14話 精霊使い・序
14話
さりげなくタマモが間に入ろうとするのを、僕は手で制して尋ねた。
「なにが関係ないの?」
「あれは、エドワードが勝手にやったことだ! 俺は、俺はエステルを攻撃なんかしてねえ!」
言いながら、こちらに近付いてくる。
「マーヴィン! 貴様ァ! 裏切るつもりか!?」
暗に事実を認めたマーヴィンに、エドワードが目を見開いた。
けれど、マーヴィンはその胸を突き放す。
「うるせえ! 俺はあんなことしたくなんてなかったんだ!」
もう言い逃れはできない。
重い刑罰を受けることもそうだけれど、最悪のかたちで仲間を裏切ったとなれば、刑罰を受けた先があったとしても冒険者として生きていくのは不可能だ。
ここを切り抜けられなければ破滅する。
破滅を回避するためなら、どんなことだってするのだろう。
こいつらならやる。
身をもって知っている。
それがたとえ仲間を裏切ることだって。
「な、なあ、グレン? 俺たちはこれまでずっと仲間だっただろ?」
必死の形相で言ってくる。
その姿を見て、自分でも驚くくらいに心が動かなかったのは……きっと、これが自分だけのことじゃなかったからだろう。
――殴られて倒れたエステルの姿。
――意識を失わせた彼女をおとりにして、迷いなく走り去る3人の背中。
あのときの絶望と怒りは、脳裏に焼き付いていた。
なにかがひとつ違っていれば、エステルは死んでいるところだったのだ。
せめて真摯な謝罪の一言でもあれば、怒りも少しは収まったかもしれない。
だけど、現実はこれだ。
正直言えば、こいつらをこの場で引き裂いてやりたいくらいだった。
「グレン」
そんな僕の気持ちを感じ取ったのか、当のエステルが声をかけてきた。
その手がうしろから、服のすそを掴んでくる。
「わかってるよ」
いつの間にか握り締めていた拳を、意識してほどいた。
たとえば、一言いえば、きっとタマモは僕の怒りを忠実にかたちにしてくれるだろう。
オーガを一蹴した力があれば、エドワードたち3人を八つ裂きにすることなんて簡単だ。
だけど、それは冒険者の――人のルールに反することだ。
こいつらと同レベルには堕ちたくない。
あと一歩で手が届く距離まできたマーヴィンを、僕は無感動に見上げた。
「大人しく公正な裁きを受けろ、マーヴィン。そうすれば、僕からはなにもない」
そう言うだけにとどめたのは、むしろ怒りを我慢してのことだった。
けれど、それを向こうがどう受け取るのかは別の話だった。
「――ッ!」
自分たちがうまくいかない原因だとこき下ろし、ずっと見下してきた相手に、わざわざ下手に出た――本人の視点では――にもかかわらず、要求が通らなかったのは、きっと彼にとってたえがたい屈辱だったのだ。
「調子に乗るなよ!」
「――ッ!」
マーヴィンが顔を真っ赤にして怒鳴った。
その大柄な体が、踏み込んでくる。
「死ねぇええ!」
殴り込まれる右の拳。
いかにスピードのない重戦士といっても、距離が近いうえに不意打ちだ。
重い一撃を無防備に喰らえば、軽戦士程度なら打ち所が悪ければ死ぬ。
けれど、僕はマーヴィンを知っていた。
警戒していた。
紙一重の近接戦闘を繰り返してきた僕なら、このタイミングでもぎりぎりで避けられる。
「――」
けれど。
ここは避けるべきじゃない。
その必要もない。
タマモは言っていた。
万魔の王が十柱の滅びの獣を従えたのは、精霊使いとしての力の応用だと。
これまで僕は、勇者として魔力運用をしていた。
それはすなわち、自身の持つ膨大な魔力――内なる魔力を直接力に変える方法だ。
自分自身の魔力量が多くない僕は、どうしても力を出せなかった。
だけど、精霊使いは違う。
なにもかもが違う。
逆鉾の君を呼び出したときにわかった。
自身の魔力はあくまで呼び水であり、外の世界から精霊というカタチで魔力を引き入れて利用する。
それが精霊使いという在り方だ。
よって、主として使うべきは、内なる魔力ではなく、外なる魔力。
その力を使えるようになったいま、内なる魔力だけを使っていたこれまでとは運用できる魔力の桁が変わっている。
そして、そうして得た外なる魔力を、全身に行き渡らせることで強化する。
重く大きな拳を――受けとめる!
「なに!?」
マーヴィンが驚愕の声をあげた。
僕は片手で正面からマーヴィンの拳を受けとめていた。
さすがに、腐っても力自慢の重戦士。
相当の衝撃がきた。
けれど、こちらのほうが――いまは強い。
「隙だらけだぞ、マーヴィン」
驚きで硬直した大柄な体を、思い切り押し返す。
「おおおおお!?」
すっ飛んでいったマーヴィンの体が、あっけに取られたエドワードの脇を通り抜けて、冒険者組合の受付に激突した。
角度は調節したので――それくらい余裕があった――巻き込まれた人はいない。
「……ふう」
ひとつ、息をついた。
一応、ここに来る前に、精霊使いの力は迷宮で試しておいたので、ぶっつけ本番ではなかったけれど、こうしてきちんと動けたことに安心する。
体が軽い。
出力も段違いだ。
たとえるなら、これまで逆向きに回していた歯車が、正常に回り出したかのような。
もちろん、万魔の王の真髄である万魔殿の力――たとえば呼び出した逆鉾の君と力比べをしたら、普通に負けるけれど。
ただ、その力の余録としては十分だ。
そもそも、魔力出力の問題があってもマーヴィン相手なら互角以上に戦えたし、魔力なしの素の戦闘能力ならこちらのほうが上だったのだ。
出力でも上回ったいま、正面からの戦いで負けるはずがない。
視線を巡らせると、驚愕に表情を強張らせたエドワードと目が合った。
力の差は十分にわかっただろう。
状況は決したのだ。
これで、観念して大人しくなってくれればいいのだけれど……。
「お、お前! お前はあぁあああ!」
……残念ながら、そうはいかないようだ。