことわって作業に移ることにした。
基本、迷宮内で倒したモンスターは魔石を抜く必要がある。
そうでないと、モンスターがより厄介なアンデッド・モンスターになったり、他のモンスターが死骸から魔石を喰ってより強力な上位種になったりすることがあるからだ。
罰則があるわけではないのだけれど、魔石をそのまま放置することはマナー違反とされている。
作業用のナイフを取り出したところで、タマモが話しかけてきた。
「主様ったら。このような雑事、私が全部やりますのに」
「そうはいかないよ。こっちは僕がやるから」
「主様がそうおっしゃるのでしたらかまいませんけれど……では、こちらは私が処理いたしますね。ふふ。考えてみれば、これも悪くありません。ふたりきりの共同作業ですね」
「うんうん。ふたりなら早く終わるからね」
よくわからないけれど嬉しそうにしているタマモと一緒に、手早く魔石を回収していく。
――と、同時に、頭のなかでは先程の戦闘の反省をしていく。
余裕のある戦闘だったことと、改善点のあるなしは別の話だ。
むしろ訓練と同じで、自分の動きをかえりみるだけの余裕がある戦闘は、いろいろ試すチャンスでもあった。
試行し、思考し、次のステップへ。
一歩ずつ。
「……」
着実に前に進んでいる実感はあった。
けれど、その事実はいまは充足感をもたらしてはくれなかった。
胸に消えない焦燥感があった。
自分は足りない。
この程度の前進では追いつけない。
足りないところを少しでも埋めるために、もっと頑張らないと……。
「グレンさん」
そこで、声をかけられた。
顔を上げると、シャーロットさんのたおやかな笑顔があった。
気付けば、作業は残りタマモがいま行っているところで終わりになっていた。
「あ。すいません、早く先に進まないとですね」
「いえ。そうではなくてですね」
てっきり移動をせかされているのかと思ったのだけれど、シャーロットさんは首を横に振った。
一緒にきていたマリナさんとメリナさんが口を開いた。
「そろそろ交代だよー。お疲れ様」
「次は私たちが担当ですから、グレンさんたちは休憩していてください」
「あ、ああ。そうでしたか」
もうそんな時間か。
気付かなかった。
「わかりました。よろしくお願いします」
「はい。任されました」
シャーロットさんはニコリとして頷き、そのうしろについた聖騎士のナディアさんが軽く頭を下げてきた。
ここからしばらくは、彼女たち『輝きの百合』の面々が先頭をいき、僕たちは『護国の剣』と一緒にうしろをついていくかたちになる。
迷宮のなかなので気を抜くわけにはいかないけれど、これでだいぶ楽になる。
ただ、『輝きの百合』や『護国の剣』の戦いを見ることも、なにか得るものがあるかもしれないので、戦闘になれば目を離すわけにはいかないけれど。
「グレン、大丈夫?」
うしろにさがると、エステルが気づかいの言葉をかけてきた。