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第39話「友との別れ」

 

 目線がゆらゆら揺れていた。


 夜の城下町をゆっくり進む馬に跨っているからだが、生まれてこの方、視点の揺れなんて意識したことはなかった。

 頭がぼうっとしているのかもしれない。


「――おい、スピライト。聞いてるのか?」

「悪い、聞いてなかった」


 街並みから目を逸らすと、リックの顔が間近にあった。

 馬の手綱を握りながら、器用に顔だけ振り向けている。

 現在俺はリックの馬に乗せてもらっており、鞍の後輪辺りにいる。


 帝国軍の陣地に赴くにあたって、俺は迅速に移動する必要があった。

 霊園から下ると既にミラルドが送っていた使者が帰ってきており、息をつく暇もなかった。

 俺の引き渡しについて、敵が提示した条件はざっくり二つ。


 一人であること。

 指定した場所に来ること。


 指定場所は城壁に近く、徒歩だと億劫なくらい遠かった。

 馬で向かわせて取り上げるのだろうと分かっていれば、困窮したアルドロ軍にそんな余裕はない。

 まあしかし、一人で出発することを強要されたわけじゃない。


 要するにこれは、見送りみたいなものだ。


「スピライトさま。愚兄の背が不満なら、どうぞ私の馬に」


 松明を掲げるリリイがすかさず進言するが、笑ってかぶりを振った。


「君にしたら城下町なんて、感傷するほど馴染んだ景色でもないだろ? これが最後になるかもしれないんだし、友人との会話を楽しみなよ」

「別に、最後にはならないだろ」


 俺は平静を保って言う。

 リックは前を向きながらぞんざいに片手をひらひらさせた。


「君はどうせ何が起こってもぴんぴんしてるだろうけど、僕は死ぬかもしれないだろう」

「お兄さまはスピライトさまがいないと、もうとっくに死んでますよね」

「うるさいな……」


 リックはぼやいただけで言い返さなかったが……。

 正確には、リックがいなければ俺が死んでいる、だ。


(口を挟むのは野暮だな……)


 俺は微笑した。

 リックなりの愛情表現だ。

 彼は妹が本性を出して毒舌しやすいように、頼りない兄を演じている。


「話を戻すけど、ラルズ殿下との仲は少しくらい進展したのか?」


 その質問には、どう答えていいのかわからなかった。

 隣のリリイからぶわっと負のオーラが走った気がしたので、見ないことにした。


「少なくとも、今は怒ってるだろうな」

「はぁ……」


 心底呆れたのか、リックはため息しかでないようだった。


「戻ってきたらちゃんと話すさ。お前の見立てでは、俺は死なないんだろ?」

「まあ、そうだけど」

「スピライトさま、何かお伝えすることがございましたら、私が責任を持って……」


 リリイは兄ほど物事を楽観視できないらしく、不安気な様子だった。

 彼女の心遣いに笑みで返した瞬間――、


「シッ」


 リックが馬を止めて、急に殺気立った。

 すれば俺も、遅れて人の気配を感知した。

 指定された場所まで帝国兵が一人もいないはずもないのだが、思っていたより索敵範囲が広かったようだ。


 友との時間はここまでか。

 俺は馬から降りて、兄妹に視線を配った。


「伝えたいことがある」

「……! 何でしょうか」


 二人に信頼の眼差しを注いで、俺は強く言った。


「しばらく留守にするが、頼んだぞ」


 様々な意味が孕んだ言葉を、リックは受け止めたように笑った。

 リリイも「努力します」と頷いて、持っていた松明を俺に手渡した。


「そこにいるのは何者か!」


 誰何が響く。

 俺は「行け!」と怒鳴った。

 二人は頷いて、馬首をめぐらせた。

 そのまま馬蹄と共に、闇の中へ溶け込んでいく。


 すると大勢の帝国兵が穴の開いた住居から現れて、弓に矢をつがえて俺に狙いを定めていた。

 俺の風貌は正体が分かりやすく、問答無用で射抜かれることはなかった。

 鎧を纏わない騎士の服に、腰に掛かるのはグインレーヴのみ。

 加えて単独で姿を見せれば、それが取引相手なのは明白だった。

 何より、俺の顔は結構有名らしい。


「あいつは本人だ」


 どこからか囁き声が耳に入る。

 瞬く間に十人余りの帝国兵に囲まれた。


「剣を外せ」


 帝国兵は淡白に告げる。

 俺は立場を弁えなかった。


「断る」


 途端にざわめき、兵士たちが抜刀した。

 だが、弓矢が斉射されないことから俺の身の安全は保証されたようなものだった。


「これは師の形見だ。俺の誇りに触れるというのなら、死の覚悟をしろ」

「貴様ッ――」


 殺気立った帝国兵を前に、俺は当初の目的も忘れて剣の柄に手を添えた。


「待て!」


 住居から、馬で駆けつけてくる男がいた。

 壮年の男は豪華な鎧を着用していて、見るからに高位の人間だと分かる。


「陛下が気に入る男だ。お前たちに御することはできんだろう」


 帝国兵からすれば、敵兵と比べられた上で貶められたのだから、心中穏やかではなかっただろう。

 しかし俺から数歩距離を取ったほどには、男の権威は光っているようだった。


 俺が拘束を拒むと、あっさり受け容れられた。

 帝国の歩兵に囲まれながらという制約はあったが、俺は自分の足で歩き、崩れ落ちた城門からヴェルト平原に出た。


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