15話 ひとつの区切りと新たな出会い
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エドワードが杖をこちらに突きつけると、釣られたようにカークが飛び出してきて剣を抜いた。
最後に、起き上がったマーヴィンが大剣を手にした。
「な、なんなんだ、その力は!」
エドワードが大声でわめいた。
「グレン、お前はぁあああ! ありえない! ありえないだろう!」
「……ありえないのは、お前たちのほうだよ」
冒険者組合での暴力沙汰もまずいけれど、抜剣は特に厳しく罰せられる。
正気とは思えない。
もっとも、剣を抜いたのは反射的なもののようだ。
特にマーヴィンは、両手で握っている大剣がガタガタと震えるほどに怯えていた。
まあ、そうでなければ困る。
わざわざ正面から力でマーヴィンをねじ伏せるような真似をしたのは、報復を避けるためなんだから。
こいつらの性格は知っている。
マーヴィンが殴りかかってきた時点で確信したけれど、中途半端なことをすれば、間違いなく彼らは逆恨みをするだろう。
迷宮での殺人未遂だと情状酌量の余地もあり、厳しい処罰が下りはするけれど、死刑とまではならない可能性が高い。
死んでさえいなければ、いずれなんらかのかたちで報復に来る未来がありえた。
そうならないために、僕自身の手で完膚なきまでに心をへし折っておく必要があったのだ。
とはいえ、組合で剣を抜くところまでは――そこまで愚かだとは思っていなかったという意味で――想定していなかったけれど。
「……主様」
「うん。わかってる」
抑えた声で呼びかけてくるタマモに、こちらも小さく返した。
迷宮でのエステルへの攻撃に加えて、僕への不意打ちの攻撃、さらには組合で剣を抜いたのだ。
こいつらはもう終わった。
しかし、後始末はしておかないと、捕縛までの間に被害が出る可能性がある。
戦闘の腕だけなら、3人は中堅どころの冒険者としてそれなりのものを持っている。
周りには中堅冒険者だけではなく、青銅級冒険者や黒曜石級冒険者といった下級冒険者もいる。
実力もまだ半人前の、12、3歳程度の子供たちだ。
錯乱した3人が逃げ出そうとして襲いかかりでもすれば、非常に寝覚めの悪いことになりかねない。
同格の中堅冒険者は数こそいるが、こちらも被害なくとめられるかといえば危険がある。
その点、いまの僕なら、襲いかかってくる3人を正面から撃破することならできるだろう。
ただ、逃げる3人を瞬時に叩き伏せることはできない。
だから、ここはタマモに協力してもらうのが正解だ。
「……」
無言のまま、ちらりと僕はタマモに視線をやった。
彼女がふたりを抑えてくれれば、僕は残りのひとりに集中できる。
それで十分だ。
タマモが頷き、僕が合図を出そうとする。
そのときだった。
「え?」
――トンッ、と。
軽い音を立てて、その青年はエドワードとカークの目の前に着地したのだ。
「そこまでだ」
その場の全員の思考を硬直させて、乱入者は軽やかな声で言った。
精悍で整った顔立ちをした赤毛の青年だった。
歳は20代半ばくらいだろうか。
均整の取れた長身を美しい全身鎧が包んでいる。
使い慣らされたマントが翻っているのは、冒険者たちの間をすり抜けて走り込んできたからだ。
もっとも、そこまでを見て取れたのは、規格外のタマモと――あとはぎりぎり、精霊使いとしていろいろ強化された僕くらいのものだっただろう。
それくらいに、とんでもない速度だったのだ。
「危ないことはなしにしよう」
そう言ったときには、乱入者の青年はその手に戦杖と剣を取り上げていた。
唖然とした顔で、エドワードとカークが青年を見上げた。
反応すらできないくらいに、青年は速かったのだ。
余裕もあった。
「そっちも終わったね。ご苦労様、バッカス」
声をかけた先には別の青年たちの姿があって、マーヴィンの大剣も取り上げられていた。
どうやら仲間たちらしい。
鮮やかな手際だった。
この場にいる中堅冒険者たちとは、レベルが違い過ぎた。
それが証拠に、あのタマモが笑みを引っ込めていた。
うしろにさがっていたのが、いつの間にか僕と肩を並べる位置に移動している。
警戒しているのだ。
特に、彼女が気を配っているのは、やはりエドワードとカークから武器を取り上げた青年のようだった。
それだけ彼が強いから……。
いや、それだけじゃない。
赤髪の青年には、他の冒険者とは一線を画する雰囲気があった。
空気が違う。
格が違う。
目が引き付けられる、そんな空気。
その彼は、なぜだか面白そうな顔でこちらを見つめていた。
こちらを――僕を、見ているようだった。
……なんで?
「予定外のことだったけど、良いタイミングだったかな。余計な手出しをしたのでなければいいんだが」
青年が話しかけてきた。
いかにも気さくな物腰だった。
けれど、さっきの戦闘力を見たあとだと、僕はどうしても警戒してしまう。
「……余計なんてことは。ありがとうございます。ええと、あなたは?」
あとで考えてみれば、彼はエドワードたちの制圧に手を貸してくれたわけで、僕の態度はお世辞にも良いものとは言えなかっただろう。
けれど、特に気分を害したこともなく、青年は爽やかな笑顔で言ったのだ。
「初めまして。私はアレクシス。魔法銀級冒険者パーティ『護国の剣』のアレクシス=ホルツヴァートという」
「――ッ!」
僕は息を呑んだ。
上級冒険者!
それも、魔法銀級冒険者と言えば、黄金級冒険者よりもさらに上。
各国にひとつかふたつしか存在しない最高位冒険者だ!
「よろしく、グレン」
全冒険者の憧れの存在はそう言うと、人好きのする笑みを向けてきたのだった。
◆これにて1章「期待外れのお荷物と、迷宮に眠る少女」は一区切りということで、次話からの2章に進みます。
引き続きお楽しみください。
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