13話 断罪の時
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……やっぱりか。
驚きはない。
そういう可能性は考えていたからだ。
オーガに遭遇して僕とエステルが死んだという報告を組合にあげた場合、エドワードたちは『強力なモンスターに遭遇してパーティは半壊し、犠牲者ふたりを出しながらどうにか3人だけ逃げ出した』ということになる。
オーガというイレギュラーとはいえ、モンスターにやられて逃げ出して仲間も失ったというのは彼ら的にみっともないと感じられるだろうし、そんな不名誉な経歴は持ちたくないと考えてもおかしくない。
それよりは『強力なモンスターに遭遇したうえ問題のあったパーティメンバーの裏切りに遭いながらも、残りの3名で窮地を脱して生きのびた』というほうが、被害を出さずに困難を切り抜けたことになるので外聞はいい。
……どの口が言う、という話だけれど。
ともあれ、そういうわけで僕たちは悪者にされていたわけだ。
組合職員が厳しい顔をしていたのもそのせいだ。
だから、対抗するために、こちらからも開口一番に告発をぶつけた。
周りの冒険者にも聞こえるようにしたのはそのためだ。
とはいえ――もちろん、わかっている。
これでは対抗するところまでだ。
「おやおや。なにを言い出すのかと思えば、加害者が被害者ヅラとはいけませんね」
余裕を取り戻したエドワードが、口を差し挟んできた。
彼にしてみれば、僕たちは確実に死んだものと考えていただろうから、このような事態は想定していなかったはずだ。
先に嘘の告発をしたおかげでこうして対抗できたのは、結果オーライといったところだろう。
というのも、迷宮でのこの手の事件には、大きな問題がある。
当人たち以外の目撃者がいないことだ。
このような状況に持ち込まれてしまえば、あとはやったやらないの水掛け論になってしまう。
証拠もなければ、両者お咎めなしとなることが多い。
今後は裏切りの疑惑が双方にかかるけれど、それでもエドワードたちにしてみれば、罪人になるよりはマシだろう。
あいにく僕の評判は悪いので、気付いたら冒険者界隈ではこちらがクロということになっていた――なんてこともありうる。
……もちろん、そんなこと許すつもりはないけれど。
「エドワード。お前と議論するつもりはないよ」
こいつらは、エステルに手を出したのだ。
なあなあでなんて済まさない。
絶対に。絶対にだ。
視線を組合の職員へと移して、告げた。
「組合に要請します! 裁判局に『神罰の杖』の使用を申請していただきたい!」
周囲から、これまでで一番大きなざわめきが起こった。
僕の持ち出した『神罰の杖』というのは、高位の魔道具で強力な武器だ。
けれど、戦場よりもむしろ裁判において威力を発揮することで広く知られている。
というのも、『神罰の杖』には虚偽を口にした者を攻撃する機能があるのだ。
その威力は、中堅冒険者クラスだと即死しかねない強烈なものだ。
これを使いさえすれば、僕とエステルの潔白と、エドワードたちの罪は確実に明らかにされる。
裁判において真実を見極める際には、まさに最高の道具……なのだが、残念ながら欠点もある。
というか、自由に使えるなら水掛け論になんて最初からならない。
使えない理由があるのだった。
「ハハッ! 馬鹿な!」
エドワードが嘲りの笑い声をあげた。
「『神罰の杖』を使用するためには、高位の魔石が必要です! そんなもの、たかが鋼鉄級冒険者の裁判で許可が下りるわけがないでしょう!」
魔石は都市の様々なところで利用されているエネルギー源であり、純度の高い高位の魔石でなければ動かないような大型設備もある。
魔石はモンスターの体内にあり、純度と大きさはその強さと比例する。
よって、高位の魔石は上級冒険者にしか手に入れられない。
しかし、上級冒険者は数がとにかく少ない。
石をぶつければ当たる程度の中堅冒険者たちのごく一部が銀級冒険者になり、さらに、そこから上級冒険者である黄金級冒険者になれるのはわずかだけなのだ。
数える程度しかいない上級冒険者パーティにしか手に入れられない高位の魔石は、当然、非常に高額になる。
言っては悪いが、たかが中堅冒険者ごときの争い事に使ってなんていたら『神罰の杖』を保有する裁判局は破産するのだ。
だから『神罰の杖』が使用されるときというのは、それだけの費用がかかっても仕方ないと裁判局が判断するような大きな裁判だけということになる。
――とある例外的なケースを除いては、だが。
「できもしない『神罰の杖』を使用すると言って、疑いを晴らそうとしたのでしょうが浅はかでしたね。それを言うのなら、わたしだって『神罰の杖』を使用できるものなら、この身の潔白を証明して見せましょう!」
あたりにいる冒険者たちに聞かせるように演説めいた口調でエドワードが語る。
やりこめたつもりなのだろうけれど、それは悪手だ。
僕は絶対に許さないと決めたのだ。
容赦はしない。
「そっか。証明するつもりはあるんだね。だったら好都合だ」
「……なんですって?」
眉をしかめたエドワードに、言ってやる。
「安心していいよ。費用は僕たちが持つから」
途端、エドワードが目を見開いた。
僕が荷物袋から、大玉の魔石を取り出して見せたからだ。
「そ、それは……!」
「オーガの魔石だよ。これを換金して『神罰の杖』の使用費にする」
今回の事件の原因だったオーガ。
こいつは上級冒険者たちが相手にする、下層のモンスターだ。
つまりは、高位の魔石が取れることになる。
「ど、どうしてお前が、オーガの魔石なんかを!」
狼狽しているのか、エドワードは普段の丁寧な口調が吹き飛んでいた。
慌てふためくその姿にこらえきれなくなったのか、タマモがクスクスと笑い声をもらした。
彼女にとって、僕を裏切って危機に陥らせた彼らは明白な敵なのだ。
「この状況で、その質問が出るのも滑稽ですね。そんなの、主様がオーガを返り討ちにしたからに決まっているじゃありませんか」
「そんなこと、こいつにできるわけが……! そ、それに、お前はいったい……」
問いかけるエドワードの声が裏返る。
タマモの浮かべた笑みは、見ているだけで背筋が冷たくなるようなモノがあった。
はっきり言って、存在の格が違う。
そこで、エドワードがはっとした顔をした。
「わ、わかった! お前だな! お前がグレンを助けたんだろう! そして、わたしのことを陥れようとしているんだ!」
「いいえー? ちょっとお助けしたのは確かですけれど、主様は確かにご自身で生きのびられ、最後は道を切り開かれましたよ? そして――」
タマモが目を細める。
「姑息なあなた? 論点をずらさないでくださいまし。いまは『神罰の杖』の話をしているのです。誰が助けたとか助けないとか、関係ございませんでしょう? 重要なのはただひとつ。どちらが罪人であるのかという真実だけなのですから」
「うぐ……っ」
エドワードを黙らせておいて、こちらにタマモが視線を向けてくる。
頷きを返し、続けた。
「オーガの他の換金素材と、これまでの僕の貯蓄を合わせれば『神罰の杖』の使用費にも届く。まあ、それでも僕とエドワードふたり分がせいぜいだろうけど。それで、無罪を示すには十分だよね?」
「……ッ! この! そんなことが……!」
エドワードは顔面を蒼白にしていた。
嘘をついている本人なのだから『神罰の杖』を使えば死ぬことになるのは一番よくわかっているはずだ。
逃げ道はない。
いいや。むしろ、ここまで状況を持ってきてしまえば――実際に『神罰の杖』を使うまでもない。
「お、俺は関係ねえぞ!」
ほえるように言ったマーヴィンが、エドワードを押しのけて前に出てきていた。