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6話 朝のどたばた

   6



「寝ている間の? なんですか?」


 どうやら僕のひとりごとが聞こえていたらしい。


 尋ねてきた彼女が、そこでハッとした顔になった。


 その頬が赤く染まっていく。


「ひょっとして、聞こえてしまっていましたか?」

「聞こえてた? 僕が寝ている間に、なにか喋ってたの?」


 問いかけに、恥ずかしそうにタマモは頷いて――。



「――真言(マントラ)を、少々」



「なんて?」

「主様がいけないんですよ――ッ! 可愛い寝顔をなさっているので!」


 キャーッと、両手で頬をはさむタマモ。


 乙女そのものの愛らしい恥じらい仕草だが、そんな彼女はみんなが寝静まった深夜に真言(マントラ)を唱えていた不審者である。


「主様の寝顔を堪能していたら、いろいろもうたまらん感じになってしまってですね。心を無にする必要があったのです」

「僕、本当になにもされてないよね?」


 逆に不安になってきた。


 タマモ相手が嫌というわけじゃないのだけれど、意識がない間というのは嫌だ。


「本当に困っていたんですよ。私、ほぼ眠る必要とかありませんので」

「まさか一晩中見てたの? 真言(マントラ)唱えながら……?」


 こわいこわいこわい。


「いえ。それはさすがに。といいますか、折角、主様と一緒に寝れる機会なのに、起きているのももったいないではありませんか。必要はないですが、眠ること自体はできますし」

「あ。そうなんだ」

「ええ。心を落ちつけましたら、すぐに眠りましたとも。真言(マントラ)のおかげですね」

「その結論は少しひっかかるけど」


 まあ、心を落ちつけるためのおまじないみたいなものだとすれば、理解はできなくもないか。


 落ちつけ、落ちつけーっと。

 方法はちょっと奇抜だけど。


「……まあ、なにもしてないならいいよ」

「良い夜でした。っと、エステルさんが起きましたね」


 そうタマモが言った直後、エステルがむくりと身を起こした。


 これだけ騒がしくしていたら当たり前か。

 ちょっと申し訳ない。


「起こしちゃった? まだ寝ててもいいけど」

「……ん。まだちょっと眠い、けど。お寝坊さんは駄目だから」

「そう? だったら、おはよう」


 目をこするエステルに挨拶の言葉をかけると、いつもよりぼんやりした紫水晶の瞳がこちらを見た。


「うん。おはよう、グレン」


 寝起き特有の無防備な微笑を返して、エステルは腕を伸ばしてくる。


 整った顔が近付いてくる。


 唇が重なろうとして――。


「ちょちょちょちょちょちょ!? なにをしていらっしゃいますか――ッ!?」


 超スピードで割り込んできたタマモの手が、唇の間に挟まれた。


 それで、虚を突かれていた僕の時間も動き出した。


「あ、あああああ主様!? やっぱり、エステル様とはご夫婦の関係なのでは!?」

「違うから!」


 びっくりした様子のタマモに、同じくらいびっくりした僕も言い返す。


「普段からこんなことしてないから! 一緒に寝ているくらいで!」

「それもアウトですけど――ッ!」


 もっともだった。


「それはそうと、なんでエステル、キスなんて……?」


 僕が尋ねると、エステルは唇を尖らせた。


「だって、グレン。タマモさんとキス、したって」

「……あ」


 そういえば、昨日のタマモとの話を聞いていたんだったか。


 紫の瞳がすねるようにこちらを見つめていた。


「私、したことないのに。……ずるい」

「いや。ずるいとか、そういうことじゃなくてね」


 困ったな。


 幼なじみのエステルとは誰より親しい関係ではあるし、彼女のことを可愛らしいとも思う。

 キスをすることに嫌悪感があるわけじゃない。


 だけど、恋愛感情すら知らない彼女とそういうことをするのは、なにか違うと思うのだ。


「とにかく、そういうのは駄目」

「むう」

「というわけだから、タマモもそろそろ戻ってきて」


 頭を抱えて、ぐるぐると目を回しているタマモに言う。


 ぐいぐい攻めてくる割には、意外とショックに弱い。

 見た目ほど慣れてはいないんだろうか?


 胸を押さえて、タマモは大きく息をついた。


「驚きました」

「僕もだよ」


 ええと、それで……なんだったっけ。


「そうだ。夢だ」


 朝からいろいろあったせいで、あやうく忘れてしまうところだった。


「夢ですか? ああ、さっき言っていた、寝ている間にどうこうという?」

「うん。正確には、記憶……万魔の王の思い出だけど」

「主様のですか」

「そこで、滅びの獣の一柱の記憶を見たから、話をしておこうと思って。ほら。タマモから話を聞ければ、もっと思い出せることもあるかもしれないし」


 夢で見た彼女の名前も、まだ見ぬかつての仲間たちも、僕は思い出せていない。

 もどかしい。


 少しでも手がかりがほしい。


 だから良い考えだと思ったのだけれど、タマモの反応はにぶかった。


「話をお聞きになりたい、ですか……」

「どうかしたの?」


 苦い顔になったタマモに、不思議に思って尋ねる。


 すると彼女は、覚悟を決めたような顔に変わった。


「……話すのなら、早いうちのほうがいいでしょうね」


 なんのことだろうか。


 タマモが部屋のすみに視線を向ける。


 その視線を追って、僕はびくりとした。

 そこに、逆鉾の君が立っていたからだ。


 そういえば、昨日はあまりに眠たくて、そのまま寝落ちしてしまった。


 一晩中、ずっとそうしていたんだろうか。


 微動だにしない姿は、まるで中身のない鎧のように見えた。


 いいや。これは、()()()ではなくて――。


「主様、ご提案があるのですが」


 気付けば、タマモがこちらを見ていた。


 真剣な眼差しをやわらげた彼女は、悪戯っぽく笑う。


「お話をしたいことがあります、が……その前に、お食事にいたしましょう。昨日からなにも食べておりませんので」

◆気になる人がいるかもですが、真言については現実世界の真言とイコールではないです。

似たようなものが異世界にあるんだなと思ってください。異世界にゲルマン神話由来ヨーロッパ民間伝承のエルフがいたり北欧神話のフェンリルがいたり勇者や魔王といった概念があるのと同じようなものです。

異世界の言語から翻訳する際にわかりやすい単語を選んだ結果ということで。

( ˘ω˘)

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