第36話「ラルズの不安」
ラルズは憤慨していた。
それはもう、数日前のラルズだったら暴れ狂っていただろうが、少しだけ成長していた。
歯を噛み締めて、長机を囲んでいた椅子を一つ蹴り飛ばしただけだった。
これには、スピライトが感心していたのが印象的だった。
「姫さま、一先ずはお受けなさるといい。恐らく時間稼ぎでしょうが、どのみち戦は敗色濃厚です。策を講じれば、何か突破口になるかもしれません」
ミラルドにそう言われれば、ラルズが我儘に突っぱねるわけにもいかなかった。
引き攣った口元で何とか言葉を紡いで、帝国兵を追い払った。
更にはその後、ミラルドがスピライトに何か耳打ちした。
怪しい匂いを嗅ぎつけたラルズは言及しようとした。
――だって、おかしいじゃない。
一刻も早く攻めるべきだと提案した男が、敵の策に乗っかるというのだ。
一体どうして?
そんなラルズの疑念は、一声も発せられることはなかった。
ミラルドが先に制したその鋭さといえば、舌を巻いてしまう。
「時間がありません。姫さまは頭を冷やしてください。――スピライト、鎧もなしに戦場へ赴くのは心許ないだろう。見たところ俺と体格も変わらんし、貸してやろう。その代わりといってはなんだが、父上の最期を聞かせてくれ」
「はい、助かります」
どこで礼儀を覚えてきたのか、スピライトが人に頭を下げたことにラルズは戦慄した。
その後は「俺の住居は七層だ」と馬に乗って王宮から立ち去る二人の姿を見送った。
まるで宮女にでもなった気分だったが、真の宮女がラルズに歩み寄ってきた。
鎧の手入れやらなんやらと自室に連れ戻されて、脱がされて、さりげなく汗まみれの身体を拭かれて、王女を演じていた時のワンピースを着せられていた。
外に出ると夜風が吹いて、露出した四肢からラルズの熱を冷ました。
「帰ってこないじゃない……」
呆然としていると、太ももに、にゅっとした感触が走った。
「きゃっ」
思わず女らしい声を出してしまう。
赤面して周囲を見回したが、誰にも見られていないようで胸を撫でた。
その後、唯一目撃されたというか、犯人の獣を撫でてやった。
「スピールズ。ドランはいいの?」
「グゥ」
唸りながら頬を擦りつけてくるスピールズを見ていると、ため息がでた。
「あなたは、愛情表現が上手よね」
スピールズの方からドランに寄っていくのを、ラルズはよく目にしていた。
獣は飼い主に似るというが、まったく、どちらに似たというのか。
反面教師なんて例もあるのだろうか。
これは主人であるラルズに、スピールズが見習えと言っているのかも。
勝手に、そう思った。
「スピライトの場所、分かる?」
スピールズは首を上下させると、ゆっくり歩き出した。




