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FLY! AGEHA  作者: Suzugranpa
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第6話 再会

 あれから十年余、あげはは中学2年生。1年前に父の転勤に伴って山あいのこの町にやって来た。山あいと言っても国道のトンネルを抜けると大きな街で、それ程不便な訳ではない。反対に山の方へ入ると最近お洒落なホテルが増えている温泉高原リゾートにも近い。あげはの父は毎日車でトンネルを抜けて勤務先の自動車工場へ通っていた。工場近くに住んでも良かったのだが、こちらの方が家賃が安い事と、小さな湖まで抱える自然の豊かさに惹かれたというのが一番の理由だった。従って、あげはも町で唯一の中学校・水樹みずき中学校へ入学した。3学年合わせても数十人の小さな学校だ。木造校舎に似合ったのんびりした校風で、馴染むのにあげはも大して苦労はなかった。


 しかし問題はあげは自身だった。はっきり言うと、あげははこの十年で結構『イタい』娘に育っていたのだ。3歳の時のブランコ落下事件も尾を引いていた。すなわち、リハビリを嫌がったあげはは左足を少々引きずる事になってしまっていた。膝から下が微妙に曲がってしまい、あげはは暑い日でも長いスカートかパンツを履いていた。歩くとひょこひょこするので、幼稚園、小学校とその点で苛めがなかったわけではない。しかし、あげはのスローな反応、不愛想な態度に周囲も段々と引いてゆき、苛められない代わりに友だちもいない子どもになった。

 

 水樹中学に入学してもあげはは変わらない。たまにちょっかいを出すと、関西弁で激しい反発が返って来る。男子たちも『なんだ、コイツ』と引いてゆき、1年で早くも触らぬ神に祟りなし状態に仕上がっていた。あげはに話しかけるのは、学級委員を務める藤村ふじむら ゆいと地元有力者の娘である小山夏芽こやま なつめ位だ。特に夏芽は、『あんた、面白いから友だちになろ』と一方的に友だち宣言をして、あげはの後見人みたいになっていた。


 1年間が過ぎ、いよいよ2年生になって数日後、昨年のあげは転入に続いて今年も転校生が来ると噂が立った。元よりあげはは興味がないが、地元っ子たちにすれば、期待半分、しかしまだあげはみたいな変わり者が来るのではという心配半分でその日を待っていた。


 幸いその日は春の長雨も終わり、初夏までの息継ぎのような穏やかな日だった。ざわめく始業前の2年生の教室に担任の丹波木実たんば このみ先生が入って来た。扉は開けっ放しだ。


「はあいお待たせ。待望の助っ人新人よー」


 先生も朝からハイテンションだ。助っ人ってなに? 野球部とか? 十数名ほどの生徒はざわめく。


「えーと、取り敢えず朝礼は飛ばして紹介するわねー。あ、リンドさん入って!」


 え? 林道さん? 竜胆さん? 漢字解らん… 


 生徒たちの頭が迷った瞬間、教室の前扉から入って来たのは、金髪の女子だった。生徒たちから歓声やら悲鳴が上がる。


 Oh my God! How are you! U・S・A! Wow!


「リンドさん、私に並んでねー。はいはい静かに! 大丈夫、日本語通じますから。こーらっ」


 丹波先生は騒がしい生徒たちを睨みつけた。一旦騒ぎは収まる。


「えーっと、このクラスに転入するリンド ヘレナさん。苗字はリンドさんね。いわゆる外人さんに見えるけど、生まれたのは日本だそうです。英語はできるけど、小さい頃から日本にいるから日本語も大丈夫。ね?」


 ぼーっと教室を眺め渡していたヘレナは慌てた。


「あ、はい、大丈夫です」

「じゃあ、自己紹介を日本語でしてくれる?」

「はい。えっと ヘレナ・リンドです。千葉から来ました。けど小さい頃は大阪にいました。宜しくお願いします」


 教室中が大拍手になった。そりゃそうだ。不愛想なあげはと違って、爽やかな金髪美少女なのだ。


「じゃーあ、藤村さん、学級委員だしさ、慣れるまでいろいろ教えてあげる係をお願いするね。リンドさんの席も藤村さんの隣にするから、えーっと、江田君後ろにずれて」

「え?オレ?一人はみ出し君?」


 クラスは爆笑するが、丹波先生は涼しい顔だ。


「あー気にしないで、教室は広いんだから」


 こうしてヘレナは水樹中学2年の生徒となった。本来ならあげはより1歳上のヘレナは3年生なのだが、あげはと別れ、成田に引越したヘレナは外に出られない時期が続いた。原因はあげはのブランコ落下である。何も言わないヘレナを不思議に思ったリンド夫妻だったが、環境が一変した事でのストレスと考え、急ぐことはしなかった。その結果、小学校入学も1年遅れ、あげはと同学年になった。


 ヘレナの小学校生活はあまり楽しいものではなかった。関西訛の日本語は馬鹿にされたし、きれいな金髪は時として嫉妬やいじめの対象になった。そのまま地元の中学に進学することを懸念したリンド夫妻は、四季のある日本の自然を巡る高原サイクリングを売り出したいと考えていたこともあり、ヘレナの環境も変えることもできると、温泉リゾートにも近いこの山あいの町を選んだのだ。それほどきつくはない山岳コースから海まで走れるサイクリングコースを組めることから、地元のサイクルショップと提携してレンタルサイクルにも手を広げたいとヘレナの父は張り切っていた。


 授業はいつものように始まったが、生徒たちはどこか落ち着かない。高原の草花の中にいきなりハウスで栽培された一輪花が咲いたようだった。しかしあげはに変化はなかった。ブランコから落ちて以来、ヘレナの記憶も消えたままだったからだ。


 初日の授業は、ヘレナにとっては新しいことだらけだった。教科書がそもそも違う。人数が少ないから教室もスカスカ。言葉は解るもののまた中1からやり直しの気分だった。


 昼休みには女子を中心にヘレナの周りに人の輪ができた。いろんな事に興味津々。中でも髪や肌の色、そして瞳の色を巡って大いに盛り上がった。


『ねね、髪は普通のシャンプーとリンスで洗えるの? それで痛まない? ボディウォッシュは日本人用? お父さんとお母さんの目も緑? サングラス掛けなくて眩しくない? 日焼けしたらどうなるの?』


 ヘレナが答える前に女子の中で、そりゃそうだろよ やら 失礼な事聞くな やら んなわけないでしょ やらかまびすしい。男子は遠くから見守るしかなかった。


 輪に参加して戻って来た夏芽は、あげはの肩を叩くと


「ヘレナちゃんて目がグリーンよ。エーゲ海みたいな色。髪もさらっさら。ハリウッド女優ってあんな感じ?カッコいいわあ。あげはも触ってみなよ」

「は? エーゲ海ってグリーンやった? 金髪の人も珍しないやん今やったら。京都行ったらいっぱい居てはる」

「あのね、観光客とクラスメイトは違うと思うけどね。エーゲ海も沖の方は青だけど、浜に近いとエメラルドグリーンでしょ。あー茶色や黒なんてジミねー」

「…」


 その日の放課後、唯はヘレナに学校やクラスの説明をしていた。


「あのね、前の学校はどうだったか知らないけど、水樹中はすっごいちっちゃいの。small school」

「はい、判る。教室は大きいのにね」


 ヘレナは手を大きく広げた。何だかCMみたい… 唯はくすっと笑った。


「リンドさん可愛いねえ。ここじゃムリだけど東京とかだったらモデルにスカウトされるよ」

「どっちか言うたら、お笑いの方がええかなぁ」

「ふふ、関西弁ってのがまた可愛いわ。みんなびっくりしてるのよ、いきなり『判らへん』って言ったから」


 唯は今日の授業を思い出して言った。


「成田も長かったから、関西弁やなくても喋れるけど、まあ小さい頃から関西弁やったから、こっちの方が楽」

「ふうん」

「そうや。リンドさんって慣れてへんからヘレナでええよ。あたしもユイって呼ぶし」


 ヘレナはにっこり笑った。本当に…モデルみたい。唯も笑顔で応えた。


「OK、ヘレナ!。それでぇ、体育はね…」


 授業の説明はすぐ終わり、学校内の案内は翌日にする事にして唯はクラスメイトの話に移る。


「人数少ないからすぐに覚えると思うけど…」


 唯は男子はかるーく飛ばして、女子を念入りに説明した。しかし例外がいる。昨年この町にやって来たあげはである。学級委員として気に懸けているものの、唯も理解し切っていない。必要最低限の事しか喋らないし、会話が続かないので謎が多かった。


「えっとね、この沢井さんはね、あ、沢井あげはさんね、この子も去年の4月に転校して来たのよ。えっと、大阪からって言ってたけど、あんまり喋らない子だから私も詳しく知らない」


 その名前を聞いた途端、ヘレナの体温がすーっと下がった。


 あげは? 沢井あげは? 大阪から? うそ、まさか。


 あのあげはやろか? 滅多にない名前やから同姓同名って可能性は低い… どうしよ、こんなとこで。

その後に続く唯の言葉は耳を素通りする。しかし次の話にヘレナは殴られたようなショックを受けた。


「それでさ、沢井さんはスカート長いのよ。時々制服っぽいパンツで来ることもあるんよ。彼女足が悪くてね、なんか小さい頃に怪我したとかで足が少し曲がってて、ちょっと恥ずかしいから隠したいって、ほら、やっぱり女子だから、特別に許可してるのよ。だから気にしないでね」


 足が悪い?ひょっとしてあのまま治らんかったんやろか。曲がってるって、あたしの魔法のせいで足が曲がってしもた?どうしよ、『あんたのせいで、こうなったやんか!治らへんのよ、どうしてくれる!』って怒鳴られたらどうしよ。


「だからさ、歩くとちょっと揺れるって言うか、体育も見学多いしね。不思議に思うと思うけど、そう言う訳だから、あんまり言わないであげてね」


 体育も出来へんって? 

『あんたのせいで体育も部活もできへんやん!』ヘレナの耳にあげはの恨みの声が響いた。


 こんな偶然、あるんかな。帰宅したヘレナはあげはの事を両親に話せなかった。

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