第2話 金色の風
公園には春の花がぼちぼちと咲き始めていた。
「あげは、お花咲いて来たねえ」
「んー」
沢井あげは(さわい あげは)は3歳のバースデイを祝ってもらったばかり。母・沢井千夏の手をしっかりと握り、地面ばかり見て公園の遊歩道を歩いていた。
「ほら、タンポポ咲いてるよー」
あげはが千夏が指した先を見ようとした時、植栽の向こうからネイティブな英語が聞こえて来た。
「Fly! Helena」
へーえ、外人の子が居るわ、千夏は植栽越しにちらっと見える子供を見ながら呟いた。
「うあ」
タンポポの花を指でつついていたあげはは、飛んで来たミツバチに驚き腰を上げた。千夏はずれたあげはの帽子に手を添えて、また遊歩道に戻る。あげはは遊歩道の来た方向を見ながら引っ張られていたが、ブランコが見えた所で急に立ち止まった。さっき英語で叫んでいた女の子がブランコに乗っている。ブランコは二つ並んでいるのだが、片方には『故障・使用禁止』の紙が貼られていて、実質一つしかない。キャップを被ったガイジンの子はしばらくせっせと漕いでいたが、動かないあげはの方を見て、ブランコの勢いを緩めると、トッと降り立ちあげはに話しかけた。
「乗ってみる?」
口から出たのは日本語だった。
「え?いいの?」
千夏が聞くと、その子はこっくりした。
「あげは どうする?乗っていいって」
あげはは千夏の影に隠れた。
「ごめんね、恥ずかしいみたい」
「ふううん」
ガイジンの子はブランコに戻るとまたゆっくり漕ぎ始める。そして『Fly!』と叫ぶと、ぴょーんとブランコから飛び降りて、またやって来た。
「乗ってみいひん?」
どうするあげは。あげはは今度はブランコをじっと見て、やがて頷いた。
「ごめんねえ、じゃあちょっと乗せてもらうわ」
「ええよ。乗りたそうやったから」
ガイジンの子は脇に避けるとキャップを脱いだ。金髪がパラっと下がる。わお!綺麗な髪!キャップを脱いだその子はまるでお人形だった。色白に金髪。瞳はグリーン。
千夏があげはをブランコに座らせ、チェーンをしっかり握らせる。ブランコ、久し振りかも知れん、ちょっと怖いかな。千夏がそっと背中を押すとブランコは緩やかに揺れる。金髪の子は横でその姿をじっと見ている。少し歳上に見えるけどしっかりしてはる。千夏がその子をふっと見た時、彼女は叫んだ。
「ちゃんと持っとかなあかん!落ちるでえ。Momに怒られる」
見ると、あげはは右手を開いていた。
「ごめんごめん、有難う、あげは、ここちゃんと持っときや」
千夏は言いながら自然と微笑みが漏れる。お人形のような容姿に関西弁、だけどMomなんや。
あげははちらっとガイジンの子を見ると、むずかって降りようとした。
「もうええみたい。ごめんね、割り込んで」
「ううん。もうええのん?ちゃんと漕いでへんけどな」
「まだようせんのよブランコ」
「ふうん」
「ねえ、あなた、お名前は?」
「ヘレナ」
「ヘレナちゃん。綺麗な髪やねえ。お母さんもこんな色?」
「No Mom is light brown」
え?バイリンガル! 千夏はちょっと気圧された。辛うじて理解は出来たけど。
「そうなんや。でも日本語も喋れるんやねえ、凄いな」
「幼稚園は日本語」
千夏は苦笑した。そらそうやな。幼稚園行ってるんや。
「ふうん。何歳?」
「4years old よんさい」
ふふ、可愛いなあ。やっぱり自然に微笑んでくる。
「お家は近く?」
「団地,Complex,one eight」
One eightって18号館? 同じとこやん。知らんかったな、こんなお人形さんがいるの。
「あげは、ヘレナちゃんって言うんやて。有難うって。乗せてもらって」
あげはは依然固まっている。ヘレナはまたキャップを被り微笑んだ。
「ほら、あげは。代わってもらったんでしょ。有難うは?」
「ありがと」
「Okay!Let's Play again!」
「ヘレナちゃん有難うね。ウチも同じ団地やから、また遊びに来てね。302号やから」
ヘレナは頷いて、OKと言うとブランコに座り、大きく揺らした。キャップから金髪を靡かせて風を切る。
小さな金色の風、カードの写真になりそうやなあ、千夏はしばらくその光景に見とれた。