2話 迷宮崇拝
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アレクシスさんたちが軽く目を見開いた。
「本当かい?」
「ええ。あれは正確にはモンスターではありません。魔石を利用した『式』と呼ばれる術の一種です。私自身は使えないので詳細はわかりませんが、魔石を核にした存在を創り出し、術者の代わりに戦わせることもできるというものです。ただ、これは世間では知られていない術ですが……」
もちろん、タマモが知っているのは僕と一緒にいた前世での知識があるからだ。
滅びの獣にも得意としていた者がいたらしい。
しかし、この世界では、少なくとも一般には知られていない。
恐らくこれは、女神の神託で得られる職業のなかにこの術に適性のあるものがないためだ。
精霊使いがいなければ精霊を操るすべが存在しないのと同じ。
当然、術の開発は行われない。
そう思っていた――のだけれど。
実際には使っている者がいたということになる。
僕も口を開いた。
「先日、僕たちが遭ったオーガは、使役されたものじゃなかったと思います。ですが、今回の不審な遭遇も同時期に迷宮で起きている異変ではありますし、ひょっとしたら、未踏領域で起こっている一連の異変とつながっているかもしれません。アレクシスさんは、なにか心当たりはありませんか」
尋ねると、アレクシスさんが少し考えるように間を置いた。
「……ちょうどいい機会かもしれないな」
「アレクシスさん?」
「悪いが、前に会ったときには話せなかったことがあるんだ。一般には伏せられていることなのでね。しかし、君たちは私たちに協力をしてくれることになっている。本当は、明日、迷宮に入ってから話をする予定だったが、ここで話をしてしまおうか」
「というと、心当たりがあるんですね」
アレクシスさんは頷いた。
「ああ。グレンたちは『迷宮崇拝派』という集団について聞いたことはあるかな」
「『迷宮崇拝派』ですか? ……いえ。ありません」
聞いたことのない名前だ。
当然、タマモもないことになる。
一方で、エステルは首を縦に振った。
「聞いたことだけは。といっても、私もなにかのおりに耳に挟んだくらいで、詳しくはないですけど。確か女神ではなく、迷宮こそを神とする異教徒でしたか」
「正解だ。実は、歴史自体もそれなりに長い。ただし、当然、表立った歴史ではないけどね。なので、うわさ程度でしか知られていないわけだ」
それはそうだろう。
女神以外の神様、という時点でアウトだ。
この世界には実際に女神がいて、職業を与えてくれる。
その存在を信じる信じないの選択の余地なんて、本来はないのだ。
少なくとも、この世界の人間基準では。
女神から指定された職業が勇者だったのに、実際の適性は精霊使いだった――という事実を知っている僕は、女神の実在には懐疑的になってしまったけれど。
そんなのは例外的だ。
しかし、『迷宮崇拝派』というのは、その例外の存在ということらしい。
「まあ、迷宮が偉大な存在であることは違いない。発想だけであれば、まだしも理解できなくはないがね」
そう言って肩をすくめたアレクシスさんは、不意に表情を厳しくした。
「ただ、『迷宮崇拝派』がまずいのは、女神以外を神としていることだけじゃない」
「といいますと?」
「彼らは迷宮そのものを神としているが、その神性は迷宮の奥地であるほど高いものと考えている。ゆえに、迷宮の奥地に辿りつくための力をたくわえている。それだけならいいんだが……彼らにとって、迷宮の奥を目指せる上級冒険者や、そこに至る可能性がありえる有望な中堅冒険者は、信心もなく神に近付く不届き者ということになるんだ。なので、ときに強硬手段に出ることもある」
……話がキナくさい方向になってきた。
「王都はあまりにも大きく、歴史は長く、こびりついた闇も深い。『迷宮崇拝派』は裏社会にひそみ、時に自分たちの神に近付く者を排除しようとする」
アレクシスさんが真剣な目を向けてくる。
「グレン。すでに君たちも上級冒険者に指をかけている。やつらのターゲットになる可能性は十分ある。気を付けるんだ。実際、私も何度か襲撃を受けている。気の抜けない相手だ」
「アレクシスさんでも、ですか?」
少し驚いた。
上級冒険者の持つ力は圧倒的だ。
仮にアレクシスさんと、いまのタマモが同じくらいの力を持っているとすれば、僕が10人いても勝てる気がしない。
その僕自身、中堅冒険者ではそれなりに優秀な重戦士だったマーヴィンを完封できているのだ。
並の冒険者では、100人いてもアレクシスさんを殺すことはできないと断言できる。
けれど、アレクシスさんは真剣な顔で頷いた。