第24話「ミラルド・ブランシュ」
しばらく主人公出てこないです。
白銀の鎧を身に纏ったラルズは魂影の儀式を思い出す。
神々しい外見とは裏腹に、複雑な心境だった。
ラルズが戦火に身を投じる意志を表したことで、王宮内に二つの派閥を生み出した。
――否、もともと別れていたのかもしれない。
ただ、獅子を演じていた宰相の権威のせいで、王宮内で狸が踊っていただけだ。
その宰相が王都を去ったことで、それに連なる者も宰相に続いた。
無論、気をつけてね、と手を振って見送るわけにもいかない。
留まることを強制もしなかったが、条件は突きつけた。
供に連れていっていいのは側近だけ。
そして、南から兵や糧食を輸送することに尽力すること。
前者はかなり譲歩したほうである。
国家の重鎮に仕えている人物の戦力は、この状況において値段がつけられない。
後者は単純に、宰相たちが戦地から離れる建前として並び立てただけだ。
敗戦して帝国軍に処刑されるのはごめんだが、勝利の際に帰る場所がなくなるのも悩みの種だろう。
ふざけるなと、ラルズの火山が噴火する一歩手前だったが、耳元から水を注いだ人間もいた。
「ラルズ殿下。彼らは、平時においては貴重な人材ですが、戦場では無価値です。会議の邪魔をする者と、食い扶持を増やす人間を排除するのは悪いことではありません。……一応は彼らもここまで帝国に擦り寄らなかった身。傍観を超える裏切りはしないでしょう」
赤毛を短く刈っている壮年の男だった。
右目の端から口元までばっさりと刀傷の痕が走っている。
彼は王都の守護を任されていた、ミラルド・ブランシュだ。
すっかり飼いならした獅子を従えている。
ミラルドはラルズの意思を尊重する人間の中で、とびきりの権威と部下を持ち合わせていた。
急激に人気が減った王宮の会議室で、ミラルドは愉快と言わんばかりに笑う。
「はっはっは、いやあ、すっきりした。窮地に陥るというのも悪くないですな。狸が同胞に化けているとわかっていたのに、狩ることを許されないもどかしさに、狩猟に出かけては狸を狩り、夜な夜な狸鍋をすすり――」
終わりそうにない愚痴に、ラルズは眉を寄せながら口を挟んだ。
「悪かったわ。わたしが不甲斐なかったから」
するとミラルドは目を大袈裟に開いて、慌てて弁解するような振りをする。
「おや、まさか、嫌味と捉えられましたか。ラルズ殿下に、遠まわしに愚痴を吐くようなみみっちい男と認識されるのは本意ではございません。私はただ、料理がうまくなったとお伝えしたかったのです」
「それ、愚痴じゃない」
「近頃はそれぐらいしか、語る武勇はございませんので」
「そういうことね……」
ミラルドの言葉にまとわりつく毒気の原因をようやく理解した。
回りくどい言い方だとは思うが……。
彼は、好きこのんで王都で待機していたわけじゃないとラルズに伝えたいのだ。
豪胆な性格の男が直接的に文句を言わないのは、下された待機命令が仕方ないものだったからだ。
ミラルド率いる兵士たちは王都守護の訓練を繰り返しており、籠城戦になった場合に矢面に立つ。
彼らがもしヴェルト平原の戦に出兵して散っていれば、王都に設置された投石器や竜傷弓を扱える者の練度が大幅に低下していただろう。
それでも、ミラルドはヴェルト平原の戦に参戦を望んでいたのかもしれない。
男の胆力が垣間見えて、ミラルドは頼れそうな大人だ、とラルズは判断した。
「わたしは賢くないし、帝国兵と戦った経験もない。あなたの力を貸してちょうだい」
ほう、とミラルドはどこか感心するように目を細めると、頭を下げた。
「この身が尽きるところまで、お付き合いするつもりです」
形だけは関係性ができあがり、ミラルドは大理石のテーブルに地図を敷かせた。




