12話 罪の告発
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オーガに遭遇した際にエドワードがエステルにやったことは、明白な犯罪行為だ。
生と死が背中合わせの迷宮探索において、あんな行為が横行してしまっては冒険者の秩序は保てない。
結果的には生き残れたとはいえ、そこをなあなあにするつもりはなかった。
告発する先は、冒険者組合だ。
冒険者組合の建物は、王都を四等分する区画にひとつずつ本部がある。
その下には、さらに無数の支部が存在している。
王都で活動している膨大な数の冒険者に対応するためだ。
そのなかでも、僕たちが利用している東地区第52支部は小さいほうだ。
利用者もせいぜい1000人ほどで、おおよそ顔触れは変わらない。
特に、これはあまり言いたくはないのだけれど、僕なんかは『期待外れのお荷物』として微妙に有名なうえ、いつも女性の――雌分類のエステルと一緒の変わり種なので、この支部で顔を知らない人はあまりいない。
僕が支部に足を踏み入れると、ざわつきが広がった。
その視線のうちのいくらかは、見たことのない顔のタマモと、全身鎧の逆鉾の君に向けられていたけれど、ほとんどは僕とエステルを見つめるものだった。
そこに、好意的な感情はない。
かといって、普段向けられているような嘲りと好奇の視線とも、少し違うようだった。
エドワードたちが僕たちの死亡を組合に報告しているかもしれないとは思っていたし、死者が現れたと驚かれる可能性は考えていたけれど、それとも違う。
これは……そう、怒りの感情だ。
それも、義憤のたぐい。
正義の怒りだ。
「……不敬な視線ですね、主様。お気を付けください」
「わかってる」
警戒を呼び掛けてくるタマモに応えて、ひとつ付け加える。
「あと、抑えてね?」
「……主様がそうおっしゃるなら」
笑顔で答えるタマモだけれど、僕にはわかる。
これは怒気を隠すための笑顔だ。
周りから僕に向けられている負の感情に、彼女は怒っている。
完璧な笑顔の彼女を見てなんとなくそうわかるのは、まだ思い出すことができずにいる記憶がどこかにまだ残っているおかげかもしれない。
怒ってくれること自体は嬉しいけれど……オーガを倒せてしまう彼女が本気で暴れれば、こんな小さな支部のひとつくらい簡単に落ちてしまう。
阿鼻叫喚だ。
ここは落ち着いていくべきだった。
「大丈夫だよ。こういう可能性だって考えていたからさ」
むしろ堂々と胸を張って、僕は歩を進めた。
「お、お前は!?」
そこで、大声があがった。
視線を向けると、冒険者たちを掻き分けてやってくるマーヴィンの姿があった。
うしろには、エドワードとカークもいる。
3人とも死人を見たような、引きつった顔をしていた。
僕たちがあのオーガから逃げ切れるとは、思っていなかったんだろう。
ざまあみろだ。
ただ、彼らとなにかやりとりをするより前に、組合の制服を着た職員が姿を現したので、僕はそちらに向き直った。
こちらから向かう手間が省けた。
とはいえ、窓口越しでなくわざわざ職員のほうからこっちに来るというのは普通じゃない。
実際、職員たちは厳しい顔をしており、警備員も同行していた。
そのなかに、エステルと仲の良い受付の猫人族ミーシャさんの姿があった。
彼女はひどく焦った顔をして、心配そうにこちらを見ている。
これは、やっぱり予想が正しそうだ。
だとすれば……。
正面に立った、組合職員の男性が口を開こうとする。
それに先んじて、僕は声を張った。
「僕たちは鋼鉄級冒険者のグレンとエステル! 迷宮内の犯罪行為を告発するために、組合に来ました!」
驚いた顔になる職員に、たたみかける。
「僕たちは『封魔の迷宮』中層の『未踏領域』でオーガに遭遇しました! その際、こちらのエステルが、パーティメンバーの神官エドワードに攻撃を受けたのです!」
周囲で聞いていた冒険者たちがざわつき、エドワードたちが口もとを歪める。
続ける。
「他の2名マーヴィンとカークもそれを容認して一緒に逃げ出しました! これは、決して許されることではありません!」
「わたしたちは彼らを告発します!」
エステルも口を添え、聞いた職員たちが顔を見合わせた。
そこにあるのは、困惑だった。
「……それは、おかしいですね」
正面に立った職員が言った。
「我々は、そのエドワードさんから『パーティメンバーのグレンおよびエステルから攻撃を受けた』と告発を受けているのですが」