第32話「剣戟と獣」
俺は戦場にいるラルズを見て、喜ばしい気持ちになっていた。
生きていたことも何よりだが。
彼女の抱えていた悩みはつまり、吹き飛んだのではないだろうかと安堵したのだ。
クラークの弱まった魂影を消滅させるように剣を一閃する。
受け止められるが、男の腕から血潮が弾けた。
まだ傷が癒えていないどころか、深くなっている。
苦い表情を見せるクラークは、はっと眉間をしわくちゃにした。
「この獅子が、アスレーヴェだと……」
恐らく、男の魂に宿るシーベルクが教えたのだ。
「蜥蜴の分際で、オレの名を軽々しく口にするでないわ」
アスレーヴェは前足でクラークを踏み潰そうとする。
鍔迫り合いをしていた俺も焦って地を転がり回避した。
「おい! 俺まで殺す気か!」
「オレは、シーベルクの眷属を殺しにきたのだ」
「チッ……後で首輪を作ってやる」
言うことを無条件で聞くほど調教されていない獅子の神は、クラークを回収するために地に降りた竜の喉仏に食らいついた。
こればかりはクラークも動揺を露にし、息を呑んだ。
唯一撤退できる空の道がなくなったのだ。
俺に睨まれているどころか、男は獅子の群れに囲まれており、帝国軍とは分離されている。
それでもクラークはすぐに屈強な戦士の面に戻った。
「貴様、俺の竜を……! くそ、つくづく対等な条件で闘うことができん」
「同感だが、これは試合じゃないからな」
条件を整える気などないことを吐露する。
するとクラークは突如、悟ったように冷たい表情になる。
「そうだな。私欲を満たすのはここまでだ。次に貴様と剣を交える時は、容赦なく殺す」
「次はない」
クラークは反抗するように凄んで、魂影を大きく解放した。
男が剣を振りかざすと、アスレーヴェの足すら止まる突風が生まれた。
この期に及んでまだ余力を残していたのかと感心さえするが、クラークが上空に向かって大きく跳躍した瞬間、シーベルクの影は力尽きた。
が、同時にクラークの姿も、大気を切り裂いて疾走してきた竜の背に消えた。
その速さと高度に、さすがのアスレーヴェも追いかける気にならなかったらしい。
とはいえ止まっているわけにもいかない。
追撃に出ようとするのだが、背後から二つの馬蹄が響いた。
「ダメだ、スピライト。追うな」
リックが巧みに馬を操り、瓦礫を飛び越えてやってきた。
その隣にはリリイも居て、兄に同調するように頷いた。
「城壁に、帝国の弓兵が陣取っております。矢の雨を受ければひとたまりもありません」
「僕らが入ってきた西も、もうダメだよ」
「……そうか」
素直に頷いたことに、自分でもらしくないなと思う。
せっかくラルズと再会したのに、言葉を交し合う前に死ぬのを恐れたからだろうか。
考えは、アスレーヴェの咆哮で打ち消された。
好き放題暴れていた獅子の群れが止まる。
自国の首都内で包囲されているというのは気持ち悪いが、とりあえずは、後ろを見た。
呆然とするラルズがアスレーヴェと俺に視線を泳がせて、最終的に俺と目を合わせた。
歩み寄ったのは、二人同時だった。
何を言おうか。
憎まれ口しか頭に浮かばなくて困り果てる。
そんな俺を他所に、ラルズはその端整で美しい顔を、倒すようにして俺の胸に埋めていた。
互いに抱擁こそしないが、俺は目を白黒させながらも静かに呟いた。
「剣士になったり女になったり、忙しい奴だ」
「うるさいわよ……」
先の未来を思い浮かべればやはり苦しい。
でもラルズは生きていて、今二人で触れ合っている。
ひとまず、それで充分だと思った。




