19話 黒い影
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タマモが表情を変え、不意に背筋に悪寒が走ったのはその直後だった。
――冒険者の心得。
迷宮には危険なモンスターが生息し、ときには迷宮そのものが罠となって襲いかかってくることもある。
なにがあるかわからない。
探索では、ほんのひと時であろうと気を抜いてはいけない。
それは、休憩中であってもだ。
「……っ!」
その直後。
僕たちが休憩していた一帯が、巻き起こる大爆発に呑み込まれた。
***
唐突なことだった。
爆風は周囲の木々をなぎ倒し、地面はくすぶり煙をあげた。
そこに近付いてきたのは、奇っ怪な人形たちだった。
「……」
影を固めたように真っ黒な姿をしたモンスター。
かたちは鎧を着込んだ人型に近いけれど、手足が妙に長い。
数は10体ほど。
魔法で吹き飛ばした獲物の姿を確認しにきたに違いない。
「……?」
その視線の先に――武器を手にした単衣姿の少女と、全身鎧の騎士の姿があったのだった。
「主様を巻き込む不意打ちとは不敬なことです。万死に値しますね」
「……」
タマモが薙刀をくるりと回し、逆鉾の君は鉾を静かにかまえる。
あれだけの爆発のなかにあって、ふたりとも怪我のひとつもない。
先程の魔法攻撃を、魔力をこめた長物の一撃ではじき返したのが、このふたりだった。
基本的に、近接魔法の才能というのは単純な武術の才能以外に、武器に魔力をどれだけうまく流せるかどうかが重要になる。
僕が近接戦闘の才能がなかったのはこの点で、代わりにまだマシだった魔法という手段をあれこれ工夫しなければいけなかった。
ただ、才能ある者であれば武器を魔力で強化するだけではなく、斬線を伸ばしたり範囲を吹き飛ばしたりといったことができる。
いまタマモたちがした武器による魔法防御もそのひとつだ。
「差し出がましいまねをいたしました、主様」
「いや。助かったよ」
エステルをかばう位置に移動していた僕は、防御用に巡らせていた風魔法を解除した。
当然、僕も気を抜いてはいなかった。
結果的にはふたりのおかげで無駄になってしまったけれど、ちゃんと反応してはいたのだ。
まあ、万が一のことを考えれば、防御の手段は何重にあっても悪いことはない。
見れば、『輝きの百合』のふたりも反応できていたようで、飛びすさろうとしたところで足をとめていた。
「うっわ。いまのに反応するんだ?」
僕たちのほうを見て、楽しそうにマリナさんが笑う。
「ひょっとして、君たちは危ないかなって心配したんだけど、全然大丈夫だったね。むしろ守られちゃった。ありがと」
「お気になさらず。マリナさんたちも対処はできていたと思いますし」
油断なく身がまえつつ、タマモとマリナさんが言葉を交わす。
僕も抱えていたエステルを逆鉾の君に任せて、前に出ることにした。
「……」
少し気になることがあるのだけれど、まずは目の前の敵を排除することだろう。
「こちらは僕とタマモでいきます。おふたりにも、何匹か任せてもいいですか」
「いーよ。組合から任されてた昇級評価はもう終わってるしね。ここからは、明後日からの共同探索のお試しといこっか」
「よろしくお願いしますね、グレンさん」
この場には彼女たちのパーティメンバーはいない。
たとえ黄金級冒険者といっても普段より戦いづらいだろうし、おまけにメインの武器を置いてきている。
ここは共同戦線を張ったほうが無難だろう。
短めの剣を抜くマリナさんだけではなく、メリナさんも腰に差していた仕込み杖を長く伸ばした。
どうやらメリナさんはただの神官ではなく、近接戦もできる神官戦士だったようだ。
「それじゃあ行くよ、タマモ」
「ええ。主様に仇なすもの、すべて滅ぶべし。蹂躙とまいりましょう」
僕たちが飛び出すと同時に、影人形たちもまた剣を手に飛びかかってきた。
どうやら魔法だけでなく、近接戦もやれるらしい。
だが、こちらはそれ以上だ。
さすがは上級冒険者の素早い動きでマリナさんが敵に襲いかかり、連携するメリナさんが仕込み杖を鋭く突き込む。
僕とタマモもふたりで突っ込み、魔法をまとった杖と薙刀を叩き込んでいく。
エステルの魔法が横合いから人形をなぎ倒し、1体だけ後衛に向かった敵は逆鉾の君が繰り出した重い一撃で両断される。
みるみるうちに数が減る。
「不意打ちの有利がなければ、こんなものですね」
倒れた最後の1体の人形の顔面が、ストンと落とされたタマモの薙刀の柄尻に砕かれた。