第30話 預かったもの
年が改まった冬の日、香苗さんは前庭で冬の草花の水やりをしていた。中学生たちは受験勉強真っ只中で、Catsを訪れる事もすっかりなくなっている。
「ナーォ」
「あれ、シャニー。珍しいねえ、朝からお散歩?」
シャニーがネコのくぐり戸から出てきた。このところシャニーは眠る時間が増えていて、あげはたちがいないため散歩も少なくなった。シャニーは濡れている花壇を避けて歩き、香苗さんの足の後に座った。
「なんだか、艶もなくなったわねえ」
香苗さんもしゃがみこんで、そっとシャニーの背中を撫でる。毛並みも少しパサついている。
「ま、日向ぼっこには丁度いいからのんびりしてらっしゃい」
香苗さんは如雨露を持ち上げると、裏手にある花壇に向かった。シャニーはあくびをしながらまた立上がり、潜り戸から店の中に入ってゆく。
一通り水を撒き終えて、香苗さんが表に戻ってくると、シャニーが軒下で丸まっていた。ちょうど1匹のアゲハチョウがシャニーの周りを飛び回り、そして背中の後に止まった。シャニーはふと顔を上げる。アゲハチョウは止まったまま翅をゆっくり拡げたり閉じたり繰り返している。
ん? こんな話、確かあげはちゃんがしてたな。初めてここへやって来たとき、アゲハチョウが案内してくれて、途中でシャニーに止まって、そのまま一緒にこの店まで来たのだと。ふふ、まあ偶然なんだけど、その偶然がCatsに若い賑わいをもたらせてくれた。シャニー、お手柄だったよね。
「みいん」
シャニーは小さな甘えた声で鳴く。アゲハチョウは香苗さんの方へ飛んで来て、そのまま軒下を出て行った。
「どしたの? お散歩行きたいのかな? 歩くの大丈夫かなあ」
香苗さんはシャニーの所へ行くとしゃがみ込んだ。シャニーは前足で抱え込んでいたものを咥えると、そっと香苗さんの前に落とした。
チリン。 小さな音がしてレモンイエローのボールが香苗さんの方に転がる。
「遊びたいの?」
香苗さんはボールを掴むと、シャニーの方へ転がした。シャニーはよっこらしょと立ち上がるとボールを咥え、また香苗さんの所へ持って来た。
「みいん」
シャニーはボールをしゃがんでいる香苗さんの手にそっと置いて、前足で香苗さんの手を押した。
「ん?」
いつもとちょっと違うかな。
「くれるの? これ大事なものでしょ?」
香苗さんはシャニーの頭を優しく撫でる。確かにボールを追っかける元気はこの頃ないもんなあ。ゴールドに取られたくないのかな。シャニーはそのままトボトボ歩くと潜り戸へ向かって行く。香苗さんは手のボールを眺めた。
シャニー、良く判んないけど、お預かりしておくね。潜り戸に入る直前に振り向いたシャニーは、香苗さんに小さく頷いた気がした。




