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第34話「要求」

 

 王宮にいる理由はさておき、俺は微笑ましく愛獅子を見た。

 スピールズがドランに身を寄せている。

 主人と感動の再会を果たした彼は、五秒もすれば女に関心を向けてしまった。


 そして何故ここに居るのかといえば、アスレーヴェの入れる建物がここしかなかったからだ。


 俺は、一層で見張り役を願おうと提案したのだが、そんなことは許されないとラルズを筆頭に重臣たちが口にした。

 崇める神を不躾に扱えなかったのと、政治的な意味合いもあったに違いない。

 アスレーヴェが王都の守護に参上したと民が知れば、ラルズへの糾弾は止むだろう。


 見限られてない証拠が出てきたのだから当然だ。


 事実として、民は神が顕現したとひれ伏せていた。

 さすがに獅子の群れを城にあげることは敵わず、一層で待機させている。

 ラルズは魂影(シャドウ)の話など様々な背景を知り、落胆はしたものの、以前より覇気を感じさせる態度だった。


「ミラルド、どうすればいいかしら」


 訊ねられた男の顔は大きな傷痕が走っていたが、それでもピンときた。

 この男が恐らく、フォルドが死の間際に信用していいと言っていた息子か。

 ラルズが最初に頼りにしたのが別の男で、多少なりと嫉妬心も湧いた。

 が、フォルドの息子なら仕方ないかとも思う。


「情けないことに、獅子の用兵は私も未知の領域ですので明言はできません。しかしながら、神の御前で失礼ですが今は優勢どころか拮抗にも程遠いかと」


「でも、わたし達の神は竜を一噛みで殺したわよ」


「はい……しかし、アスレーヴェ様は不死身なのでしょうか?」


 ミラルドはアスレーヴェの潰れた左目を痛々しそうに見た。

 黒獅子は大変憎々しそうに俺を一瞥した後、嘆息するように声を出した。


「矢の雨を食らったところで死なぬが、オレはもはやただの獣。担い手には勝てぬし、人間にさえ殺害されそうになる始末だ」


 居心地の悪い重圧が俺を襲って、ラルズが動揺を露に声を震わせた。


「あなた、何をやったのよ……」

「調教だ」

「バカ!」


 容赦なくすねを蹴られて俺は悶絶する寸前だったが、必死に戦士の顔を維持する。


 殺伐となった空気を入れ替えるように、ミラルドが状況説明を始めた。


「問題は、唯一勝っていた食料事情が逆転してしまったことです。千頭近い獅子を抱えれば、ひと月分の食料など数日で尽きます。対して帝国軍はよくも悪くも数を減らしましたし、城壁を占拠しております。最低限の兵を残し、付近の城に兵を散らすことも可能でしょう。何より、一番の心配は……」


 これまでよどみなかったミラルドが、珍しく口をつぐんだ。

 俺は問題に検討がつかなかったが、アスレーヴェは推察して答える。


「お主の懸念通り、獅子は腹をすかせば人間を襲う。しばらく飯を食っていない個体が多く、今も気が立っているだろう」


 ミラルドはひとしきり思考を巡らせた後、ラルズに結論を投げかけた。


「ならば、一刻も早く打ってでる必要があるかと。皇帝クラークも疲労の色を見せておりました。城壁の破壊に続き、撤退するために魂影(シャドウ)の力を限界まで行使したはずです」


「今なら城壁を取り返せそう?」


「いえ」


 問答無用で、ミラルドは首を一振りする。


「今動くしかないだけです。というよりここまでくれば、帝国は簡単に勝利を掴めます。王都の水は東アルドロ山脈から導水しており、当然のことながら城壁を経由しています。帝国はシュテルンヴァイスを制圧後、迅速に運用する必要があるので放置していますが、いよいよとなったら水路に大量の死体でも投げ込んで汚染するはずです」


 ぞっとする想像だった。

 長期戦に持ち込めば勝機がある戦争だったのに。

 俺が思っているより戦況は絶望的なのかもしれない。


「一先ず奴らは、城壁付近の民家から物資を漁りながら罠を張り巡らせることでしょう。先ほど王宮の庭から一望した限りでは、兵糧攻めをすると言わんばかりに進軍を止めておりました」


 ミラルドは付け加えて、疲労はアルドロ軍のほうが大きいと断言した。

 ラルズが口約束をしたらしい宰相の援軍を信じて待つという意見も挙がったが、俺でさえ愚策だとわかる。


 勝機は薄いが、それでも突撃するしかない。

 共食い、内乱で惨めな最期を迎えるより、まだ救われる。


「……」


 俺はため息を吐くのを堪えた。


 一瞬、じゃあ俺は何をしにきたのだと思ったのだ。

 全く国を救えていないと心を痛めたが、ラルズの顔をちらりと見て、また考え直した。


 今まで言えなかった想いを吐き出す機会を神がくれたのだろうか。


 アルドロ王国の神はアスレーヴェだが、そう考えればなるほど、俺にも信仰心が湧いてきた。

 間違いなく、彼がいなければラルズとは生きて再会できなかった。


 俺は王宮に訪れた静寂の中で少し、笑みを浮かべた。

 それに気づいたラルズが小首を傾げた時、王宮に衛兵が飛び込んできた。


「帝国軍から、使いが――」


 ――は、と全員が固まった。

 思慮の結果、招き入れた帝国兵が口走った要求は予想外のものだった。


 ラルズの命でも、アスレーヴェの命でもない。



 帝国軍の要求は、俺の身柄だった。

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