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3話 伏せられた歴史

   3



「『迷宮崇拝派』は非常に危険な存在だ。冒険者組合の調査によれば、これまで多くの高名な冒険者がその毒牙にかかってきた。たとえば、そうだな。500年前ほどに天才冒険者として雌分類(フィメール)の地位向上に貢献したホージー=ヤンアルジーや、120年ほど前にこの国で名をはせたハティ=マーナガルムなどは知っているね」

「もちろん」


 どちらも、歴史に名を遺した偉大な冒険者だ。

 冒険者をやっているのなら、さすがに名前くらいは聞いたことがある。


「彼らは『迷宮崇拝派』によって殺されたと言われている。社会の混乱を避けて、組合は調査結果を公表していないけどね」

「そんな、まさか……」


 タマモはピンときていない様子だけれど、僕はエステルとふたりで息を呑んでしまった。


 当然、歴史的にも有名な冒険者は、アレクシスさんと同等か、ひょっとすると、それ以上の力を持っていたはずだ。

 それを殺してしまっているというのは、ただごとじゃない。


「ですけど、どうやって……?」

「そもそも、やつらは教義から迷宮の奥地を目指すために、全体のレベルが高いというのはある。ただ、それだけじゃない。やつらは独自の不思議な術を使う。そのなかには、どうやら迷宮に作用するものもあるようだ」

「迷宮に……」


 迷宮に関わる魔法自体は、迷宮の移動で広く利用されている転移の魔法装置なんかがある。


 それと同じように、なんらかの魔法を使っているということだろうか。


「私は『式』については知らなかったが、モンスターを使役する術については、裏の社会に使い手がいるといううわさ話を聞いたことがある。グレンたちが『式』と遭遇したということは、そうした人間がいま迷宮で活動しているのかもしれない」

「もしかすると、今回の異変も……?」

「まだわからないが、可能性はあるだろうね」

「明日からの調査次第ということですね」


 もしも迷宮の異変が『迷宮崇拝派』の手によるものだとすれば、高名な冒険者を殺した危険集団を相手取らなといけないかもしれないわけだ。


 とはいえ、それは僕たちが上級冒険者に足を踏み入れかけている以上、遅かれ早かれぶつかる可能性のある相手でもある。


 もともと、気を抜くつもりはなかったけれど、ますます気を引き締めてかからないといけないようだ。


「お話ありがとうございます、アレクシスさん」

「いや。こちらとしても、報告は助かったよ」


 空気を変えるように、アレクシスさんが笑みを浮かべた。


「というわけで、今日はしっかりと休んでくれ。もっとも、半日は潰れてしまったみたいだが」

「すいません。アレクシスさんも、せっかくの休日だったのに」

「気にしなくてもいいさ、グレン。それはお互い様だ。君たちも忙しいだろう。昨日は組合の試験だったと聞いているよ。私も見たかったね。マリナとメリナは抜け駆けをしたみたいだが」

「ひどーい! アレクさん! 否定はできないけど!」

「できませんよね。まあ、私たちだけでなく、バッカスさんも来てたんですけど」


 不満顔のマリナさんとメリナさんに対して、アレクシスさんは「冗談だ」と笑う。


 そんなやりとりを見て、シャーロットさんがクスクスと肩を揺らした。


「私も、ふたりから聞きましたよ。話に聞いてはいましたけれど、その印象よりさらに強かったと」

「ほう。そうなのか。バッカスは教えてくれなかったんだ。たまにあいつは意地悪だから」

「それは意地悪ではないと思いますけれどね。アレクは少し、自分のことを自覚したほうがいいと思いますよ。それで迷惑する人もいますし」


 そういうと、シャーロットさんはこちらに茶目っ気のある目を向けてくる。

 上品な人だけれど、お堅いわけでもないらしい。


 バッカスさんからとげとげしい態度を向けられた僕としては、苦笑いをするしかなかった。


「なんにしても、明日はよろしくお願いしますね」


 そう言って、シャーロットさんは微笑む。


 彼女もまたアレクシスさんとは別の意味で、雰囲気のある人だ。

 上級冒険者パーティのリーダーというのは、こういうものなのかもしれない。


 どこか上品な物腰で尋ねてくる。


「今日はこれからどうなさるのですか?」

「昼食を摂ったら、借家を探そうかと」


 もちろん、タマモ念願のおうち料理のためだった。


 前の宿は引き払って、いまでは『恵神の迷宮』近くにある宿に移動している――探索対象迷宮としても過不足なく食糧調達に都合がよいため――けれど、それでは好き勝手に料理はできない。


「あら。みなさんでお住まいに?」

「はい。その予定です」

「そうなのですね……」


 シャーロットさんは、ほんの一瞬だけ言葉をとめて僕たちを眺めた。


 この世界で雄分類(メール)雌分類(フィメール)が一緒の家に住むことは珍しい。


 異様、といってもいいかもしれない。


「それはいいですね」


 ただ、そこには触れずにシャーロットさんはそう言って微笑んだ。

 気遣いのできる人らしい。


「『輝きの百合(うち)』も『護国の剣』も本拠地(ホーム)はありますからね。宿暮らしも悪くはありませんけれど、誰に気兼ねする必要なく、くつろげる空間というのは良いものです。そうだ。よろしければ、うちが懇意にしている店をご紹介しましょうか? 不動産関係の仕事もしていたはずなので。信用ができる良い店ですよ」

「いいんですか。それは助かります」


 ここ最近まではお金に余裕はなかったので、ツテらしいツテはない。

 申し出はありがたかった。


 それから、少し話をしたあとで僕たちはその場を辞したのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 滅びの獣が勢揃いしたら最低でも12人が暮らすことになるから資産的にもいずれ移転することを考えて短期契約の借家でしょうね。 新メンバーが見つかった時の考えて少し大きいぐらいが良いでしょうね。 …
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