古田捷塗
第1話
「古田捷塗」
「お前は一体…?」
青年は困惑した、目の前の光景に。
辺りが闇一色にて彩られ、
元凶となる男を中心に渦巻いているのだ。
先程まで敵対した兵士のいた場所が凄惨な血の色で塗りつぶされ、青年もまた返り血を浴びて赤黒い色に全身を支配されてしまっている。
「憲護愁太郎だ。」
───その時男が発した言葉で正気に戻る。
(あぁ、これが………悪魔ってヤツなんだろうな)
そして悟った。
"目の前に、黒い悪魔が降ってきた"と。
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時は遡り八時間前。
「ア"ア"ア"ア"ア"ッ!!(迫真)」
「ン…?」
なんともうるさい奇声を発するアラームで目が覚めた。
どうやらまた携帯がバグってセットした時間より更に一時間早く鳴ってしまったようだった。
知り合いにもよくもう変えたら?と言われているのだがそろそろ機種変更するべきなのだろうか?
しかし相変わらず威勢のいいシャウトである。そろそろアラームだけでも変えなければご近所様に迷惑をかけてしまうかもしれない。
…などと、覚醒したてのカニ味噌で考えているとその時丁度ノックがなった。
「オーイ!ちょっと~?いくら夜更かししたとはいえそこまで狂う必要ないと思うんすケド~?」
「アッハイスンマセン…」
噂をすればなんとやらである。
彼は隣人の山畑。
この士官学校において、
アラームの主であり主人公でもある青年の親友だ。
「とりあえず緊急召集今しがたかかったみたいだからちゃっちゃと着替えて出てこいよ。
遅れたらまーた青鬼にシバかれちまうぞ~」
「アイヨ~!イマイク~。」
適当な返事をしながらも急いで制服を支度。
歯磨きをしながら「まだかかんだったら先いっちまうぞ古田~」とユルーく急かしてくる友人の言葉をさばきながら袖を通して外へでる。
緊急召集と言うからには急がなければ。
また遅れてしまったらあの恐ろしいスパルタ式ラジオ体操を一時間耐久でやらされてしまうだろう。
さすがにそれは嫌だ。
「おう!おはーさん!
…あと二分遅かったら先いっちまうとこだったぜ?」
「ェん!おはようさん!
とりあえず遅れちまったの謝っから早く行くべ!後何分くらいあんのよ?」
「ドラドラ…?────って、オイ!!
まじぃぞ!?後数十分前後しかねぇじゃんか!!急げ急げ!!」
「まじか・マジカ!?フザケルナって!!
もう走るぞ!!俺はまたあんな目に遭うの勘弁だからな!?」
現在時刻は5時53分ほど。
緊急召集は6時25分と聞いたため、ロビーまで走って30分位かかるこの893号室からはかなりギリギリの到着となる。
確かに急がなければ間に合うものではない
…のだが
「オイ!エレベーター故障してんぞ!?」
「何で階段にアルパカの群れが!?」
まるで狙ったとしか思えないレベルのタイミングで邪魔が入り、
着いたときにはなんと7時三分すら越えていた。
「貴様らは刻限をなんだと思っている!?もう用件は伝え終わった後なんだぞ!?」
青鬼────と、
そう呼称された女教官は強気な口調で遅刻の常習犯である主人公もとい古田捷塗と親友の山畑柳像を叱った。
「ホントッすみマッセェェェん!!!つぎこそは!次こそは遅刻しないんでアレだけは!!
アレだけは勘弁したってくだせぇ!!
ホントにホントに本ッッ当にご堪忍してくれましェンでしょうかァァァァ!!!!???」
「俺からもオネガイします!!
もう朝っぱらからあの激しいのは嫌なんです!!初手からブレイクダンス五十往復なんて頭がイカれるラジオ体操なんてもう専らイヤなんです!!せめてお慈悲を!普通に手をふるアレから!せめてよくラジオ体操でよく使われるあのオーソドックスアクロバットに格下げしてください‼️本当にオナシャス!!センセンシャル!!!」
「ダメです(狂喜の笑顔)」
「畜生ォォォォォォォォォォォ!!!!」
「沼ァァァァァァァァァんンン!!↑↑↑」
彼ら遅刻組の奮闘むなしくやはりラジオ体操一時間耐久が決定付けられてしまった。
古田と山畑が必死に頭を下げまくり、パニックに陥った頭脳でめちゃくちゃになった文法を並べ立てながら鬼の形相で無駄な抵抗をしているその姿はまさしく"無様"の一言で片付けられてしまうほど滑稽なものである。
心なしか、教官の青いポニーテールが嬉しそうにフリフリしていたのは気のせいだろうか…?
「さて、始めるぞ?───然らばまずは腕立て二千!!!その前段階として曲の一周目が終わるまでに背筋千回済ませておくこと!!!」
「「ヒェェェ!!!」」
と言われ、逆らおうにも上官の命令故逆らえず結局今日もまた地獄のラジオ体操に付き合わされてしまうのだった。
…そして一時間後、ようやっとラジオ体操から解放された二人はそれぞれ残留組と寮食組に別れて一旦離れることになる。
「…ホレ、朝飯といつものコーラだ。
よく噛み締めて食べるのだな。」
「ありがとうございます教か──牧野さん」
となりに座って二人きりになった古田は、
同じくとなりに腰かけてきた"青鬼"こと教官兼幼なじみの田村牧野へ感謝の言葉を送る。
彼女とは、十年来の付き合いとなる。
…のだが、どこで差が付いたのかこのような力関係になってしまった。
同い年でありながら教官まで上り詰めていることからもわかる通り、田村牧野は天才である。
その本領は入隊して僅か一年で発揮され、
"神童""戦乙女"挙げ句"彼女さえいれば一個大隊分が浮く"とまで揶揄され実戦までもを経験して今の役職に至るほどなのだ。
「?何か付いているか?」
「あ!いえ、そんなことは!」
見つめていることを指摘され、急いで目をそらす。
(やっぱりあらためて見ると可愛いんだよな…。)
とても勝ち気な顔に、キレイな青い髪。
そして何より落ち着いた雰囲気を持っている。
まるでオーロラのように繊細な輝きを放つポニーテールが
風に靡いて揺れており…
とにかく、カワイイ。
「………なぁ、古田。」
「…なんでしょうか?」
「…タメ口で、いいかな?」
「!!…アァ、いいと思うよ。」
「そっ…か。よかったぁ~!
やっぱり教官口調だと話しづらいもんね?」
「まぁな、やっぱ慣れねぇよ。
まさか同期にコキつかわれる日がきちまうとはな。」
「クヒヒ…悔しいでしょ?」
「アホかおめぇは。
素直にスゲェと思ってるよ」
「エー?本当にそーかな~?」
「本当だっちゅうに!!
しつっけぇ奴だなお前は昔からぁ!」
「ごめんごめん!
つい、バカにしたくなっちゃって!
───ところで、弁当の方はどうかな?」
「ったく、この手の煽りだけは一丁前なんだよなぁコイツ。」
「なんか言った?」
「いぃや?なぁんも。
…まぁ、うめえよ。
特にソーセージなんかが。」
「そっか。うれしい。
それじゃあこっちの玉子焼きなんかもどうかな?」
「うん?そうだな…っておい。何で取り上げたんだよ今?」
「ハイ、あーん。」
「お、おい!?なんのつもりだよ牧野!
ちょ、ちょっと!?マキノサン!?」
食べようとした卵焼きを取り上げられ、
目の前の女の子に「あーん」を突然されて古田は動揺してしまう。
と、その時──
"ドカァァァァァン!!!"
「「!?」」
突然耳をつんざくような轟音を唸らせながら壁が爆発した。
そのあまりに異様な光景に驚愕した二人はその時、人影を見つけた。
あの爆発した方向から飛んできたのであれば、直ぐに応急処置だけでもしなければ命が危ないかもしれない。急いで手当てするためにそこへ全力で駆け寄った。
「…牧野教官!?よかった、まだ生きてたんですね!?」
「前置きはいい。まず何が起こったのか説明しろ。」
「奇襲です!!突如3階のエレベーターから転送されてきた天使達に不意を突かれました!!
駐留部隊はほぼ壞滅状態になってしまい、
士官学校生の安否も不明!!
どうか陣頭に立ち至急ご指示を!!」
「3階エレベーター…?」
ここの寮舎の番号に関する仕組みはとても簡単なものだ。
一階の右端にある部屋から何番目に位置するかが記されているのが上二桁。
残り一桁はその部屋が位置している階数を示しているのである。
つまり、古田の居る部屋は下から89番目の3階に位置する部屋というわけだ。
…今朝、山畑が故障して動かないと愚痴っていたエレベーターもあの場所である。
「…ッ!!」
「───事情はわかった。とりあえず、"天使"を一人でも見かけた情報がある場所はそこに位置する部隊へ対して撤退命令。
生き残った部隊も寮内から全力で退避するよう無線で伝えてくれ。」
「はっ!では、教官はどうされますか?」
「…寮内の探索に回る。そちらも生存者を確認次第確保、避難させること。私は最も危険度の高いとされる3階周辺から二階の階段付近を探そう。」
「待ってくれ!」
「何だ古田?」
「俺は何をすればいい?」
「……そうだな。人数は一人でも多い方がいいに越したことはないだろう。
お前はまず、そこに居る新田通信長をここ一階の通信室まで護衛。
そのあとはそうだな───二階の中央広間を集合場所としようか。」
「わかった。」
「よし、全員死ぬなよ?
…作戦開始っ!!!」
「おう!」
「了解!」
彼女の力強い合図を機に一斉に散開した。
走っている途中、後ろを振り替えるとすでに牧野はすぐ近くにあった階段の中へと消えている。
「───では、古田!
俺が先行する!
お前は周囲を警戒!
"蜂"か"天使"の痕跡、
または面影が見えた場合素早くコールサインを送りこちらに知らせること!」
「了解!」
一階の通信室までは、そう遠くない。
だが、もし天使達が湧き出てからずいぶんと時間がたっているならこの先にある大広間は鬼門となるかもしれない。
何故なら────
「やっぱり居やがったか…!!」
"蜂"───天使共の尖兵の一種を俺たち人間はそう呼んでいる。
その体は多種多様で、至るところにデキモノが付いたイソギンチャクに足が生えたようなものも居れば形容しがたい四足歩行の不気味な見た目の生命体もいる。
他にも女王蜂と呼ばれる天使に近づいた見た目をした突然変異種も居るのだが
どうやらこの場には最低級の働き蜂しか
徘徊していないようだ。
古田と新田は見つからないよう、壁に沿って迂回しながら向こうの廊下まで目指すことにしたのだった。
───ところ変わって二階廊下にて…
「随分と活きが良いことだなっ!」
どうやら早速蜂に遭遇したらしく、
壮絶な斬り合いに発展していた。
(この様子だと一階辺りも侵攻されているかもしれないな…古田と通信長を行かせたのはまちがいだったかも。────!!)
「シュッ!!!」
思考を中断させるような目映いばかりの閃光が自身の頭をかち割らんと走ってきた。
と、避け様に相手の頭に反撃とばかりに主武装である薙刀"フタチマル"を割り込ませる。
その頭から抜いた勢いを利用して背後から迫ってきた化け物を股間から一気に切り抜けて文字通り真っ二つにしてやった。
高速の針が射出され背後からも光弾を辺り一面にばらまかれたことを確認するや否やフタチマルをまるで斬撃を纏っているかのように振り回すと、それを心待ちにしていたと言わんばかりに円形に押し込むような弾幕をぶつけてきたので、近しいものから回転させたフタチマルをそのままぶつけてやり、胴を、顔面を、足をまるで科学の教科書に出てくるような断面図にしてやった。
しかし、相手はなんといっても女王蜂の集団。
油断をすればこちらがやられる。
もはや生存者を気にする余裕などなかった。
だが、気圧されるわけにもいかない。
迫り来るツインテールの群れを掻き分けながら
回転の穴を突いた女王蜂の一匹が両断させんと頭の触手から光の丸ノコギリを作り出した。
突進してくる女王蜂を薙刀の刃の部分を当てて受け流しそのまま切り上げるように大きな円を作り背面の脊髄ごと中身を肉塊の外へと開放してやった。
"カランッ"
「あ」
「キシュアアアァァァァーーーーー⇗⇗⇗」
「Fooーーーー↑↑↑LuLu!!LuLu!!チンチンチンチン……」
「やっちゃった☆」
「じゃないでしょあんたァァァァ!!
ほんとに隠れる気あったんかお前ェェェ!!」
…本日三回目の失態。
もはや突っ込みが追い付かないくらいどうしょうもないアホだった。古田。
もうコイツおいてきたい。
イヤ、置いてっていいですかマジで(諦観)
ちなみに1回目は古田が丁度通りすぎようとした蜂の真ん前に出て
「…私は幸せ?」
「LuLuウゥゥ↑↑↑
チンチンチンチンチンチン!!!!!」
「なぁにやってんだ古田ァァァァ!!!!」
何か再翻訳したら出てきたような
やり取りを経て襲いかかられてしまい、
しかも2回目なんかもっとひどい。
「俺は植木鉢ッ!!」
「ンなバレバレの擬態で隠れられるわけ無いだろ!!早くこっち来い!」
「フシュルルル…」
「あっ。」
「……………」
「……………グルァ。」
「お尻とオシリで?」
「オシリアイ」
「オシリ合~い♪」
「ヤっとる場合かァァァァ!!!!」
イヤ、本当ナニ?ボケいちいち挟まないと呼吸できない病気にでもかかってンのかコイツ!?
取り敢えず起こってしまったものは仕方がない。
もはや通信室は目と鼻の先。
全力で走れば間に合わないこともないだろう…
「───アシクビヲクジキマシタ!!!」
「お前ちょっといい加減にしろよオオォォァァァ!!!!!???」
「お。イチゴ柄。」
足元に何もない筈の正真正銘平坦な床で何故か転んだ古田によって、
需要が一切皆無であろう通信長の可愛らしい(?)下着が露になってしまった。
ラッキースケベとはほど遠い、
まさしくショートコントのような状況である。
「イ"ヤ"ァ"イ"ッ°!!!
ヨ"ク"モ"ヌ"カ"セ"テ"ク"レ"タ"ナ"ア"!?
俺°の°貞゜操゜お°を°を°を°を°!↑↑↑↑」
「キショイ…(小声)
そんなことより俺より小さいンすね教官。」
「誰が粗チンだ畜生ァァァァ!!!!
そもそも元凶のお前が見つからなきゃ
こんな事態にゃならなかった──ヴォエッ
!?」
「キシュアアアァァァァーーーーー!!!!↓↓↓↓↓」
そうこうしているうちに退路を塞がれ
通信室への道が閉ざされてしまった。
周囲を見回し滑り込める穴が無いものか確認したのだがネズミ一匹逃れられないような
肉壁を形成されており、走って抜けるどころか薄い箇所を狙って強行突破等の手段すらとれないほど手堅く覆われている。
実にいい連携だ。
通信長は先ほど下げられた黒い軍服のズボンをあげ直すと腰回りの右側にあるポーチから
軍用の荷電粒子蓄積型短刀を取り出し、
持ち手の底にあるレバーをオンに設定させ、
光の刃を展開させる。
更に反対側につけられていたAREX(いわゆる光線銃)にも手をかけ、いつでも撃てるようにと電磁コイル加速装置を回転させた。
どちらも戦闘をあまり想定されていない護身用のオモチャのようなものだが、働き蜂程度であれば殺傷能力も期待できるだろう。
ふと、後ろの古田を見てみれば拳を鳴らしてすでに臨戦態勢に入っていた。
生身で蜂へ挑むなどまさしく無謀だ。
ましてや"獄蝕"にも目覚めていない一般市民と何ら変わらないレベルの人間では、現在目の前に陣取っている働き蜂にすら容易く引き裂かれてしまうだろう。
先ほどから一体ナニを考えているのだろうか…?
「おい古田、まともな武器一つも持ってないくせに随分余裕だな。」
「…後ろのアサルトで十分っすよ新田通信長。
それより、お相手方も待ちきれないご様子で…
大分昂っておられますよ?」
「どうなっても知らねぇぞ?俺はもう───」
「ウシュルルルアァァァァ!!!」
「畜生が!」
余程長い会話だったらしい。
業を煮やした一体の働き蜂によって、
戦いの火蓋は切って落とされた。
悪態の途中で乱入してきたイソギンチャクモドキの顔面(?)を避け様にはなった左回し蹴りで潰し、触手の出所である穴へむけ至近距離から発砲して予め攻めの手も潰す。
苦し紛れの突進をわざと受け止め壁に近づいたところを見計らい迫り来る白い石を蹴って闘牛のように頭から激突させてやった。
一体を片付けたところで背後に迫ってきた毒針を振り向き様にナイフで弾き逆手に持ち替えた光刄を全身がスズメバチのようなオシリで出来ている化け物の最も上を支えている付け根部分を切り取ったついでに未だ暴れるその体の中身に銃口を突っ込み3000度にも達する灼熱の弾を
何発もお見舞いしてやった。
その時、背後に鎌を振りかぶったハチドリが──────
"バギャアアアアア!!!!"
「!!」
側面から飛んできた巨大な鬼の頭によって
デス・ハチドリの立派な嘴ごと頭が破壊されてしまう。
血液なのか筋肉なのかよくわからない液体に混じって血管のような物体まで被ってしまった新田はその異様な光景に数秒止まった後、飛んできた方向へ振り向いた。
「大丈夫っすか通信長ォ!!
よそ見してたら死んじまいますよ!?」
「余計なお世話だ!!」
ソコには優に背丈の二倍はあろうかという虎柄パンツをはいた赤肌の巨体を引きずりながら手持ちのアサルトライフルで側の半馬半トカゲの生き物に銃口を無理矢理顔面へ突っ込んでいる古田がいた。
どうやら先ほど飛んできた鬼の頭は彼の投擲物だったようだ。
(なんちゅう怪力だ!)
二度も異様な光景を目撃してしまった新田だが、やはり歴戦の戦士である。
すぐに開き直りまた攻防を再開させる。
しかし、何処か近くに転送ポイントを設定されてしまったのだろうか?
一向に減る気配がない。
「ッソ…キリがねぇ!
こちとら待ち人いんだよ畜生が!!!!」
「───!?おい、古田ァ!!」
「─────へ?」
…痛い。
まるで電気がそのまま当たったみたいだ。
視界が赤色に染まってる。
…あれ?
なんか零れて────