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第25話「王都の現状」


 戦術会議が始まるも、ラルズは見に徹するしかなかった。

 間違いなく、十六歳の小娘がでしゃばる場ではない。


「敵はアルドロ兵を大勢加えて、四万を超える軍勢だそうです。厄介なのは、こちらの数に合わせて増強できるということですな。対して、王都でまともに戦える兵は私の部下が五千ほどに、ヴェルト平原の敗残兵、宰相やらが抱えていた兵や南から上ってきた有志を統合して一万五千がいいところ。これは城を出て、正面から迎え撃つのもありかもしれません」


「何で? 籠城しない理由はないでしょう」


「ええ、これは諦めて、皆で玉砕しようという案です」


「……」


 ラルズはもちろん機嫌を損ねる。

 というか、本当にこの男を頼りにして大丈夫なのかと懸念を募らせた。

 その不安を拭うように、一人の男がしかめっ面でラルズに言葉を投げつけた。


「ラルズ殿下、ミラルド卿の言葉を真に受けていたら毒ですよ。無論、本来ならばこの男を粛清すれば済む話ですしそうしたいところですが、この男、用兵にはめっぽう強いのです」

「……分かってるわ」


 ラルズは無気力に頷いた。

 それとは対照的に、ミラルドの喉には活力が満ちているようで、


「まあ、こんなのは一つの案です。どうせ敗戦するのなら我らは民が南に避難する時間を稼ぎ、王都は崩してしまおうと格好つけたいところですが、現実的ではないのは確かです。しかし、篭城もまた地獄ですが」


「半年分の蓄えはあるらしいし、南から兵を集めて街道を維持すれば、輸送だって――」


「はは、ラルズ殿下はずいぶん純粋でいらっしゃる。仰る通り、南から兵が集結すれば、この要塞の岩部分から投石、矢を放って挟撃し、南を確保することは可能でしょう。しかし、集まるわけがない。帝国の奴ら、獅子を調教するのがうまいようですから」


「南も裏切るっていうの?」


「考えてもみてください、もう休戦が解かれてから一年近い。勇敢な兵や信心深い者は北へ出兵してとっくに散っております。大した戦力は残ってませんし、この期に及んでくすぶっている権力者にろくな者もいません」


 訊いてばかりのラルズに、辛辣な言葉を投げつけるのはミラルドなりの愛の鞭だろう。

 彼の滑らかな口上は、まるで教師が答え合わせをするようだった。


「ヴェルト平原の戦の様子を聞く限り、帝国が城主たちに命じたのは、戦に関わらないことでしょう。加えて、帝国が勝てばある程度の地位は約束するとね。もし王国が勝利したとしても、寝返った権力者が多いだけに動けなかった言い訳を用意すれば罰も免れる。事実として、もはや終戦したところで裏切り者を処刑することは敵わない状況です。今頃、竜が南を飛び回ってることでしょう」


 王国の窮地に駆けつけなかった者を処刑するといえば、罪に問われた者たちが結託し、反乱を起こす。

 それを避けねばならないのはラルズにも分かった。

 アルドロ領南部の権力者は、徴兵で数少なくなった兵を動員してまでリスクを負う必要がない。

 領民も、お前たちの為だと言われれば領主に信頼を置くだろう。


「今いる兵だけで耐えるしかないのね……」

「ええ。それとラルズ殿下は、重臣たちから半年分の蓄えがあると聞かされたようですが、それは城下町の食料を全て二層より上に運搬した際の計算ですので、この切迫した状況ではありえません」


 ラルズは浅さを指摘されてどんよりとした。

 が、ミラルドとの頭脳格差が激しいからこそ、気になることがあった。


「分かってたなら、どうして前もって運んでおかなかったの?」


「城に通じる道は少なく、上層へ行くほど道幅が狭くなる。食料はともかく、二万の民を一挙に移動させるわけにはいきません。ラルズ殿下は、まだお前を上にあげれないが飯は先によこせと要求されたら、どうなさいますか」


「……怒る」


「はい。これでも互いに譲歩しているのです。商人や、家畜を潰してくれた農民を優先的に上層へ運び、他の住民もできる限り、城に通じる坂付近に避難させつつあります。幸い、兵士はあぶれた民よりさらに前の城壁に立ちますから、文句もでにくい。この状況なら、飢餓に直面するのはひと月ほど先でしょうか」


 ラルズがふんわりと抱いていた幻想が次々と打ち砕かれて、表情は暗くなる。

 すると子供を慰めるようにミラルドは続けた。


「少しいじわるな言い方でした。シュテルンヴァイスはひと月しか耐えられませんが、帝国軍はさらに短命です。アルドロ領北部の中には最後まで抗戦し、略奪された都市もありますが、所詮は北部領土。戦地ですので、潤っていた都市はありません。とはいえ竜は獅子に弱みを見せることもできず、糧食を要求することもできない」


 寝返った獅子が多いせいで帝国は略奪ができず、企てが裏目に出ているのか。

 ラルズはすべてを見通していそうなミラルドに、単刀直入に訊いた。


「わたしたちに勝機はあるの?」


「正直に申しますと、検討がつかない理由が一つございます。それは、王都で内乱が勃発した場合です。万が一、帝国軍が王都を明け渡せば民を蹂躙しないなどと甘言を弄し、王都の住民がそれに従えば押さえきれません。だからこそ民を城壁から遠ざけているのですが、財産の運搬を認められないことから、従わない者も多々おりますので……」


 ミラルドは直接言わなかったが、民が自国に対して不信感を抱いているのはラルズが不甲斐ないからだ。

 ラルズは唇を強く噛んで、呟いた。


「わたしに、何かできることはあるのかしら」

「もちろんあります」


 呟きを拾ったミラルドは口角を上げている。

 ラルズは、できることなどない、と吐き捨てられなかったことに驚いた。


「むしろ、ラルズ殿下は既に実行していると言っても過言ではない。私は他の者と比べて、寝返った諸侯をそこまで腐った目で見ておりません。彼らも玉座が空席でなければ、死地だろうと赴く気概はあったと思うのです。きっと殿下が前線に立ち、剣を振れば民からの批判も止みましょう。それでも文句を言う者は、私が首を刎ねてやります」


 そんなことでいいのなら、ラルズが今まで悩んでいたのはなんなのだと思う。

 でも、今になってようやく理解したかもしれない。


 ここは、獅子の国だ。


 魂影(シャドウ)がどうこうではなく、群れの頂点に立つ者が兎になれば噛みつきたくなるだろう。


「不器用なことばっかりだけど、剣を振るのだけは得意なの」

「素晴らしいことです。些事は誰かに任せて、王は敵に飛び掛かればいいのですから」


 頷いて返した後、ラルズは話を遡って訊いた。


「そういえばさっきの言い方だと、純粋に帝国軍とのぶつかりあいになったら、あなたは勝つ自信があるってこと?」

「さすがにお約束はできません」


 ミラルドが笑った途端、ノックもなしに部屋に飛び込んでくる兵がいた。

 それが岩壁に設置された監視塔に携わる者なら、理由は明白だった。

 報告を受けたミラルドはニヤりとした。


「ははは、さすがに竜の国、敵も最後はぶつかり合うことを望んでいるようですな」


 降伏勧告などは一切なかった。

 四万の兵を率いて進軍する帝国軍は、アルドロ王国の消滅を望んでいるようだった。


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