6話 足りないところ
6
途端、タマモが小さく目を見開いた。
「……隠していたつもりだったのですが、よくお気付きになりましたね」
「やっぱり」
考えてもみれば、当たり前のことだった。
タマモは、慣れない世界にいきなり放り込まれたのだ。
環境の激変は、大きなストレスになる。
それでも、これが彼女ひとりなら、ある程度自由に振る舞えたかもしれない。
けれど、彼女には守るべき対象がいた。
僕だ。
わからないこと、覚えることだらけの慣れない環境。
自分と主の立場に気を配り、安全に気を配り。
同じように僕を守るかつての仲間は逆鉾の君だけで、それだっていまは力だけの存在だ。
これでストレスを感じないはずがない。
確かに彼女は強いけれど、万能の神様なんかじゃないんだから。
……女の子、なんだから。
「タマモはえらいね」
気付くと、僕は彼女の頭を撫でていた。
小さな子供にするように――していたように。
……ああ。
違うな、と思う。
多分、これは僕の行動じゃない。
はるかな過去のわたしが、小さな彼女にしていたことだ。
これはその、再現に過ぎない。
「……」
胸がチクリとした。
僕が記憶を失っていなくて、万魔の王その人としてここにいたなら、こうして彼女がストレスなんて感じることはなかっただろう。
そうでなくても、彼女のストレスにもっと早く気付けてやれたはずだ。
……しまったな。
努力はしているつもりだったんだけれど。
戦いにしろ、気配りにせよ、自分はまだまだ足りていなかったみたいだ。
順調だと思っていただけに、余計にふがいない。
……もっと。
もっと、がんばらないと。
内心で僕がそう決意したところで、タマモがくすぐったそうに笑った。
「お気遣いありがとうございます、主様。私は大丈夫です」
「それならいいんだけど」
僕もどうにか笑みを取りつくろった。
タマモにはお世話になっている。
彼女がいなければ、僕もエステルも生きていなかった。
彼女と出会えたおかげでなにもかもが変わった。
慕ってくれる姿は可愛いと思うし、仲間として親しみもある。
たとえ僕にできるのがわたしの代役くらいだとしても……彼女が安らげるなら、それくらいはしてやらないと。
あと、他にできることは……。
話を聞いてやることくらいだろうか?
「再会してからちょっと経つけど、この世界はどう? やっていけそうかな?」
「そうですね。やはり、とまどうことは多いですが」
タマモは気持ちよさそうに、なでられたまま答えた。
「やはり、特異なのは湧出で人が生まれることでしょうか。あれのせいで、なにもかもが違いますので」
「確かにそうだね」
「ただ……」
タマモは大きな目を少し細めた。
「そう聞いて、身がまえていたよりはマシとも感じました」
「ん? どういうこと?」
「確かに奇妙な社会ではありますけれど、私の目から見て奇形というほどではないと言いますか。ええ。人々も見た限りでも、見えないところでも、肉体的には私の知る人間と変わりないようですので」
彼女は思案げに、コクリと首を傾げる。
「それで男女の営みが行われていないというのは、少し不思議な気もしますが」
「……ん? どういうこと?」
「野に生きる狐は、教わらずして仔を成しますので」
「えーっと」
「湧出という現象によって、社会として男女の営みが根幹にないのは理解しました。しかし、その一方で人は変わらずここでも人であることも事実です。ならば、社会が教えずとも人は人として自然に振る舞うのではないでしょうか」
僕は少し考えて、彼女がなにを言いたいのかを理解する。
「つまり、そうした本能っていうのは、社会に教えられなくても働くものなんじゃないかってこと?」
「そこまで断定的ではありませんけれど。ちょっと疑問に思いました」