第2話「獅子剣の主」
一ヵ月後。
アルドロ王国の王都シュテルンヴァイス。
その外観は一風変わっている。
全幅も相当なものだが、城の高度がネージュフェルト大陸でも随一なのだ。
十層にも及ぶ城の高度は今にも雲を突き抜けそうで、初めて目にしたものは夢の世界に足を踏み入れたのかと錯覚する。
身分が高い者ほど上層で生活することを許されるが、しかし坂道ばかりで道幅は狭く、交通の便は正直よろしくないし、標高に適応する必要もある。
間違いなく、快適ではない。
俺は五層にある住処から、王宮まで一直線に馬を走らせていた。
高層になるほどおいそれと立ち入ることはできなくなる。
しかし各層の境にいる衛兵達は、俺の顔を見るなりすっと道を開けた。
俺に注がれるのは、羨望や希望を含んだ眼差しである。
昨日、俺は名実共に【獅子剣の主】の地位を継承した。
その際に授かった宝剣グインレーヴ。
これはネージュフェルト大陸の半分を領土とするアルドロ王国で、剣技においては頂点に君臨するという証である。
用兵はからっきしな俺はまだ十六歳ではあるが、初陣では敵軍の海竜を一頭殺し、百騎以上の騎馬を粉砕し、名のある将軍を一閃、首を取った。
ただまあ、戦力として重宝されているだけであって、誰かれ構わず敬われているわけではない。
部下なんて一人もいないし、俺は普通の騎馬隊に所属する一般騎士だ。
そもそも【獅子剣の主】はまだ俺が二代目だ。
知名度はあれど権力なんて微々たるものである。
アルドロ王国は実力主義なので、武力に優れる者をぞんざいに扱うことはしない。
が、かといって剣を振ることしか知らない若造に貴族がこうべを垂れることもない。
それに、俺に隊を与えられない理由は別にある。
俺はカッとなったら何事も我慢できない性質だった。
上官の命令なんて聞かないし、単独行動して隊を乱すことも日常茶飯事だった。
でももしかしたら今だけは、そんな気性に救われているかもしれない。
各層へ繋がる道の坂道に天井はなかったが、最上層はまるで地上に戻ったかのように一切の天井がなくなった。
一番上なのだから当然か。
俺は謁見の間や作戦本部がある王宮を無視して、離れを目指した。
離れにはドーム状の家……というのはお粗末な大きさの建物があった。
急造っぽくて、まだ建築されてからあまり日が経ってないのか雨汚れも少ない。
俺が馬を止めると、さすがに扉の前にいる衛兵たちが慌てて立ち塞がった。
「スピライト殿……【獅子剣の主】が王宮に立ち入るのは自由ですが、ここだけは別です」
その声には、まるで覇気がなかった。
皆鍛え上げた屈強な肉体を持つ戦士のはずだが、威圧感もない。
恐らく、この部屋主の護衛という仕事に対して誇りや責任感を持っていないのだ。
それはそれで好都合かもしれないと、俺はじろりと衛兵達を眺めた。
「できれば荒事にしたくない」
俺が言うと、彼らはごくりと息を呑んだ。
逡巡するように互いの顔を見回し、最終的に道を開けた。
……彼らは国の為なら命を投げうって戦う、気概のある戦士達だ。
それでも俺や自分達の命、様々なものを天秤にかけてしまえば、護衛という職務を放棄する。
つまり、この部屋の主は彼らにとって重要なものではない。
護衛なんてしてる暇はないのだ。
現在、アルドロ王国は滅びの真っただ中にあるのだから。
「しかしスピライト殿、王女殿下は見知った宮女以外は部屋に決して入れません。特に日中は内から蝶番をかけておりまして……」
ああ、そうだ。
俺はもともと怒っていたんだった。
「問題ない」
俺は言いながら足を上げ、靴の底を扉に向けて踏みつけた。
我ながら凄まじい膂力で、木製の扉の大部分が部屋内に飛んでいき、破片と共に蝶番が落下した。
俺は中で驚愕の表情を浮かべる女を睨む。
そして散乱した木片を踏みつけながら、部屋に押し入ったのだった。