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Magical Wars ~Legend of Red Dragon~  作者: 口羽龍
第2章 奇跡の子
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第1話 サンドラ

「サンドラ、運命のドラゴン、サンドラよ。ハズタウンに向かいなさい。」


 サンドラは目が覚めた。サンドラはリプコット駅に向かうホームライナーの中にいた。いつもだったら特別快速を使うが、今日は帰りが遅く、なおかつ疲れていたからだ。着席料金を払わなければならないが、確実に座れるので座って帰ろうと思った。


 サラが王神龍に敗れてから、およそ10年の歳月が流れた。世界は間もなく王神龍の世界になろうとしていた。総統の犬神は王神龍を最高神として崇めていた。


 そして、神龍教の教祖として、王神龍の命令に従い、指定された労働場所で労働をする人間の中から、最も役立たずの人間を捕らえていた。その人間を王神龍の生贄に捧げ、新しいエデンを築くための儀式を行っていた。これによって、新しいエデンを築くための力が蓄えられるという。


 魔族達は、その儀式のことを知っていたが、その儀式の目的は、王神龍を心から崇拝する人しかわからなかった。人間も、その儀式のことを知っていたが、その儀式の目的は、生贄に捧げられる直前までわからなかった。


 人間滅亡への秒読みが、神龍教の信者以外誰にも知られることなく、刻一刻と迫っていた。だが、人間が間もなく滅亡するという現実を、当の人間は全く知らなかった。


 犬神や信者は、王神龍が復活することによって、もっと豊かな世界になると伝えていた。強制労働も終わり、再び平和な生活を送ることができるようになる。再び魔族と共に生活できるようになる。人間は、今頑張れば必ず平和な社会が待っていると言いながら苦しい労働に耐えていた。


 人間や魔族達は、そんな犬神や王神龍に抵抗することができなかった。抵抗すると、王神龍の雷が落ちるからだ。それは、いかなる人も殺す強烈な雷で、『裁きの雷』と呼ばれている。人間や魔族は、その雷を恐れている。どんな生き物の息の根を止めることができるからだ。


 王神龍に敗れてから、サラは6歳年上のパウロという青年に拾われた。パウロはそのドラゴン族の少女をエリッサシティの家に連れて行き、一緒に暮らすことにした。


 サラはサンドラという新しい名前を与えられた。サンドラとパウロは兄妹のように暮らしていた。サンドラは成績優秀で、リプコットシティの名門私立中学校に進学した。その後、私立高校を経て、リプコットシティの国立大学に進学した。サンドラは、パウロの父に憧れて、教員を目指していた。


 高校を卒業すると、親元を離れて一人暮らしを始めていた。20歳までに、サンドラは魔導士から大魔導士となり、全ての魔法を使えるようになった。そんなサンドラは、赤いロングヘアーの可愛い女性に成長した。


 サンドラはまだ気づいていなかった。自分の本当の名前を。明日から始まる冒険のことを。自分に与えられた使命を。それが、世界の運命を左右することを。




 30分後、電車は終点のリプコット駅に着いた。時計は10時半を回っていた。サンドラは駅に降り立った。サンドラはショルダーバッグを持っていた。そのショルダーバッグの中には、大学の講義で使う教科書やノートの他に、家庭教師の時に使うノート等が入っている。リプコット駅はこの時間になってもにぎわっていた。


 サンドラは改札を出て、1階にある路面電車の乗り場にやってきた。乗り場は系統ごとに分かれていて、サンドラは一番右のホームで電車を待っていた。それが、自宅の最寄りの停留所に向かう系統だった。停留所には、ほろ酔いのサラリーマンが数人いる。顔は少し赤く、ニンニク臭い。少しふらふらしていたが、線路上に入ることはなかった。


 数分後、路面電車がやってきた。2車体連接車で、入り口は前の車両の前の扉だった。ドアは路面電車の低いホームに合わせて低い位置にあった。ドアの向こうには2段の段差があった。車内は木目調で、温もりのある白熱電球が照らしていた。サンドラは前の車両の一番前の扉から入った。サンドラは定期券を運転手に見せた。この路面電車は料金が全区間均一で、前の扉から乗車して、先に運賃を払うか、定期券を見せる。降りる時は後ろの扉から降りる。


 サンドラは車内に入った。同じホームにいたサラリーマンも中に入った。サラリーマンはサンドラの向かい側に座った。サラリーマンは席に座ると、口を大きく開けたまま寝入った。かなり泥酔しているようだ。


 しばらくして、金髪の女が入ってきた。その女は中学校の頃からサンドラと一緒で仲がいい。大学ではサンドラとは別の学科を専攻していた。


「あっ」


 サンドラは驚いた。来ると思っていなかったからだ。


「サンドラじゃん。今日も家庭教師?」


 女は家庭教師をやっていなかった。教員になろうと思っていなかった。


「うん」


 サラは元気がなかった。疲れていた。ただ、将来のためにやらなければという気持ちだけが、自分を後押ししていた。


「今日、どうだった?」


 路面電車が吊りかけモーターの大きな音を響かせながら動き出した。


「大変だったわ」

「疲れてない?」


 女はサンドラを心配していた。ほぼ毎日家庭教師で、リプコットシティ中を回っているからだ。


「疲れてるわ」

「休まないの?」

「明日は休みだわ。でも1日だけ。大変だわ。でも、じゃないと、しっかりとした先生になれないからね」


 サンドラは強気だった。いい教師になって見せると決意していた。そのためにはそれだけの苦労は必要だと思っていた。


「サンドラは頑張り屋さんだね」


 女は頑張り屋なサンドラに感心していた。


「ありがとう」


 サンドラは笑みを浮かべた。


「そもそも、サンドラは、どうして先生になりたいと思ったの?」

「両親が教師だったから、自分のなりたいと思ったの」


 サンドラは車窓を見た。降りる停留所は近かった。


「じゃあ、私は次の駅で降りるからね」


 電車が停留所に着いた。出口の扉が開いた。サンドラは席を立った。


「じゃあ、また明日」


 サンドラは手を振った。


「バイバイ」


 女も手を振った。


 サンドラは停留所に降り立った。その停留所で降りたのは、サンドラだけだった。サンドラが降りるとすぐに路面電車の扉が閉まった。路面電車は、吊り掛け駆動特有の轟音を響かせて、停留所を後にした。停留所には誰もいなかった。サンドラは時計を見た。午後11時だ。夜も更けていた。


 サンドラは停留所とつながっている横断歩道が青になるのを待っていた。この停留所は交差点の手前にあって、向かいにはリプコット駅前に向かう電車の停留所があった。


 およそ1分後、横断歩道が青になった。サンドラは横断歩道を渡った。横断歩道を渡る人はサンドラだけだった。とても静かだった。わずかに通る車のモーター音やクラクションしか聞こえなかった。


 横断歩道を渡り終え、サンドラはマンションに向かった。サンドラはとても疲れていた。しかし前を向いていた。


 サンドラは暗い道を歩いていた。道には誰もいなかった。サンドラだけだった。道はとても静かだった。サンドラはとても不安になった。誰かにつけ狙われている気がしてしょうがないからだ。サンドラはしばしば後ろを振り向いた。しかし誰もいなかった。サンドラは首をかしげた。


 サンドラは再び前に向かって歩き出した。次第に自宅のあるマンションが見えてきた。サンドラはほっとした。自宅が見えてきたからだ。もうすぐ自宅でくつろげる。サンドラは嬉しくなった。


「助けて・・・」


 誰かの声に気づき、サンドラは振り向いた。女性の声だ。何かに困っているような声だ。だが、誰もいない。サンドラはまた首をかしげた。


 1ヶ月前からそんな幻覚が続いている。友だちに聞いてもその原因はわからない。医者に聞いてもわからない。サンドラは不安になった。病気にかかっていると思っていた。


 サンドラは再び歩き出した。マンションまであと少し。サンドラは前を向いた。


「早く助けて・・・、私を解放して・・・」


 サンドラは再び振り返った。だが、誰もいない。また幻聴だ。サンドラはそう思った。その時サンドラは、それが幻聴ではないことを知らなかった。それが、世界を救う冒険のきっかけになろうとは。


 サンドラは再び首をかしげた。


 サンドラは自分の住んでいる部屋のあるマンションにやってきた。そのマンションは20階建てで、サンドラの部屋は7階にある。


 サンドラはマンションのロビーに入った。もう遅いからか、ロビーには誰もいなかった。スピーカーから流れるクラシック音楽しか聞こえなかった。


 サンドラはロビーにあるエレベータのボタンを押した。すぐに扉が開いた。すでに1階にいたようだ。サンドラはエレベーターに乗った。サンドラは7階を押した。エレベータの扉が閉まり、動き出した。


 エレベータの中で、サンドラは今日あったことを思い出していた。朝昼夜1件ずつ家庭教師で回って疲れていた。大学は長い夏休みだが、集中特訓があるため1人週1回のところ週2回になる場合があった。


 エレベーターが7階に着いた。ドアが開いた。サンドラはエレベーターから出た。間もなくしてエレベーターのドアが閉まった。


 サンドラは独り暮らしをしているマンションの部屋に向かった。サンドラが一人暮らしをしているのは大学生になってからだ。それまではエリッサシティの実家で暮らしていた。サンドラは住んでいる部屋は6畳1間で、キッチンは狭い。浴槽はユニットバスだ。決して広くはなかったが、1人暮らしにはちょうどいい。


 午後11時ごろ、サンドラは家庭教師を終え、自分の部屋に戻ってきた。サンドラはため息を吐いた。サンドラは大学生になってから教師になるために必要な力を鍛えるために家庭教師をしている。教師になるために大切なことを、実践しながら学びたかったからだ。サンドラは、朝から夕方は講義を受け、夜は不定期で家庭教師をしている。現在担当しているのは3人で、どの子供も成績がよくない。サンドラは入学以来、このような忙しい大学生活を続けていた。しかしサンドラは、全く疲れを見せなかった。これは、教師になるための試練だと思って、励んでいた。


 サンドラはペンダントや右腕のミサンガを外し、ユニットバスの中に入り、シャワーを浴びた。以前はいつも午後7時ぐらいに浴びていたが、家庭教師のある日は午後10時に、夜の講義がある日は午後9時に入っていた。だが、この時期は家庭教師の仕事が多いため、午後11時がほとんどだった。


 シャワーから出てきたサンドラは、テレビを見ていた。あの日からバラエティ番組がめっきり少なくなり、神龍教関連の番組がほとんどだ。視聴率はそんなに高くなく、好感度もよくない。しかし政府は、平和な世界を作るためだと思って放送を続けていた。一般人は、みんなその考えに大反対だった。だが、王神龍の前では何もできなかった。王神龍の裁きの雷を恐れていた。王神龍の前ではみんな無力だった。


 どんなテレビもつまらないと感じたサンドラはテレビを消し、布団の中に入り、丸くなり、そのまま寝入った。とても疲れていた。


 サンドラはここ最近、変な夢を見ていた。それは、雲の上の塔のようなところで、4匹の妖精のような生き物に囲まれて、何かに変身する夢だった。


 4匹の生き物の魔法によって、サンドラは金色の輝くドラゴンとなり、口から輝く息を吐き、王神龍を黒い玉に封印した。全ての人間は、人間を救ったサンドラをほめたたえ、感謝した。


 とても現実ではなかった。神である王神龍を封印することなど、不可能だからだ。


 サンドラは家族や大学の友達や教授に、その原因は何か聞いた。そのことを医者に話し、相談した。だが、いまだにその原因がわからない。未知の精神病にかかっている? サンドラは不安になってきた。




 サンドラは今日も不思議な夢を見た。だが、今日の夢の内容は、いつもと違っていた。真っ暗な中で、誰かの声が聞こえる。若い女性のような声だ。母ではないが、なぜかサンドラは懐かしさを感じた。


「偉大なるドラゴン族のサンドラ、聞こえますか? 偉大なるドラゴン族のサンドラ、聞こえますか? ハズタウンに向かって! もう一度立ち上がって! お願い!」

「偉大なるドラゴン族のサラ、聞こえますか? 私たちをすぐ助けてください。そして、王神龍を封印してください。今、私は、王神龍の部下に捕らえられています。時間がない!まず、ペオンビレッジのノームの祠に向かって! お願い! あなただけが頼り!」


 突然、辺りが光に包まれた。サンドラは目を閉じた。


 サンドラは目を開けた。するとそこは、当の頂上だった。目の前には、天に届きそうなほど巨大な金色の龍がいた。龍は、サンドラをにらみつけていた。今にも襲い掛かってきそうだった。


 その隣にいた、ひげを生やした老人のような小人が言った。


「偉大なるドラゴン族に秘められしカイザーフォースよ。今こそそのフォースを解き放ち、わがドラゴン族に力を与えよ」


 サンドラはその声とともに、まばゆい光に包まれた。光が収まると、自分の体が大きくなり、鱗が荒くなり、退職が金色になっている。サンドラはその時、何が起こったのかわからなかった。どうして自分はこんな姿になったんだろう。サンドラは考えた。


 サンドラは、わけもわからず光り輝く息を吐いた。龍はその光を浴びた。龍はその光とともに消えた。そこには黒い玉があった。


 サンドラは目を覚ました。サンドラは辺りを見渡した。だが、そこには誰もいなかった。それに、そこは塔の頂上ではなかった。夢だった。その夢は、本当に誰かが訴えているかのようだった。まるで現実のようだった。




 サンドラは起き上がり、暗い部屋で考え事をしていた。サラって、誰なのか。捨て子だった私は本当は誰なのか? 最近、夢を見る。ハズタウンに向かえと。そこで、何があるんだろう。とりあえず、行ってみようか。ハズタウンは大海原を超えた向こうの小さな町。サンドラは大海原を飛んでサイレスシティまで行くことにした。そこで1泊して、翌日にハズタウンに行こうと考えた。


 サンドラはマンションのベランダを開けた。日中は雲一つない快晴だったが、夕方になって少しずつ入道雲が広がり始めている。だが雨はまだ降っていない。天気予報によると、明日は1日中飴らしい。サンドラは長旅に備えて、ありったけの道具や食料を持った。


 サンドラはベランダに出た。サンドラは空を見上げた。きれいな夜空が広がっていた。


 サンドラは大きな翼を広げ、夜の空に飛んでいった。それが、自分の真実を知ることになると知らずに。


 サンドラはあっという間に空高く舞い上がった。大人のドラゴン族は、あっという間に空高く舞い上がることができる。サンドラが見下ろすと、そこにはリプコットシティの夜景が見えた。サンドラはそれに見とれていた。だが、どこか物足りないとも感じた。人間がいないからだ。人間がいれば、もっと美しい夜景が見られるはずだ。そのためにも、人間を滅亡から守り、再び元の生活に戻れるようにしなければ。サンドラは強く思った。


 サンドラは、リプコットシティから遠く離れた、サイレスシティに向かって飛んでいった。サンドラは10年の間に、とても大きなドラゴンに成長した。それによって、誰かを乗せて長距離を飛ぶことができるようになり、移動も楽になった。羽休めのため、時々休憩しなければならない。だが、長距離を飛べるようになったことで、今までに行ったところに簡単に行くことができるようになった。木々が立ち並んでいるところや山の斜面に着地することができない。それでも、これによって、交通費を節約できるうえに、交通機関を使うより早く着くことができる。そのうえ、上空の心地よい風を感じることができる、サンドラはとても便利だと感じていた。サンドラはもはや、『魔獣の王』と呼ぶべきドラゴンだった。


 空を飛びながら、サンドラは思った。最近見る夢のことだった。どうしてハズタウンに向かわなければならないのか。サラとは誰なのか?あの夢は何を意味しているんだろう。


 サンドラの行く手にはどこまでも続いているような大海原が広がっていた。




 数時間飛んで、サンドラはサイレスシティに着いた。深夜2時を回っていた。サンドラは辺りを見渡した。すっかり夜も更けて、人通りはほとんどなかった。ただ1ヶ所、フェリー乗り場だけが明かりをつけていた。


 サンドラはフェリー乗り場で1晩を過ごすことにした。サンドラは待合室に入った。待合室には早朝の便を待つ人々が眠っていた。ホテルに泊まるお金もない人だろう。その中には、家族連れがいた。彼らは心地よさそうに眠っていた。彼らを見て、サンドラは、彼らの笑顔を守らなければ、一刻も早く王神龍を封印しなければ、でもどうすればいいんだろうと思った。


 サンドラは目を閉じた。この日もサンドラは変な夢を見た。檻に閉じ込められ、目の前で若い女性が白い龍の生贄に捧げられる夢だった。その女は誰かわからないものの、どこかで見たことがあるような姿だった。だが、思い出せなかった。自分も生贄に捧げられようとしたその時、まばゆい光に包まれ、光が収まるとそこはリプコットシティの路地裏だった。


 船の汽笛でサンドラは目を覚ました。サンドラは辺りを見渡した。そこは待合室だった。その時サンドラは、フェリー乗り場の待合室で一夜を過ごしていたことを思い出した。サンドラは汗をかいていた。夢があまりにも衝撃的だったからだ。


 サンドラはこの近くの喫茶店で朝食をとることにした。その喫茶店は、ビルの1階にあって、朝から営業していた。


 ビルの前に来たその時、サンドラは頭に痛みを感じた。サンドラはうずくまった。あまりにも突然の出来事だ。サンドラは、どうして頭が痛くなったんだろうと思った。


「この風景・・・」


 サンドラは何かを思い出した。子供の頃、行った記憶があるからだ。自分の隣には、若い女性がいた。その女性は、生贄に捧げられた女性によく似ていた。


 サンドラは立ち上がり、喫茶店に入った。その時、店員が立ち上がった。女のことを知っているかのようだった。


「いらっしゃいませ。あら? サラちゃん? 久しぶりじゃない」


 店主の女性は言った。その女は、マーロスがお昼によく行っていた喫茶店の店主で、サラのことをよく知っていた。マーロスは休日にサイレスシティに行き、その喫茶店で昼食をしたことがあった。店主はサラのことをよく知っていた。だが、サンドラは自分がサラだということを知らなかった。


「えっ!? 私、サンドラ。サンドラ・デラクルス」


 サンドラは素直に答えた。自分はエリッサシティに生まれ育ったサンドラ・デラクルスだと思っていた。


「いや、あなたはサラ。サラ・ロッシよ」


 店主はその女は10年前に行方不明になったサラだと思っていた。


「違うわ」


 サンドラは反論した。


「そう・・・」


 店主は残念そうな表情だった。サラだと思ったのに。10年ぶりにサラに会えたと思ったのに。


「モーニングセットお願いします」

「はい、かしこまりました」


 店主は首をかしげていた。あの女がサラではないかとまだ疑っていた。


 サンドラは思った。どこかで見たことのある風景だからだ。サイレスシティに行ったことがない。でも見たことのある風景だった。いったい何だろう。そして、本当の両親は誰なんだろう。


「お待たせいたしました」


 店主はモーニングセットを持ってきた。コーヒーとトーストとゆで卵のセットだ。料金はコーヒーと同じで、トーストとゆで卵はサービスだ。


 サンドラはその間も、自分は誰なのか考えていた。私は親と同じドラゴン族だが、血がつながっていない。では、本当の父は誰なんだろう。


 朝食を終え、サンドラはハズタウンに向かって飛び立った。ハズタウンはサイレスシティから歩いて田園地帯を超えたあたりにある。


 サンドラは空から田園風景を見ながら、この景色もどこかで見たことがあると思った。この田園風景、その向こうにある渓谷、でも思い出せない。サンドラは少し悩んでいた。


 数分後、サンドラはハズタウンに降り立った。すでに空は明るくなった。歩いてなら約1時間、バスなら約30分で着く距離だった。ドラゴンの飛翔力は絶大だった。


 ハズタウンは静まり返っていた。人間がいなくなって以降、この町の人口は半分以下に減った。この町唯一の小学校は閉校し、この町の小学生は隣町の小学校にスクールバスで通っていた。


「うっ・・・」


 その時、サンドラは再び頭に痛みを感じた。サンドラはうずくまった。


「この風景… 懐かしい・・・」


 サンドラは徐々にその記憶を取り戻してきた。この風景にも覚えがあるからだ。少女時代に過ごした記憶があるからだ。自分は高校までエリッサシティで過ごしてきた。でも、10歳までの記憶がなかった。ずっとエリッサシティで過ごしてきたと思っていた。


「サラ?」


 突然1人のオオカミ男が声をかけてきた。マルコスだった。マルコスは大学生になっていた。しかしサンドラはそのオオカミ男を思い出せなかった。サラやマルコスのことを思い出せなかった。


「えっ!?」


 サンドラは首をかしげた。


「サラだろ?」


 10年ぶりに会ったが、一目でサラだと分かった。10年間で成長して、かなり容姿が変わっていた。それでもマルコスにはわかった。目といい、その長い髪といい、その女なサラに違いないと思った。


 だが、サンドラは思い出せなかった。


「この家のこと、知らないか?」


 マルコスはサラの家を指さした。


「えっ!?」


 サンドラは首をかしげた。まだ思い出せなかった。だが、サンドラはあることに気づいた。夢に出てきた家だったからだ。自分が見知らぬ女に抱かれる夢だった。


「行ってみようか?」

「うん」


 2人は家に入った。家はすすけていた。サラという少女が家を出て以降、空き家になっていた。中は暗かった。もう何年も人が入ってないためか、所々にはクモが巣を張っていた。


 その時、サンドラは再び頭に痛みを感じた。今までより痛かった。


「どうしたんだ?」


 マルコスは心配した。サンドラはうずくまっていた。


「私、思い出した。誰なのか、思い出したの。私は・・・、サラ・・・ ドラゴン族の・・・、サラ・・・」


 サンドラは、やっと自分のことを思い出した。サンドラは、サラというドラゴン族だった。あの時、その記憶を失っていた。


「サラ! やっぱりサラだったのか!」


 マルコスは驚いた。まさか本当にサラだったとは。マルコスは夢を見ているかのように思えた。


「うん!」


 サラはやっと自分を取り戻せて嬉しかった。


「僕だよ! わかる? マルコスだよ!」


 マルコスはサラが記憶を取り戻したことが嬉しかった。


「うん! あれからどうしてたの?」

「ずっとハズタウンで暮らしてた。今は大学生なんだ」


 マルコスは言った。マルコスは現在、サイレスシティの大学に通っている。


「私は気づいたらリプコットシティにいて、それからエリッサシティでサンドラ・デラクルスとして暮らしていたわ。全く記憶を失ってたの」


 サラはあれからサンドラ・デラクルスとして暮らしていたことを話した。


「そうか。僕は変なんだ。サラとともに檻に閉じ込められてたら、突然光に包まれて、金色のドラゴンが現れて、僕をハズタウンまで送り届けてくれたんだ。あのドラゴン、いったい誰なんだろう。お礼を言いたいな」


 マルコスはあの時の様子を話した。その時、サラは思った。あの夢で見た金色のドラゴンのことだ。ひょっとして、あのドラゴンのことだろうか。サンドラはますますあの夢が気になった。


「そう・・・」


 サラは何かを考えているような表情だった。ひょっとして、あの時のドラゴンは私だろうか。それも、私に備わっている力だろうか。


「どうした、サラ」


 マルコスはサラの表情が気になった。目が上の空になって、何かを考えているような気がして、サラに聞きたかった。


「最近、変な夢を見るの。金色のドラゴンが金色の龍を封印する夢なの。で、ペオンビレッジに向かいなさいと」


 サラは夢の内容を詳しく話した。


「ペオンビレッジか。行ってみようじゃないか。王神龍に倒すための方法がわかるかもしれないから」


 マルコスはやる気満々だった。王神龍を倒そうという野望に満ちていた。


「うん。いいわ。私に乗って行きましょ」


 サラは背中を向けた。


「サラ、大きくなったから背中に乗せて空を飛べるようになったんだ。すごいな。乗せてよ」


 マルコスはサラにお願いした。


「いいわよ。しっかりつかまっていてね!」


 サラはあっさりと承諾した。


「やったー!」


 マルコスはサラの背中に乗った。サラの背中は暖かった。


 その時、マルコスはあることを思い出した。あの時僕を救ってくれたドラゴンの温かさに似ていたからだ。でも、あれはサラではないと確信していた。でも似ていた。


 サラは大空に舞い上がった。あっという間にハズタウンが小さく見えるぐらいに高く上がった。


「すごーい!」


 マルコスはサラの飛翔力に驚いていた。


 サラは、ハズタウンから遠く離れた、ペオンビレッジに向かって飛んでいた。空を飛びながら、サラは、王神龍に敗れた時のことを思い出していた。あの時はまだまだ未熟だった。マルコスも、サムも。そういえば、サムはあの戦い以来、姿を見ていない。もしかして、神龍教に捕まって、洗脳されているのでは?サラは、サムのことが心配だった。久々に再会したかった。

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