2話 パーティの不和
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冒険者の主な仕事は迷宮の探索だ。
迷宮はこの世界が人類に与えた、ほとんど唯一の資源である。
食料も、燃料も、木材も。
僕たち人種以外のありとあらゆるすべてが、迷宮で湧出する。
要するに、冒険者とは第一次産業の担い手なのだ。
生まれた子供たちのおよそ8割が冒険者となる。
彼らは生活のために迷宮にもぐり、モンスターと戦って日々の糧を得ている。
僕もそのひとりだ。
「――ッ! グレン、気を付けて! マーヴィンのほうから、そっちに追加で1匹いったよ!」
エステルの警告の声に、ハッと僕は顔をあげた。
迷宮中層のなめらかな石造りの通路を蹴って、武装したオークが回り込んできていた。
オークは猪頭の亜人タイプのモンスター。
力任せではあるものの、武器を使う厄介なモンスターだ。
ここ『魔封の迷宮』の中層で現れる、このバンデッド・オークはそれなりに強力なモンスターで、中堅クラスの冒険者と互角の力を持っている。
すでに僕は2匹を相手にしていて、余裕がない。
そこに、もう1匹だ。
冷や汗が頬を濡らした。
ここは時間を稼ぐしかない。
こちらに近付こうとする1体を杖を振り回すことで牽制して、もう1体の攻撃をかいくぐって後退しつつ、魔法の詠唱を口ずさんだ。
「――我が手に宿り、狂え、火のかけら」
僕には近接戦闘武器の才能がない。
勇者としては致命的なこの性質のために、魔法に頼らざるをえなかった。
魔力を世界に作用させることで発動する魔法は、一撃の威力において剣や槍といった武器による物理攻撃よりも優れている。
ただし、基本的には前衛には向かない。
そもそも、魔法とは人の潜在的な無意識領域に干渉することで、本来は内に向けられる内なる魔力を外界に作用させて発動するものとされている。
魔法の詠唱とは、このための一種の暗示のキーであり、魔法に対する集中力を上げる代わりに、それ以外への注意力を奪ってしまう。
魔法が発動するまでには多少時間がかかることをあわせて考えれば、近接戦で使うのは非常に危険なのがわかるだろう。
なかには、魔法戦士のように両立させている者もいるけれど、彼らの場合、威力を犠牲にして発動を簡単にした簡易魔法を使っている。
残念ながら、勇者とは名ばかりで魔法力では平均程度でしかない僕が、ただの簡易魔法を使っても、せいぜい目くらましくらいにしかならない。
だからといって、魔法を安定化させるために完全に集中してしまえば、その隙に目の前のオークの持つ武器で頭をかち割られてしまうだろう。
だから、こうする。
「ぐ……っ」
次の瞬間、魔法の起点としていた左手に激痛が走った。
魔法の暴発――の寸前。
制御しきれない魔力が肉体を傷付ける、そのダメージが許容できるレベルで最大値をぶち込む過剰魔法という技術だ。
これで簡易魔法をブーストする。
本職の魔法使いの過剰魔法ほどの威力は出ないけれど、それでも、魔法戦士の簡易魔法と同程度にはなる。
「喰らえ!」
「プギィ!?」
血にぬれた左手の指先から、炎球が飛び出してオークの顔面に激突した。
下級魔法とはいえ、魔法は魔法だ。
悲鳴をあげてオークの一体が後退する。
だが、まだ息をつくわけにはいかない。
新手が棍棒を振り回してくるのを、僕は盾で受けとめた。
力が自慢のモンスターの攻撃だ。
軽戦士相当の僕が受けとめれば、衝撃を押さえ込めない。
なので、ここは受け流す。
「……ぐっ」
わざと吹き飛ばされて衝撃を殺し、ごろごろと迷宮の床を転がった。
吹き飛ばされたことで、追撃をかけようとしていた敵とも距離があく。
その間に、体勢を整えた。
……床を転がり回る姿には、勇者の華々しさなんてかけらもない。
けれど、生き残るためには、そんな余裕のあることは考えていられない。
右手の杖を打ち付けて近接戦闘をこなし、左腕にくくりつけた盾で命を繋ぐ。
いざというときには反動覚悟の過剰魔法で一発を叩き込む。
チグハグで、中途半端なつぎはぎ細工。
けれど、これこそが数年の冒険者生活で辿り着いた、僕独自の戦闘スタイルだった。
「グレン!」
そうしてかろうじてオークたちの攻撃をしのいでいると、エステルの声が届いた。
「――我が手に宿れ、火のかけら!」
「プギャァアアア!?」
エステルの詠唱とともに、攻撃魔法が飛んでくる。
オークの1体が悲鳴をあげ、喰らった右腕から武器を取り落した。
下級の火属性魔法だが、威力はさっきの僕の魔法より本職のエステルのほうが強い。
腕一本が半ば炭化するほどの重傷を負ったことで、敵の1体の戦力は激減した。
これで、かなり楽になる。
「助かった、エステル!」
そうこうするうち、仲間たちが自分たちが相手にしていたオークを倒して、ようやく駆け付けてくる。
そうしてようやく、僕たちはオークを全滅させることができたのだった。
***
かなり危ない一幕もあったけれど、バンデッド・オークの集団を倒すことはできた。
めでたしめでたし。
といけばいいのだけれど、なかなかそうはいかない。
マーヴィンたちのミスで僕が危険に晒されたことに、エステルが怒ったから――ではない。
エステルが注意を受けたからだ。
「勝手なことをしては困りますね、エステルさん。わたしはあなたに、マーヴィンの援護をするように言ったはずですよ」
基本、パーティの指示は神官のエドワードが担当している。
「おかげで、戦闘終了まで時間が少しかかりました。戦闘が長引くということは、それだけ収入に関わります。おまけに武器が摩耗します。コストがかかるのです。わかりますか」
「はあ? なに言ってるの?」
神経質そうに言うエドワードに対して、エステルも黙っていない。
「マーヴィンとカークがふたりでオーク1匹相手にもたもたやってる間、グレンは3匹を相手にしてたんだけど? というか、そのうち1匹はマーヴィンがミスって逃がしたやつだし」
「なんだ、俺が悪いってのか。モンスターをひきつけるのは、グレンの体質だろ」
マーヴィンがごつい顔を不愉快そうにしかめて、どすを利かせる。
だけど、エステルは一歩も引かなかった。
「だからグレンは2匹を相手をして、おとり役をしてたわけでしょ。たったひとりで。十分過ぎるくらい、グレンは自分の役目を果たしてた。そして、事前の打ち合わせでは、あなたたちふたりが2匹を相手にすることになってた。違った?」
「……ぐ。それは、そうだけど」
「戦闘ではなにがあるかわからないから、良い悪いの話をする気はないよ。ミスったらパーティ全体でフォローするものだしね。だから、わたしは事実を言っただけ。マーヴィンはミスった。グレンがそのしりぬぐいをするかたちになった。わたしはそのグレンをフォローした。それだけだって言ってるの。グレンとわたしが、とがめられる筋合いはない」
普段はおとなしいほうのエステルだけれど、言うときは言う性格でもある。
エステルの言い分は正しい。
彼女がした行動は、本来ならあらかじめエドワードが指示しなければいけなかったものだ。
そういう意味では、エドワードのフォローをしたとも言えるだろう。
……けれど、この場はそれでは収まらない。
なぜなら彼らの間では『僕が悪者だ』という前提で話が進んでいるからだ。
どんなことがあっても、責任をなすり付けられる人柱というのは都合がいい。
それだけに、エステルの言葉に彼らは苛立つ。
正しいか正しくないかは、もはや問題ではないのだ。
こうなっては、話をしても意味がなかった。
「エステル。ここはもう、それくらいで」
僕が口を開くと、エステルは不満そうな顔で振り向いた。
「だけど、グレン……」
「いいんだ」
話をしても意味がないというのもあるけれど、ここは危険なダンジョンだ。
最低限のものとはいえ、パーティによる戦闘ができているから僕たちは無事でいられる。
パーティが機能しなくなるほどのいざこざはまずい。
それは他のメンバーもわかっているようだった。
「これくらいにしておきましょう。それでは、小休止のあとで出発です」
エドワードがそう言うと、カークの肩を叩いて、きびすを返した。
マーヴィンもちっと舌打ちをしてから引き下がった。
しかし、エステルに対してこう吐き捨てることも忘れなかった。
「劣等分類ごときが偉そうに」
「……っ」
劣等分類というのは、雌分類に対する侮蔑語だ。
この世界では、雄分類と雌分類が社会に果たす役割に違いはない。
だが、両者はまったく違う生物だ。
なにせ身体の構造が明らかに異なっている。
そして、異なるということは、そこに優劣を見出す者も出てくるということだ。
基本的に、雄分類と雌分類との間に、頭脳、技能、魔法に差はないものとされている。
その一方で、肉体能力においては厳然として、雄分類のほうが雌分類よりも優れている。
上位冒険者になってくるとまた話は変わってくるのだけれど、平均値としては明らかに優劣がある。
主にダンジョンでモンスターを討伐することで生計を立てる冒険者にとって、これは大きい。
五百年ほど前に、雌分類から生まれたひとりの天才冒険者の登場によって、平等思想が発明されるまでの間、雌分類は劣等分類と呼ばれ、蔑まれる傾向があった。
国によってはいまでも平然と差別を行っていることもある。
僕たちのいるサカンディア王国ではそのようなことはないけれど、人によっては下に見ていることもあった。
いまのマーヴィンのようにだ。
「もう、あいつらったら。グレン、休憩しよ?」
「……ああ。そうだね」
ぷりぷり怒りながら手を引いてくるエステルに連れられて、他の仲間から少し離れたところに僕らは腰を降ろした。
「手、出して。治療するから」
少し離れた場所で腰を下ろすと、エステルが僕の手を取る。
魔法の行使で傷付いた手を見て、彼女は痛そうな顔をした。
「あまり無茶しちゃダメだよ」
魔法で水を生み出して血を洗い流してから、軟膏状の下級回復薬を指に馴染ませてくる。
一瞬だけ痛いけれど、すぐに成分が痛みを麻痺させた。
「くすぐったいよ」
「こら、動いちゃダメ」
彼女の細い指が、僕の指にぬるぬるとからみついてくる。
下級回復薬だと即座には傷は治らず、こうして塗り込む必要があるのだ。
そのため戦闘中には使えないが、肉まで裂けた傷でもある程度までなら1時間ほどで治るので、自然治癒よりは早い。
ダンジョン探索の強い味方だ。
もっとも、あまりにも怪我の頻度が多いと元通りにはならなくなってくる。
僕の左手は少し歪つになっていて、エステルは少し悲しそうに瞳を揺らした。
「グレンはこんなに頑張ってるのに、あいつらったら馬鹿にして」
「まあ、戦い方が無様なのは確かだから」
こんなふうに戦うたびに傷付いて、迷宮を転げ回って汚れてしまう。
勇者の戦い方じゃない。
けれど、エステルはそうは思ってないみたいだった。
「戦い方に無様も立派もないよ。むしろ……グレンは、うん、カッコいいと思うし」
白いほおを赤く染めて、もじもじする彼女に苦笑する。
「エステルはそう言ってくれるけどさ」
「ううん。別に、わたしのひいき目ってわけじゃないよ」
エステルは首を横に振ると、思いのほか真剣な目で見つめてきた。
「結果がすべて。中層域のバンデッド・オーク3匹もひとり引き付けて、あれだけ時間稼ぎするなんて、わたしたちみたいな中堅どころの冒険者には普通できないもの。だから、あんなふうに言われて黙っていられるわけない」
「ごめん。エステルまであいつらと……」
本来なら、これは僕だけの問題だ。
なのに、エステルまであんなふうに暴言まで吐かれてしまった。
僕が謝ると、エステルは小さく笑った。
「良いよ。グレンが怒ってくれたのはわかるし」
「……やっぱ気付いてたか」
エステルが僕の手を引いて休憩場所まで連れてきたのは、彼女に対するマーヴィンの暴言を聞いた僕が、頭に血が昇りかけていたのに気付いたからだ。
「正直、とめてくれて助かったよ」
自分のことならともかく、エステルが悪く言われているのは腹が立つ。
僕は苦い吐息をついた。
「……そろそろ、限界なのかもしれないな」
これまでパーティを解散せずにきたのは、お互いに理由があったからだ。
あの3人が気にしているのは世間体だ。
腐っても僕は『勇者』であり、パーティを解散したとなれば、なにも知らない人間には彼らのほうが追い出されたと見られる。
対して、こちらとしては、今後の身の振り方に不安があった。
さすがにエステルと2人だけで冒険者を続けていくのは厳しい。
しかし、あの3人は特に隠すことなく他の冒険者にも『期待外れのお荷物』の話をしているため、僕の評判はすこぶる悪い。
パーティを解散してしまうと、現在活動をしているこの周辺では仲間になってくれる人がいないのだ。
そうでなくても、僕とエステルは雄分類と雌分類だ。
基本的に、雄分類と雌分類は、差別云々を抜きにしても仲が悪い傾向がある。
――雄分類は雌分類を、細かくて面倒くさく感情的な生き物だと言う。
――雌分類は雄分類を、粗暴で臭くてがさつな生き物だと言う。
別の生き物だから仕方ないのだけれど、価値観が合わないのだ。
もちろん、個人的に別の分類の者と親交を持っている者はいる。
けれど、あえて価値観が合わない相手と、四六時中顔を突き合わせるパーティまで組むというのは相当に珍しい。
そんな状況だから、分類の違う僕たちふたりを受け入れてくれるパーティを探すのは難しい。
だから躊躇していたのだけれど、さすがに最近のあの3人の態度は目に余った。
「……この探索が終わったら、パーティの解散を真剣に考えようか」
「いいと思うよ」
エステルは驚かなかった。
予想していたのかもしれない。
「これまで小さな我慢はたくさんしてきたけれど、最近では戦いにも影響出てるしね。グレンが言い出さなきゃ、わたしから切り出してたと思う。もちろん、わたしはグレンと一緒に行くよ」
「本当にいいの? 最悪、相当遠くまで離れることになるけど」
悪評のない場所まで移動してやり直すのは、かなり苦労するはずだ。
「エステルの場合は悪評がある僕とは違って、ひとりなら、このあたりでも受け入れてくれるパーティを探すことはできると思うよ」
エステルは年齢の割に優秀な魔法使いだ。
雄分類主体のパーティにいて、僕の幼なじみだから仲間内から評価されていないだけで、本当なら冒険者としていまより上の階級にいてもおかしくない。
実際、それは身内びいきばかりではなかった。
「ほら、ミーティアさんのところとか、前に誘われてもいたじゃないか。なんだったら、僕から彼女たちに頼んでも……」
「そこまでだよ」
エステルがずいっと指を突き出してきて、僕は口をつぐんだ。
「じゃあ訊くけど、逆の立場だったら、グレンはわたしを置いて行っちゃうの?」
「うぐっ。いや、それは……」
「ほら、やっぱり。だったら、そんなこと言わないでよね」
自分がしないことを相手に求めるべきじゃない。
それはまったく、その通りだった。
バツの悪い気持ちで引き下がった僕を見て、エステルはくすりとした。
「変なことを気にしないで。いいんだよ。グレンが一緒なら」
にっこりと笑って、言ったのだ。
「わたしはいつも、きみと一緒にいるからさ」
◆「男の人は男の人同士で、女の子は女の子同士でパーティを組むべきだと思うの(画像略」
というわけで、この世界は同性パーティが一般的なので、主人公パーティは珍しい構成になります。
そのあたりが悩みのタネでもあるようです。