7話 お料理タイム
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「この世界の人間たちの街には『ミール』というものしかないのでしょう? それが、昨日の『ドライミール』と同種のものであるなら、主様が口にするにはあんまりです。食料になりそうなものが手に入りそうな場所に心当たりはありませんか。お食事であれば、私がご用意いたしましょう」
そう言って、自信ありげに胸を張ったタマモを、僕は迷宮に案内することにした。
これまで僕たちが主に対象としていた『魔封の迷宮』ではなく『恵神の迷宮』という別の迷宮だ。
徒歩だとかなり時間がかかるので、魔石を動力にした魔導車を利用するかたちになった。
馬のいないこの世界での、乗合い馬車の代わりのような運搬手段だけれど、それなりに運賃が高いので利用者は多くない。
そこそこ余裕のあるスペースで待つうちに、目的地に着いた。
迷宮の最表層にある転移陣だ。
「この転移の魔法……中間階層に移動できる仕組みは良いですね」
感心した様子でタマモが言う。
「魔法のシステム自体もよくできています。迷宮の魔力を利用しているのでしょうか」
「……そうでないと、不便で仕方ないから」
エステルが口を開いた。
いつもよりもテンションが一段低い。
もともと、朝は弱いほうだけれど、今日は僕たちに合わせて食事を抜いているので、さらにダウナーになっているのだ。
「といっても、使えるのは迷宮内だけだし、飛べる階層は限られてるけど」
「そうなのですか?」
「ざっくり、上層と中層で数か所ずつ。下層はせいぜい入り口の階層くらいだよ」
「へえ。それでも、大したものです。必要は発明の母ということですか。こうした細々とした工夫については、人間たちにも感心してしまいます。あの『ミール』や『ドライミール』とやらも、資源のない世界で人口を支えるカロリーを確保するため、最善の手段ではあるのでしょうね」
タマモは感心した顔で言い、すぐに表情を真顔にした。
「まあ、私は食べませんし、主様にもこれ以上は食べていただくつもりはありませんが」
「食事を用意してもらえるなら、僕としてはありがたいよ」
前世の認識は戻っている。
正直、同じものを毎食毎日食べ続けるのはきついものがあった。
そうしたわけで、タマモのリクエストでやってきたのは『恵神の迷宮』の下層近くだ。
ちなみに、異界の一種である迷宮は大別して、閉鎖型迷宮と開放型迷宮とに分けられる。
閉鎖型迷宮は『魔封の迷宮』のように、塔や洞窟のように、ひたすら閉鎖された通路を移動して、昇るか降りるかしていくタイプだ。
探索する範囲が比較的小さくて済むという特徴がある。
要するに、事前に得ておくべき情報量や、探索で得なければいけない情報量がある程度限られているわけだ。
なので、初心者から上級者まで幅広い層に人気がある。
対して、開放型迷宮は階層ごとに空と大地が広がっている。
小さなもうひとつの世界があると言ったらわかりやすいかもしれない。
こちらは中級者以上向けだ。
ここ『恵神の迷宮』は、上層は荒野と岩山、中層は溶岩地帯が広がっているのだけれど、下層からは草原と森になる。
タマモは下層のなかでも一番表層の階に飛び込んでいき――ひょっこり帰ってきた。
「ただいま戻りました」
「え? もう? 早くない?」
驚いた。
まだ30分も経っていない。
「ひょっとして、ダメだった?」
「いえいえ。これこの通り、きちんと狩ってまいりましたとも」
そういうとタマモは、ウサギに似たモンスターの肉を掲げて見せた。
それも、3羽分だ。
「……驚いた。いや、タマモなら戦い自体は秒殺だとは思っていたけど。ほら。見付けるほうに時間がかかると思ってたからさ」
「ふふ。人間視点だとそうかもしれませんね。ですが、私は鼻が利きますので。狐ですしね」
においを追って、獣の流儀で狩りをしてきたということらしい。
たいしたものだ。
感覚の鋭い獣人種でもこうはいかないだろう。
血抜きや処理も見付けた川でしてきたということで、持って帰ってきた獲物は、見た目はもう『肉』といった感じだった。
焚き火の準備は頼まれてこちらでしておいたので、さっそく、彼女は調理に取りかかる。
「タマモ、料理できるんだね」
「……うーん。この状況で言われるのも微妙ですけれども」
大きなナイフで、まな板も使わずに手際よく肉をぶつ切りにしていたタマモが、細い眉を八の字にした。
「これは、絵面的におしとやかではありません」
「まあ、確かに……アウトドアで、ワイルドで、サバイバルな感じはするけど」
「ぐぬぬ。無念です! お料理の腕をみがいたのは、可愛いお嫁さんになるためでしたのに!」
ズバババババッ! と、肉をお手頃サイズで切り飛ばしつつタマモがなげく。
「誤解なさらぬように、主様。きちんとした設備と調理器具があれば、パーフェクト奥様になることも可能なのですよ? ……正直、調理器具が手に入らなかったのは誤算というか、その発想はなかったという感じでした」
「この世界、料理の習慣がないからね」
必要が発明の母だというなら、この世界の調理関係の品物はなべて母親不在だ。
タマモの料理スキルにいたっては、下手をするとユニークスキルのたぐいである。
「世界の違いを感じます……」
「はは。だけどまあ、かろうじて『ミール』を温めるための鍋類があったのは良かったね」
「それは、本当に。ああ。主様たちはおなかが空いていると思いますし、先に食べ始めておいてください。焼き肉ならすぐに食べられますので」
「タマモはどうするの?」
「私はスープを作ろうかと。骨の多いところを使えば、良いダシが取れるのですよ」
鼻歌を歌いながら湯を沸かし始めたタマモの好意に甘えることにして、僕は浅い鍋を鉄板代わりにして、ぶつ切れ肉を焼くことにした。
タマモがすでに臭み消しの香草とあえてあるので、あとは焼くだけだ。
料理の腕をみがいたと自分で言うだけあって、手際がいい。
「タマモのぶんは取り分けておくね。あ。逆鉾の君はどうしようか」
「ありがとうございます。あと、逆鉾様は気にしないでいいと思います。いまは」
「いまは?」
少し奇妙な言い回しだった。
タマモが鍋からチラリと目を上げた。
「それについても、あとでお話いたします」