4話 宿の一夜
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組合でオーガの魔石や他の素材を換金し、タマモと逆鉾の君をパーティに加える手続きを終えると、もう日はとっぷりと暮れていた。
その頃には、緊張の糸が切れて疲れがどっと出てきていた。
今日は本当にいろんなことがあった……。
と思ったのだけれど、まだ終わりではなかった。
宿に着くと、組合の職員が待っていたのだ。
罪人となったエドワードたち3人の荷物を運び出しているのだという。
僕たちの部屋に彼らの荷物がないか確認された。
彼らの財産については組合で処分したうえで、一部は慰謝料として僕たちに支払われるらしい。
職員たちの説明を聞き終えて必要な書類にサインをし、ようやく部屋に辿り着いた。
「……つ、疲れた。今日はもう休もうと思うけど、いいかな」
「もちろん。問題ありません」
「……私も、疲れた」
タマモはともかくとして、エステルはもう半分眠りかけていた。
部屋に戻ると、彼女はそのままベッドに倒れ込んでしまう。
僕も寝る準備をしようと思って、ふと気付いた。
「あ。しまった。食事を買いそびれたな」
うっかりしていた。
しかし、いまから外に出るのも面倒くさい。
というか、僕も眠い。
「……『ドライミール』ならあるよ」
むにゃむにゃとエステルが言った。
冒険の携帯食である『ドライミール』は、数日分が常備してある。
この際、それでいいか。
もぞもぞと荷物のなかから取り出していると、タマモが不思議そうな顔をした。
「なんですか、それ?」
「冒険者の携帯食。僕はもう疲れちゃったからこのまま寝るけど、タマモは食べるでしょ。それとも、自分で買ってくるようならお金を渡すけど」
「いえいえ。私は主様のそばを離れるつもりはありませんよ。ですが……」
タマモは緑色のスティック状をした『ドライミール』に顔を近付けると、すんすんとにおいを嗅いだ。
途端、鼻筋にしわが寄った。
「なんですこれ。においがありません」
「まあ、ないね? 無臭だけど」
なんのにおいも『ドライミール』からはしない。
なのになんで、臭いものでも嗅いだかのような反応をしてるんだろうか。
疑問の目で見ていると、タマモはしかめっ面で小さく舌を出した。
「薄気味悪い。これ、生命のにおいがいたしません」
「生命の……?」
「食事をするとき、わたしたちは命をいただいています。肉だろうと野菜だろうと同じです。それが、草木ならざる獣の在り方というものです。ですが、この『ドライミール』なるモノからは、その生命のにおいがしません」
どうやら通常の意味でのにおいの話じゃないらしい。
具体的にどんなにおいなのかは想像もできないけれど……。
ただ、ニュアンスから思い当たるふしもあった。
「ああ。ひょっとして、魔石から作られてるからかな」
「魔石から……?」
「言ったでしょ。この世界ではすべての資源は迷宮から得られるって。鋼鉄級冒険者とか青銅級冒険者の持ち帰る魔石は、大部分が通常の『ミール』か、冒険者の携帯食『ドライミール』に加工されるんだ」
だから、この世界の冒険者は第一次産業の担い手とされているのだ。
タマモの言う通り、これはなにかの生き物を加工したものじゃない。
生命のにおいとやらがしなくても当然だった。
「ふむふむ。冒険者が、農家や狩人、漁師の代わりをしているわけですね」
「そういうことになるね……ふわあ」
言葉があくびに呑み込まれた。
まずい。
まぶたがくっつきそうだ。
「……ごめん。僕も限界。これは好きに食べちゃっていいから」
「いえ。せっかくですけれど、遠慮しておきます。なんだか食指が動きませんので」
「ならいいけど。それじゃあ、僕は床で寝るからタマモはエステルとベッド使って」
うとうとしながらも、迷宮用の寝具を取り出した。
せっかく宿を取っているのにもったいない気もするけれど、この小さな部屋にベッドはひとつ、他の部屋は空いていなかった。
……まあ、正確に言えばエドワードたちが使っていた部屋は空いているのだけれど、そこを使うのはさすがに気が進まない。
けれど、広げようと思った寝具は、タマモの手に取り上げられた。
「なにをおっしゃいますか! 主様を床で寝かせるわけにはまいりません!」
「……だけど、女の子を床で寝かせるわけには」
「いいえ! 主の寝所を取り上げるなんて従者としてありえません! 兄様姉様方も同じことをおっしゃいます! むしろそんなことを主様に言わせたわたしの首が飛び肉体は四散するでしょう!」
「こわい」
そして、眠い。
押し問答をしている間に、寝落ちしそうだ。
もう頭が回っていなかった。
「……わかった。それじゃあ、一緒に寝よう」
深く考えることなく言うと、ぴょんとタマモが飛び上がった。
「よ、よろしいのですか!?」
「うん」
エステルとはいつも一緒に寝ているのだ。
問題ない。
……なにかおかしな気がしたが、とにかくいまは眠かった。
もぞもぞとベッドに入ると、先に寝ていたエステルがむずがるように腕を引き寄せてくる。
僕もすぐに眠りのふちに引き込まれた。
そうして――懐かしい、夢を見た。