4話 おうち相談
4
一度宿に戻って食事を摂ってから、僕たちはシャーロットさんから紹介してもらった店へと向かった。
紹介してくれるだけあって、店はとても丁寧な対応をしてくれた。
賃貸に関してのこまごました説明を受けたあとで、参考資料を何点か受け取る。
これを参考に考えたうえで、追って条件を伝えて、改めて店のほうが検討して提示する候補を見に行くかたちになるようだ。
宿に戻った僕たちは、資料を広げて相談をした。
「それぞれ個室が必要だよね。あとはキッチンがあって……っていっても、基本、『ミール』を温めることだけが目的だから、キッチンは狭いみたいだね。大人数用の屋敷だと、キッチンの広さもある程度確保されてるけど」
「部屋が余るぶんにはよろしいのでは? いまのペースで稼ぎがあれば、無理なく維持できる範囲ですし。大は小を兼ねます」
「確かに。そういう考え方もあるか」
「私たち、もう銀級冒険者だものね。下層を狩り場にしてるから、稼ぎは黄金級冒険者近くあるし。あんまり実感はないけど」
提案に僕がうなずくと、エステルも考えつつ同意を口にする。
「じゃあ、大人数用の屋敷を条件に入れておくかたちでいこうか」
「それがよろしいかと」
ニッコリしたタマモが、ぐっと乗り出してくる。
「それに! 個人の部屋も大事ですが、寝室は別にあるといいと思います」
「寝室?」
「はい。私と主様の寝室です。ほら。夫婦の寝室は同じにしたほうが夫婦仲が保たれるといいますでしょう? やはりこの際、部屋が余っているならダブルベッドで一部屋設けるべきではないかと! 主様と私の愛の巣ですね!」
「えーっと。話が先走りすぎてて、どこからつっこんでいいやら……」
「うふふ。夫婦の寝室を準備されてしまえば、主様も私をお嫁さんにしてしまうほかなくなるかと思いまして!」
「順番が斬新すぎる」
「んー。よくわからないけど、グレンと同じ部屋で寝るのは私だよ。これまでもそうしてきたし。ね? グレン?」
「あああ。話がさらにややこしく……!」
意外とまとまらないものだった。
まあ、なんだかんだでふたりとも楽しそうだし、そんなふたりを見ていると僕も楽しいのでいいのだけれど。
迷宮探索だけじゃなくて、いろいろと順調に進んでいる。
こんな時間も、努力が報われているような気持ちがして嬉しい。
これまで努力が評価に結びつかなかっただけに、なおさらだった。
「まあ、冗談はさておいて。タマモ以外の滅びの獣のみんなと再会できたら、部屋は必要になるだろうから、余分にあるのはいいことだね」
「もう。主様ったら。私は冗談ではありませんのに」
「私はグレンに賛成だよ」
タマモは唇をとがらせ、エステルはマイペースに同意する。
「それじゃあ、この方向で伝えようか。あとは、実際に見てみていいところを選ぶってことで」
「はい。楽しみですね」
「ところで、グレンの昔のお仲間の人といえばなんだけど」
エステルがふとした様子で言った。
「滅びの獣っていうのは、みんなタマモさんみたいに獣人なの?」
タマモを見ながら尋ねる。
「いいえ。違いますよ」
広げていた資料をまとめながら、当のタマモが首を横に振った。
「そもそも、私も獣人ではありません。真性の怪物ですからね。本体は別にあります。といっても、この肉体も偽物というわけではありませんけれど。この世界でのもうひとつの自分と言えばいいでしょうか」
「アバ……?」
「要するに、私は二重に存在しているということです。わかりづらければ、ふたつ体を持っていると思っていればよろしいかと。ちなみに、私の本性は大妖狐ですね」
タマモは、たっぷりとした狐の尻尾を揺らしてみせた。
「そして、滅びの獣は必ずしも『獣タイプのモンスター』というわけではありません。この場合の『獣』というのは、わかりやすくいえば『世界を滅ぼす存在』のような意味合いですので。『厄災』、『怪物』、『悪魔』、『竜』など、別の呼び名も多々ありました」
「実際、逆鉾の君は精霊だよね」
――契約をここに。其は万魔殿の第一柱。混沌に住まう原初の精。
呼び出す際に、自分で口ずさんだ言葉だ。
意味はきちんと把握してなくても、覚えている。
それ以外のコトは覚えていないけれど。
そのあたりはタマモも同じだ。
「まあ、それでは他の滅びの獣の兄様姉様たちが、具体的にどんなモンスターだったかと言われると、答えられないのですけれど。ううー、いけませんねえ。いつまでも寝ボケたままというのは。さっさと思い出せればよいのですけれど」
「それは僕も同じだよ」
情けなさそうに尻尾を丸めるタマモに言ってやる。
実際、彼女よりも自分のほうが状態は悪い。
エステルも話題を振った責任を感じたのか、フォローをしてくれた。
「仕方がないよ。ふたりは、えっと、転生? なんてものをしてきたんだからさ」
「ありがとう、エステル」
お礼を言うと、エステルは首を横に振って、小さく微笑んだ。
その顔がふと、不思議そうなものになった。