第46話「アルドロ軍の進行」
ラルズは仮眠を済ませると、城壁付近の民家に入った。
家具を拝借したそこでは、急ごしらえの作戦本部が出来上がっている。
アスレーヴェが入ることは適わないが、さすがに獅子の神も、四日も戦えば休息を必要とするようで眠っている。
「おはようございます。しかし、さぞお疲れでしょう。アスレーヴェ様を除けば、ラルズ殿下の武功に敵う者はおりませんから」
ミラルドの声音からして、おべっかではなさそうだった。
それでもラルズは少し距離を置いてしまっている。
「優しく起こされたってことは、敵は撤退したままなの?」
ええ、とミラルドは頷いた。
それでも寝かしておいてもらえなかったのは、朗報があるからだろう。
「教会騎士の姿が遠目に視認されました。まもなく王都へ到着します」
「よかった……」
アスレーヴェに頼りっぱなしだったが、何とか凌げたらしい。
敵将が不在だったことに感謝だ。
ミラルドは様々な可能性を思慮したが、最終的に、城門を破壊しない策はやはりないと断言した。
だとすれば負傷、病、あるいは死亡。
ミラルドは魂影に何か影響を及ぼしたかもしれないと言っていたが、深くは語らなかった。
該当するのがどれであったとしても、ラルズはスピライトが関係していると思った。
結果的に、敵は半日前に全軍撤退した。
少なくとも王都から見えない位置にいるのは確かだ。
ミラルドの見解は、教会騎士と激突するのを避けるため、前線を下げたとのこと。
ラルズとしてはこのまま北国へ退散してしまえと思いたいが。
「数回に分けて斥候を放ちましたが、一人として帰ってきません。敵の総数や糧食事情は不明です。ここからは憶測で動くことになります」
「退いたんだから、分が悪いと思ったんじゃないの?」
「その通りですが、帝国は分が悪いと思った時には逃げ場がない状況で戦っています。皇帝や海竜だけ戦場から離脱した線もありますが、クラークが存命していれば、雪山に逃げ帰るなど考えもしないはずです」
「でも、皇帝が戦える状態だったら、防衛はもっと悲惨なことになってたでしょう」
「ええ。ですから、憶測です」
ミラルドから鋭い眼光を寄せられて、ようやく気が付いた。
最終的に判断するのはラルズだと、彼は言っているのだ。
しかしラルズは自分自身で、判断力が欠如している自覚があった。
ラルズが敵の状況を勘で決めつける前、そうはさせないと言わんばかりに、幾千もの馬蹄がヴェルト平原から鳴り渡った。
「到着したようです」
ラルズたちはこぞって民家から出た。
教皇に会うのは一年ぶりだった。
彼は装飾過多にも見える上等な鎧を身に纏っていた。
齢七十を超える男が馬に乗り、鎧を着ているだけで心配になってしまう。
しかし彼は長旅に疲れた素振りを一切見せず、アスレーヴェにこうべを垂れていた。
神から十分な説明を受けた教皇は、ラルズに深く謝罪した。
「殿下に王の資格なしと、離別した我らをお赦しください。償いは戦場でと神に誓いましたが、危機も過ぎ去った後らしく……」
「今も資格はないから、悔やむ必要なんてない」
皮肉に捉えられそうだったが、長年を生きた教皇は棘がないことを見抜いた。
「寛大なるお心遣いに感謝いたしますぞ。しかし、どうしたものでしょうか。敵がいないのであれば、私共は食い扶持を増やすだけでありますな」
教皇は困ったように髭を撫でて、遠い目でヴェルト平原を見た。
教会騎士はヴェルト平原にて待機している。
城門は瓦礫で塞いであるので、人が一人通れるくらいのスペースしかないのだ。
教皇の悩みを否定できないのが辛いところだが、帰られても困る。
「ラルズ殿下、分かりやすい二択です。防御か、攻撃か」
すかさず、背後のミラルドが助け舟を出した。
「そうね……」
さすがのラルズも、利点と欠点を熟慮できた。
防衛を選べば、糧食が尽きない限りは強固な守りを築くことができる。
遅れてシュワルドから糧食を乗せた牛車が辿りつくだろうし、数日で飢えることはない。
それでも、攻撃を選ぶことで生まれる利点は大きい。
この一年間、アルドロ王国はサーライン帝国に対し、待ち構えることしかしていないのだ。
攻めに出れるほど戦況が好転したとなれば、北部の諸侯たちが竜に従うのも今日までだろう。
何より、教会騎士が参戦したと触れ回れる。
国内最大戦力の彼らが軍から去ったから、竜に寝返る者で溢れたのだ。
それに、スピライトが皇帝を傷つけていたとしたら、それを活かさない手はない。
彼の行動全てに、意味を持たせてあげたい。
どちらを選んでも、国が滅びればラルズのせいだ。
これが王族の責任か。
ラルズは目を瞑って考えた。
どうせ先が見えないなら、ミラルド含む兵士の意思を尊重すればいい。
スピライトが生きていれば、何と言ったか。
……決まっている。
ラルズは北の方角を見据えた。
「背を向けた獲物を、襲わない獅子はいないわ」
アルドロ王国は王都に兵を残さず、進軍した。
その総数一万三千。
獅子三百に、神が一頭だった。




