7話 もっと強く
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言いたいことは、なんとなくわからなくもない。
僕自身、出会った直後にタマモが確認した通り、この体はそうした機能を備えている。
きちんと彼女を女性として、魅力的に感じることができる。
だったら、他の人間たちがそうなってもおかしくない。
とはいえ、僕はこの目で17年間この世界を見てきている。
「だけど、事実としてこの世界で男女の営みは行われていないよ」
「ええ。そうですね。事実がそうであるのですから、私が気にしすぎなのでしょう……」
そこまで言って、タマモは目を伏せた。
「いえ。というよりは、少し願望が入ったかもしれません」
「願望?」
「私は主様をお慕いしておりますので」
突然の告白に、心臓がドキリと鳴った。
だけど、すぐに冷や水を浴びた気持ちになった。
「ですが、その想いは恐らく、この世界では異様で迷惑をかけるものではないかと思います」
「……」
確かに、それは否定できない事実ではあった。
料理や食事と同じことだ。
男女の営みが行われていないこの世界では、男と女が――雄分類と雌分類が一緒にいるだけでも変な目で見られがちだ。
ましてや、その先の関係なんて。
「他の方にも、男女の関係がありえるのなら、主様にご迷惑をおかけすることもなくなります。しかし、それは願望でしかありません。ふふ。いけませんね。きちんと現実を受けとめなければ」
少し自嘲するように、タマモは笑った。
見ているだけで胸が痛む表情だった。
自分の恋心を迷惑だと思わなければいけないなんて、あまりに惨い。
自然と湧き上がってくる気持ちに、気づけば口を開いていた。
「迷惑なんてことはないよ」
しゅんとしてしまっているタマモに、はっきりとした声で言う。
「そんなことはありえない」
「主様……?」
なんだか、ひどく腹が立っていた。
もちろん、タマモに対してじゃない。
腹を立てていたのは、彼女にそんなことを言わせたこの環境であり、自分自身に対してだった。
「そんなの気にすることなんてないんだ」
だから、強い口調で言いきった。
「料理と同じだよ。それはまあ、秩序を重んじる教会あたりににらまれると厄介……というか、普通に生きていけないから、世間の目からは隠れることになるけど。そんなの隠れていればいいだけのことだ。それが理由で、タマモの気持ちを拒絶したりなんかしないよ」
「主様……」
タマモが胸を押さえて、こちらを見つめてきた。
琥珀色の綺麗な瞳が、少しうるんでキラキラと輝いている。
なんだかそれはとても魅力的な表情に見えてしまって、僕は視線をそらした。
ちょっと、感情的になりすぎたかもしれない。
「まあ、なんだ。とにかく、そういうことだから。そんなことで落ち込んだりはしないで」
「はい」
はずんだ声で、タマモが頷いた。
どうやら気持ちを切り替えてくれたみたいだ。
「さすがは主様です」
「あはは。そう言ってもらえるならよかった」
そんな尊敬のこもったキラキラした目で見られてしまうと、気付くのが遅れた身としてはうしろめたいところもあるけれど。
「私、主様に振り向いていただくために、もっともっとがんばりますね!」
「お手柔らかにね」
やる気満々と言ったタマモの様子に、これは火をつけてしまったかと苦笑する。
もっとも、彼女が落ち込んでいるところは見たくないので、これでいい。
彼女には笑っていてほしいから。
そのためなら、僕は――。
「……」
焦りのようなものを感じてしまって、口をつぐむ。
不思議そうな顔をしたタマモがこちらを見上げてきた。
「主様?」
「ん。いや、なんでもないよ」
「そうですか」
さいわい、タマモは特に疑問に思うでもなく納得してくれたようで、ほっとする。
彼女にこれ以上の負担をかけるわけにはいかないから。
その体温を感じながら、ひそかに決意する。
「……」
自分にはまだ、いろいろと足りない。
万魔の王の記憶を思い出せずにいる自分には。
だからこそ、これからも頑張らないと。
もっと、もっと、もっと――強くなる。
僕は強くならないといけないのだ。
そうして、依頼の日はやってくる。