5話 夢のなかの彼女
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「――契約者様? 契約者様? そろそろ、起きたほうがいいんじゃないかしら?」
呼ばれて、目を覚ました。
わたしはどうやら眠っていたらしい。
そこは、丘陵地帯に広がる草原だった。
さかさまの視界のなかで、女がひとりこちらを見下ろしている。
柔らかい感触が、寝転がった頭の下にあった。
どうやら、ひざまくらをされているらしい。
こちらを見下ろす女の顔立ちは、逆光になっていてよく見えない。
ただ、彼女の長く美しい黒髪が、草原を吹き抜ける風に揺れていた。
なんとなくその髪を追いかけて左の手を伸ばすと、なめらかな感触が指の間をすり抜けていった。
「私の契約者様は、お寝ぼうさんね?」
そう言って、彼女は頬をなでてくる。
うつむいたその顔は相変わらず逆光のかげになっていたけれど、からかいと親愛のこもった笑みが口もとにあるのはわかった。
「誤解だよ。これから大勝負だから。精霊を感じていたんだ」
「へえ。私の目からは、ずいぶん前から眠っていたように見えたけれど?」
「英気を養っていたんだよ」
「私のひざまくらは、よく眠れたかしら?」
「おかげさまで。もう負ける気がしないよ」
身を起こした。
「……」
地面に着いた右腕の感覚がない。
ボロボロになったこいつが骨に変わってしまったのは、先日のことだった。
魔法で動きはするけれど、生身に比べれば反応速度は遅い。
この体で戦えるのか、少し不安にも思う部分もあった。
そんな内心はお見通しだったのかもしれない。
「安心して。私はあなたの右腕だもの。■■■にだって負けはしないわ」
その骨の腕を取って、■■■■が言った。
「私の契約者様。ただひとりの人。その身は私が守りましょう。私は――私だけは、いつまでも常にあなたの傍に」
***
そして、朝がやってきた。
目が覚めた瞬間、僕の頭に思い出されたのは、前夜のやりとりだった。
「……いや。問題ないわけないだろ」
一緒に寝ようとか。
エステルとはいつも一緒に寝てるから問題ないとか。
あんまりに眠くて頭が回っていなかったとはいえ、やってしまった。
「うう……」
やらかした感がひどい。
まだ重いまぶたを強くつむって眠気を飛ばしつつ、うめき声をあげてしまう。
女の子ふたりと同じベッドで寝るなんて、なにを考えているのかという話だ。
まあ、といっても、別になにもなかったわけだけれど。
なければいいという問題じゃない。
その結果がこれだ。
右腕にはエステルが抱き付いているやわやわとした感触がある。
左腕には……。
あれ?
左腕には、なにもない。
眠りに落ちる寸前に、嬉々としてタマモがベッドに入ってきた記憶があるのだけれど。
その代わりに、正面に気配。
しょぼつく目を開けると――僕の顔の両側に手をついて、覗き込んできているタマモの姿があった。
「なにしてるの!?」
まだもやがかかっていた頭が、一発で覚醒した。
飛び起きる。
あやうく頭突きをしてしまうところだったけれど、そこはさすがタマモ、その前に身を引いた。
そのまま、僕の腰あたりでぺたん座りをしたタマモが、恥ずかしげに頬を染めた。
「堪能させていただきました」
「なにを!?」
体を手で確認してみるが、違和感はない。
着衣の乱れもなかった。
そんな僕の姿を見て、タマモが少し頬をふくらませた。
「主様の寝込みを襲ったりなんてしませんよ。寝顔を見ていただけです」
「そ、そっか。それならいいんだけど……」
いや。恥ずかしいのであんまりよくはないけれど。
「とりあえずどいてもらえる?」
腰の上に座っていたタマモにどいてもらい、抱き付いているエステルの腕を剥がして、ようやく僕は身を起こした。
「目はお覚めになりましたか」
「おかげさまでね。おはよう、タマモ」
「おはようございます」
頭がようやく回り始める。
そこで、改めてあとまわしになっていたことを思い出した。
「寝ている間の、あれは……」
夢を見ていた。
草原と、黒髪の美女。
やりとりを交わすわたし。
あれはきっと、過去の記憶だ。
そして、ひざまくらをしてくれていた彼女は、多分、滅びの獣のひと柱だ。
まだ、誰なのかまでは思い出せないけれど。
そんなことを考えていると、きょとんとしたタマモが尋ねてきた。
「寝ている間の? なんですか?」