表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Magical Wars ~Legend of Red Dragon~  作者: 口羽龍
第1章 邪神誕生
4/34

第4話 西へ

 次の日のことだった。ハズタウンは今日も晴れだが、昨日ほどの晴天ではない。所々に入道雲が広がっている。だが、天気予報によると、今日の天気は快晴だ。近いうちに夕立が起きそうな空模様だった。


 町を行く人の中には、傘を持っている人もいた。彼らは、これから遠出する人々だ。だが、使っている人は1人もいい。まだ雨が降っていないからだ。彼らは夕立のことを考えて持参していた。


 今日は夏休みに入ってから初めての週末だ。今日から長期休暇を取った人は、家族とともに長旅に出る。彼らは、とても楽しそうな表情をしていた。


 中でも子供たちは特に楽しそうな様子だった。鉄道や船、路線バスを使って旅に出るからだ。彼らは楽しい夏休みを満喫しようとしていた。だがその時、彼らはまだ気づいていなかった。この幸せに、間もなく終わりが訪れることを。それによって、人間が多大な苦しみを味わることを。


 朝7時ごろ、サラはぐっすりと眠っていた。いつもは午後10時ぐらいに寝るが、今日は午後9時ぐらいに寝た。アインガーデビレッジに行き、様々な敵と戦って、いつもより疲れていたからだ。


 寂しさを紛らわすために、午後8時ごろに家にやってきたマルコスは午後11時ぐらいに寝た。サラが寝てからおよそ2時間、1人でテレビ番組を見ていた。その後はリビングでぐったりとしていたという。


 サラの部屋に、1人の少年がいた。少年は息がとぎれとぎれだ。かなりの距離を走ったのだろう。汗をかいていた。半袖は汗びっしょりだ。


「ねぇ、サラ、起きてよ。起きてってば」


 少年はサラをゆすった。


 突然、サラは誰かにゆすられているのを感じた。マルコスだろうか? でもこの声はマルコスではない。だとすると、誰かな? サラは思った。一生懸命起こそうとしているのならば、何か大変なことがあったに違いない。そう感じて、サラは眠たい目をこすり、目を開けた。そこにいたのは、異能一緒に寝たマルコスではなかった。目の前には、自分と同年齢の少年が立っている。リサは、その少年を見て、ひょっとしたら、サムソン・マック・アダムス、通称サムではないかと思った。その少年は、黒いロングヘアーで、とてもハンサムな顔をしていた。


「もしかして、サム?」


 サラは驚いた。誰かが来ると思っていなかった。サラはその時思った。これはただ事ではない。もしその男の子がサムだったら、サムの身にも大変なことがあったに違いない。


「ああ、サムだよ」


 やはりその男の子はサムだった。


 サムはサラやマルコスの同級生である。サムもまた魔族で、ゴースト族だ。


 ゴースト族は、死んだ人のなれの果てだと思われている種族である。だが本当は死んだ人のなれの果てではない。そんなゴースト族は、透明人間のように姿を消し、戦った敵の使う技を覚える能力を持つ。また、ゴースト族は、そのかわいらしい容姿から人気がある。


 サムはサラより多くの回復魔法や補助魔法を知っており、使うことができる。現在は攻撃魔法を習得中で、使えるようになったものの、まだまだ上手ではなく、実際に戦うときは使わないという。


「サム、汗だくじゃない」


 サラは起き上がり、クローゼットからスポーツタオルを取り出した。サラは汗だくのサムにスポーツタオルを差し出した。


「はい、これで汗を拭いて」

「ありがとう」


 サムは軽く頭を下げ、サラからスポーツタオルをもらった。


「おはよう。ん? サムじゃないか。どうした? こんなに汗をかいて」


 下で寝ていたマルコスが、眠たい目をこすりながらやってきた。マルコスは眠そうな声だった。


「ほんとほんと、どうしてここにいるの? まさか、サムも大変なことになったの?」


 サラは聞いた。サラはサムが心配になった。


 サムは息を切らしながら、何があったのか話した。


「うん。俺、家から逃げてきたんだよ。なんてったって、変な所に連れていかれるから。お父さんとお母さんが、神龍教っていう、変な宗教団体に入ったんだ。それで、お父さんとお母さんに、お前も入れと言われたんだ。だけど、僕は断ったよ。そしたら、明日の朝、教団の本部に連れて行く、嫌でも入れてやる、って言ってきた。だから僕は昨晩、逃げてきたのさ。今、町中の人が僕を探しているよ。捕まったら、お父さんやお母さんに連れ去られるだろうな。あんな怪しい宗教団体なんかに入りたくないよ。なんか、変なことをされそうで、怖いよ」


 やはりサムは夜逃げをしていた。実はサムは、昨日の夜もハズタウンにいた。だが、誰にも見つからないように、透明になって隠れていた。そして、サラの家で寝て、翌朝サラに相談しようと考えていた。


 サラは驚いた。昨日、アインガーデビレッジを襲った奴らが言っていたからだ。


「その宗教団体、昨日アインガーデビレッジを襲った奴らが口々に言ってた。そんなとこに連れられなくてよかったね」


 昨日のことを知って、サムは驚いた。


「そっか、やっぱり悪い奴らだったんだ。連れて行かれなくてよかった。その宗教について、僕の知っていることを話すよ。その宗教団体は、王神龍っていう神を崇めるらしいよ。世界平和のために人間を捕まえて、厳しい労働をさせたり、王神龍の生贄にしようと企んでいるらしいよ。世界の平和を祈るって言ってるけど、ちっとも平和なんて考えてないと思うよ。だって、人間をみんな捕まえて、険しいところで労働させたり、王神龍の生贄にしようとたくらんでいるんだもん。それに、噂によると、いつの日か、世界を作り直すことによって、人間を滅ぼして、新しいエデン、つまり創世記を築くらしいよ。だから、怪しいと思っているのさ。絶対、何か恐ろしい企みがあるはず。ところで、昨日、アインガーデビレッジを襲った連中は何か言ってたか?」


 サラは昨日会った奴らのことを話した。


「私、昨日、アインガーデビレッジに来た時、魔界統一同盟のワイバーンたちが口々に話していたの。彼らが、王神龍の命令で、この世界の平和のために、人間を1人残らず捕虜しなければならないと言っていたわ。王神龍は神の生まれ変わり、この世界に平和をもたらすための存在として、神に召されたお方だ、とも言っていたわ。その人たち、アインガーデビレッジに来て、家に勝手に侵入して、人間を捕まえていたわ。で、神龍教の思想に反発したら、襲い掛かってきたの。私たち、何とか倒すことができたけど、今度はその親分のニーズヘッグが襲い掛かってきたの」


 それを聞いて、サムが神龍教のパンフレットを見せた。


「もしかして、ニーズヘッグって、この人かな?」

「そうそう、こいつ! こいつも何とか倒すことができたわ。まさかパンフレットに載ってたとは」


 パンフレットを見て、サラは驚いた。昨日倒したあの男だった。


「えーっ、この人だったの?」


 サムも驚いた。まさかサラがこいつと戦っていたとは。


「逃げ延びた子供たち、とっても怖がってたよ。でも、捕まえた人間たちを、険しいところで労働させること、初めて知ったわ。捕まえた人間たちって、こんな事させられるのか。ひょっとしたら、あの時捕まった人間も、険しいところで労働させられるんじゃないかな?」


 サラは昨日の子供たちのことを思い出していた。


「もし入っていたら、洗脳されて、僕も人間を捕まえるようになるのかな?」


 サムはおびえていた。


「そうなっていたかもしれないわ。私、人間をさらうサム、見たくない。私、人懐っこいサムが大好き」


 サラはサムを抱きしめた。


「ありがとう」


 サムは微笑んだ。


「新しいエデンを作る計画がある? そんな話、初めて聞いたわ。ひどい話ね。」


 サラは驚いた。奴らがこんなことを考えているのが信じられなかった。


「やりすぎだよ。人間を更生すればいいだけのことなのに」


 マルコスは彼らを心配していた。


「私もそう思うわ」


 サラもマルコスの意見に同感だった。


「僕もそう思うよ。あと、僕、昨日から思っていた。王神龍を倒しに行こうって。何とかして王神龍の野望を食い止めないと。このままでは世界が大変なことになると思うんだ。人間が絶滅するかもしれないし、王神龍が世界の神となるかもしれない。だから、一緒に王神龍のぶちのめしに行こうぜ。でも、1人だけでは物足りないから、サラやマルコスも一緒に戦って。お願い」


 サムは強気だった。サムは人間が大好きで、友達のほとんどが人間だった。自分を可愛がってくれる人間がいなくなるのが嫌だった。もっと可愛がってもらいたいと思った。もっと人間と友達が欲しいと思っていた。そのために、王神龍を倒し、人間の滅亡を防ごうと思っていた。


「うん、そうしようぜ! 王神龍を懲らしめてやろうぜ!」


 マルコスも強気だった。マルコスは猪突猛進な性格で、何事にも自ら進んで頑張ろうとしていた。


「ありがとう」


 サムは笑顔を見せた。


 3人は、王神龍を探し、倒すために、家を出ることにした。3人とも、初めての大冒険だと思っていた。母がいなくなって、悲しみに暮れていたサラも、すっかり立ち直っていた。これからどんなことがあるんだろう。3人はわくわくしていた。


「でも、王神龍って、どこにいるの?」


 サラはサムに聞いた。王神龍を倒すために、サラは王神龍の居場所を知りたかった。


「僕、わからないよ。でも、その手掛かりになるようなことは知っているんだけど」


 サムは少し焦っていた。手がかりが全くわからないからだ。


「その手掛かりって?」


 マルコスはサムに聞いた。マルコスは目を大きくしていた。


 するとサムは、王神龍を探し出す手掛かりになりそうなことを離した。


「お父さんやお母さん、あの宗教団体に入ってから、変な行動をするようになった。夜8時ごろになると、アカザ島に向かって変な呪文を唱えている。だから、王神龍はアカザ島にいるのかな?」


 アカザ島は、海の向こうの大陸の端にあるインガーシティにある小島で、昔は人が住んでいたものの、無人島になっている。


「そうかもしれないね。じゃあ、アカザ島に行ってみよう。あそこ、海がとってもきれいだから、泳ぎたかったんだ」


 マルコスは嬉しそうに答えた。


 遊ぶことしか考えていないマルコスを見て、サラが突っ込んだ。


「マルコス、あんた、人間の命運がかかっているかもしれないのに、こんなことをしていてもいいの?」

「ごめんごめん」


 マルコスは下を出して頭を下げた。サムは少し笑った。


「そうと決まったら、とっとと行こうぜ」


 サムは嬉しそうだった。


「うん。じゃあ、2階に行って準備をしてこなくっちゃ。ここでちょっと待ってて」


 サラは元気だった。サラは旅の支度をした。


 しばらくして、サラが支度を済ませた。サラは背中にリュックを背負っていた。中には、着替えや歯磨きセットなどが入っていた。


「お待たせ。準備できたよ」

「しゅっぱーつ!」


 3人はアカザ島を目指すことにした。そこに行けば、神龍教や王神龍に関する何かがわかるかもしれないと思ったからだ。


「そうだ、サラ。悪いけど、背中に乗せてよ。空を飛んでアカザ島まで行きたいな。そのほうが早く着くだろ?」


 部屋から出たところで、サムはサラにお願いした。大海原は広く、距離がある。歩いていくのはどうやっても無理だ。船に乗るか、ドラゴンのような背中に人を乗せて飛ぶことのできる生き物に乗っていくしかないだろう。


「うん、そのほうが早い。それに、金がかからないから」


 それに釣られるようにマルコスもお願いした。


「マルコス、サム、ごめん。私、人を乗せて長い距離を飛ぶこと、まだ無理なの。もっと大きくなったら乗れるようになると思うわ」


 サラは頭を下げて謝った。サラは人を乗せられるほどの力がまだない。大きくなったら、多くの人を乗せられるようになるらしいが、まだ少女のサラには無理だ。


「まだ無理なのか」


 サムは残念がった。


「うん、本当にごめんね」


 サラは頭を下げた。


「じゃあ、船で行こうぜ」


 マルコスは強気だった。


 3人は、サラの背中に乗ってアカザ島まで飛んでいくのを諦めた。そこで3人は、船と大陸横断鉄道でアカザ島に行くことにした。3人は決意した。ドラゴンの背中に乗っていくよりはるかに長い旅になる。でも、それで諦めているようでは、世界が危ない。このままでは人間が絶滅してしまうかもしれない。一刻も早く、何とかしなければ。


 3人は、サラの家を出た。だがサムは、見つかるとまずいので、町の外に出るまで姿を隠すことにした。サムは、神龍教に連れて行かれるのを警戒していた。


 3人は、街の中を慎重に歩いていた。町の人はサムがいることに全く気付いていなかった。噂によると、今日から捜索願が出たそうだ。サムは、そのことをとても心配していた。今晩から今朝にかけて、サラの家に入るまで姿を隠していた。捕まったら、両親がやってきて、神龍教に連れて行かれると思っているからだ。


 3人はハズタウンを後にして、アカザ島を目指して旅に出た。それとともに、サムは元の姿に戻った。町の人に見つかり、捕まる心配がなくなったからだ。アカザ島に行くためには、サイレスシティに行き、港から出る船に乗ってリプコットシティに行く。そこからほど近いリプコット駅で大陸横断鉄道に乗り換えて、インガーシティにある大陸横断鉄道の終着駅、インガー駅に行かなければならなかった。そこで3人はまず、サイレスシティを目指した。サイレスシティに行くためには、昨日同様、雑木林を通らなければならない。




 3人はサイレスシティまでの平原を歩いていた。この日も平原は静かだった。のどかな田園風景が広がる。その先には3人が目指すサイレスシティが見える。


「相変わらず静かだね」


 サラは昨日のことを思い出した。突然魔獣が襲い掛かってきたからだ。サラは静かな時だからこそ警戒していた。


「油断できないな」


 マルコスも警戒していた。


 突然、魔獣が襲い掛かってきた。昨日と同じ奴だった。3人はすぐに魔獣に変身した。


「またか」


 マルコスはあきれた。


「何度も出てきやがって、やってやろうじゃないか」


 サラは腕をまくった。


「覚悟しなさい!」


 サラは炎を吐いた。敵の体に火が点いた。


「食らえ!」


 マルコスは鋭い爪で何度もひっかいた。ひっかかれた魔獣が倒れた。


「覚悟!」


 サムは透明になって、敵に向かって体当たりした。


 魔獣は魔法で火柱を起こし、サラは焼き尽くそうとした。だが、ドラゴン族のサラにはほとんど聞かなかった。


「とどめだ!」


 サラは鋭い爪でひっかいた。魔獣は倒れた。


「昨日もこんな感じで襲い掛かってきたの」


 サラはため息をついた。サラは昨日のことを思い出していた。


「そうか」


 サムは深く考え込んだ。


「神龍教が関わっているんかな?」


 マルコスは考えた。


「わからない」


 サラは首をかしげた。


「また出やがった」


 サラが驚いた。間もなくして、別の魔獣が襲い掛かってきた。


「氷の力を!」


 サムは魔法で敵1匹を氷漬けにした。氷漬けにされた魔獣は倒れた。


「しつこいぞ!」


 マルコスは鋭い爪でひっかいた。左腕をひっかかれた敵は痛がった。


「何度戦っても結果は一緒よ!」


 サラは氷を吐いた。氷の息を浴びた魔獣は倒れた。


「ガオー!」


 残った1匹はマルコスに向かって氷を吐いた。マルコスは強いダメージを受けた。


「へへへ・・・」


 サムは敵に近寄り、顔をなめ回した。敵は震え上がった。


「とどめだ!」


 マルコスは鋭い爪でひっかいた。敵は顔をひっかかれた。


「覚悟しなさい!」


 サラは鋭い爪でひっかいた。残った魔獣が倒れた。


「昨日に比べて、襲い掛かってくる魔獣が多くない?」


 サラは思った。


「うん。僕もそう思う」


 マルコスもそう思っていた。


 襲い掛かってくる魔獣は、昨日に比べて強いし、多い。だが、サムが加わったことによって、戦闘が楽になった。まだ攻撃魔法が下手で、実践で使えないものの、サムはサラよりも回復魔法や補助魔法が得意で、実践で使えるほど得意だ。魔法で敵に状態異常を起こし、時には自分を含めた3人に追加効果を与え、戦闘を有利にして、敵を簡単に倒すことができる。


 その直後、再び魔獣が襲い掛かってきた。


「まただわ」

「しつこい奴め!」


 マルコスは腕をまくり上げた。マルコスは炎を帯びた爪でひっかいた。敵の体に火が点いた。ひっかかれた敵は慌てた。


「とりついてやる!」


 そう叫んで、サムは敵1体にとりついた。敵は少し気を失い、すぐに意識を取り戻した。だが、敵の表情が変わっていた。敵は狂ったように敵を攻撃し始めた。サムがとりついて敵を操っているからだ。


「覚悟しなさい!」


 サラは炎を吐いた。敵は強いダメージを受けた。


「うっ・・・」


 敵が倒れた。


「食らえ!」


 敵にとりついたサムは自らを攻撃した。1匹の敵が倒れた。サムは敵の体から分離した。敵は意識を失っていた。


「えいっ!」


 マルコスは炎を帯びた爪でひっかいた。意識を失った敵は顔をひっかかれた。敵は意識を取り戻した。


「とどめだ!」


 サラは氷の息を吐いた。残った敵は凍り付き、倒れた。敵は全滅した。


 サムは、ゴースト族特有のとりつきを使って敵にとりつき、相手を攻撃することもできた。2人は、そんなサムがとても頼もしいと思った。


「サム、すごいな。敵にとりつくことができるなんて」


 マルコスは感心した。


「ありがとう」


 サムは少し照れていた。


 ふと、マルコスは何かを思いついた。


「あっ、そうだ!いっそのこと、僕にとりついて、テストでいい点とらせてくれよ」

「ちょっと、じゃあ、サムがテスト受けられないじゃない。そんなことしたら、先生に言っちゃおうかな?」


 ずるいことを考えたサムを見て、サラが突っ込んだ。


「えへへ」


 マルコスは少し舌を出した。


 3人は再びサイレスシティに向かって歩き出した。だが、間もなくして、再び魔獣が襲い掛かってきた。


「まただわ」


 サラはすっかりあきれていた。


「覚悟しろ!」


 マルコスは腕をまくり上げた。


「炎の力を!」


 サムは天に向かって人差し指を立て、叫んだ。その時、敵の周りに火柱が起こった。敵は炎に包まれ、敵の体に火が点いた。敵は慌てた。


「食らえ!」


 サラは毒の息を吹きかけた。敵は毒を食らい、息が荒くなった。


「しつこいぞ!」


 マルコスは鋭い爪でひっかいた。


 と、マルコスは反撃の一撃を食らった。


「くそっ・・・」

「終わりだ! 大地の怒りを!」


 サムは敵に向かって人差し指をさした。その時、大きな地響きが起こった。敵は大きなダメージを受けて、全滅した。


「サラ、すごいな。いろんな息を吹きかけることができるんだから」


 マルコスは感心した。ドラゴン族のサラが、炎に氷に毒に、様々な息を吹きかけることができるからだ。


「ありがとう」

「やっぱりドラゴン族は『魔獣の王』だな」

 サムも感心していた。


「ありがとう」


 サラは笑みを浮かべた。


「さぁ、行こうか」


 気が付けば、サイレスシティはすぐそこだった。3人は前を向いて歩きだした。サイレスシティまであと少しだと感じると、3人の足は軽くなった。




 3人はサイレスシティにやってきた。サイレスシティは、サイレス王国の首都で、人口はおよそ50万人。ハズタウンやアインガーデビレッジよりもはるかに人口が多く、とても賑やかだった。様々なビルが建ち、住宅よりも集合住宅が多く建っていた。


 行方不明になった母は、この街で働いていたという。


 また、サイレスシティには港があり、その港には多くの貨物船や旅客船が行き交っていた。リプコットシティへのカーフェリーはここから発着する。


 また、港の近くには、この国で最も大きく、乗降客の多い駅、サイレス駅があり、ここを起点に各地に線路が伸びている。かつてハズタウンを通っていた線路も、ここを起点としていた。その線路跡は今でも、路地裏に残っているという。


 この日も多くの人で賑わっていた。特に賑わっているのが、この街の中心にある市場だった。この市場には、港で獲れた魚や農村で栽培された穀物や野菜が並ぶ。中でも今日は、きれいな服を着た家族連れが多かった。観光目的か、あるいは船に乗ろうとする人々だ。


 突然、ある男が声をかけてきた。その男は、昨日話しかけてきたワイバーンと同じペンダントを付けていた。


「君、強くなりたいと思ってる?」


 男の問いかけに、サラは答えた。


「はい。」


 男は嬉しそうな表情だった。


「世界を征服したいと思ってる?」

「そこまでは考えていないわ」


 全く興味のなさそうなサラに向かって、男は熱心に言った。


「素晴らしいことだよ。世界が君のものになるんだよ」

「そんなの手に入れるより、幸せな毎日が欲しいわ。そんな大きいもの、興味ないわ」


 サラは冷たそうな表情だった。


「なら、いいよ」


 男は立ち去った。サラはその男をにらみつけた。怪しく思ったからだ。


 その表情を見て、マルコスが聞いた。


「サラ、どうしたの?」

「あの人たち、何だか怪しいわ」

「どうして?」


 あんな素晴らしいことを言っているのに、どうして断ったんだろう。彼らに何か因縁があるんだろうかと思った。


「昨日、アインガーデビレッジで人間を飼っていた魔界統一同盟の人と同じペンダントを付けていたのよ」


 サラは昨日のことを思い出していた。


「ひょっとして、あの人も、魔界統一同盟の人?」


 マルコスは話しかけてきた男を指さした。


「そうかもしれない」


 サラは首をかしげた。


「その人、神龍教の信者だよ。あのペンダントは神龍教信仰の証として、これを常に付けることを義務付けられているんだって」


 サムはそのペンダントのことを知っていた。


「じゃあ、あの人、神龍教の信者?じゃあ、アインガーデビレッジで会ったワイバーンも?」


 サラは驚いた。


「あのペンダントを付けてたの?」


 サムはサラに聞いた。


「うん。だとすると、魔界統一同盟は、神龍教と同じ人物がやっているのかな?」


 サラはますます魔界統一同盟を怪しく思うようになった。


「だと思う」


 サムは神龍教のことを考えていた。


 3人は路地裏を歩いていた。道の脇には水路が流れていて、時々ゴンドラが通っている。このサイレスシティには多くの水路があり、『水の都』と呼ばれている。その美しい街並みを見に、多くの観光客が来ている。川沿いには、所々におしゃれな外観の常夜灯があり、水の都の雰囲気を醸し出している。


 10分ほど歩いて、3人はサイレス港に着いた。サイレス港には、多くの家族連れが船の切符を求めて、切符売り場に並んでいた。


「すごい人」


 サラは行列を見て、驚いた。切符を買うまでどれだけかかるんだろう。でも、世界を救うためには買わなければ。


「大変だな。指定席、取れないかもしれない。だとすると、カーペット席になるかもしれないな。サラ、マルコス、カーペット席でも、大丈夫?」


 サムは聞いた。自分はカーペット席でも大丈夫だと思っていた。


「大丈夫だよ」


 マルコスは答えた。世界を救うためなら、こんなことになってもいいと思っていた。


「私も大丈夫」


 サラは答えた。世界を救うのはもちろんのこと、母を救うためならこうなってもいいと思っていた。


 3人は切符売り場に並んだ。行列は、50m以上も続いていた。




 30分ほど並んで、ようやく切符売り場に来た。


「すいません、リプコット港まで、指定席こども3枚、お願いします」


 サムは、カーフェリーの切符を注文した。


「ごめんね、指定席、もう売り切れたの。カーペット席でもいい?」


 切符売り場の女は頭を下げた。今は夏休みで、利用する人が多く、指定席は満席だった。


「それじゃあ、カーペット席で。マルコス、サラ、大丈夫だったよね」

「うん」

「私も大丈夫」


 結局3人は、カーペット席しかとることができなかった。この場合、椅子ではなく、カーペットで寝泊まりすることになる。指定席だけを狙っていて、なかなか取れずに時間を食っていたら、王神龍が世界を支配して、人間が大変なことになるに違いない。一刻も早く、王神龍のいると思われるアカザ島に行かなければならない。


 3人は埠頭にやってきた。船着き場には多くの人がいて、その向こうにはこれから3人が乗る船が出発を待っている。とても大きな船で、高さは20mぐらいだ。


 3人はカーフェリーの中に入った。カーフェリーの中にはたくさんの家族連れがいて、楽しそうな声が聞こえてくる。3日後、リプコット大陸に着いたら、何をしようか話し合っている家族が何人かいる。彼らは、魔界統一同盟という団体が、世界を支配しようとしていることを、全く知らなかった。楽しい夏休みのことしか考えていなかった。


「すごい人」


 マルコスは驚いた。これほど多くの人だかりを見たことがなかった。


「楽しそう。お父さんがいる子供たち、うらやましい」


 サラは少し悲しくなった。父に抱かれた記憶がないからだ。サラの父はドラゴン族で、母がサラを生んで間もなくして癌で亡くなったという。サラに似た赤いドラゴンだったという。


 カーペット席のある部屋に行かず、3人は船首にやってきた。船首には、多くの家族連れが出航の時を今か今かと待っている。船首の下には、車や荷物が積み込まれている。桟橋を挟んだ向かい側には、別の船があり、貨物列車で運ばれてきたいくつものコンテナが船に積み込まれている。その周りには、腕の太い人がたくさんいる。おそらく貨物船だろう。もっと積み込むコンテナがあるのか、横の岸には多くのコンテナが置いてある。これから載せる荷物だろう。出航はまだ後のようだ。


「あの船、何だろう」


 サラは向かいの船を指さした。何回かサイレスシティに行ったことがあるが、見たことのない船だ。


「わかんない」


 サムは首をかしげた。


「怪しいわね」


 サラは目を鋭くした。


「あっ、あの印!」


 突然、サムがあるものに気が付いた。


「えっ?」


 マルコスは驚いた。


「あの印、神龍教の印だよ」


 サムは指をさした。サムはその印に見覚えがあった。両親が神龍教の信者になった時にもらったバッジに刻まれていた印だ。その印は、神龍教の信者であることを表すもので、神龍教の所有する乗り物にも付けられているという。


「神龍教の船かな?」

「たぶんそうだろう」

「ますます怪しく感じるわ」


 サラは不安になった。ひょっとしたら、この中に、捕らえられた人たちがいるのでは? サラはそのコンテナの中が見たくなった。


「ひょっとしたら、そうかもしれない」


 マルコスも不安になった。


「私、船に乗ったことないの。とてもわくわくしちゃう」


 サラは船に乗ったことがなかった。母が船酔いしやすいからだ。サラは、カーフェリーに乗れて本当に嬉しかった。母がいなくなった悲しみを忘れて、いい気分になっていた。


「僕もわくわくするよ。これからどんなことが起こるのかな?楽しみだね」


 マルコスはこの先に何が起きるんだろうと思っていた。これからの大冒険に心をはせていた。

 サラは船首の向こうを見ていた。船首の向こうには、どこまでも続いていそうな大海原が広がっている。この海の向こうには何があるのだろう。サラは考えていた。


 出発が近づき、3人は埠頭の見えるデッキに向かった。見送る人々に手を振ろうと思ったからだ。埠頭には多くの人が集まっていた。船を見送ろうとする人々だった。


「すごい人」


 見送る人を見て、サラは驚いた。


「みんな、デッキで手を振るんだろう」


 正午、3人を乗せたカーフェリーは、汽笛を鳴らして、埠頭を離れ、港を後にした。埠頭では多くの人が手を振っていた。


 3人は再び船首にやってきた。船首の先には、どこまでも続くような大海原が広がっている。3人は、船首に広がる大海原を見て、これからの大冒険に思いをはせた。そして、王神龍を必ず見つけ出し、倒すと心に誓った。


 まだ昼食を食べていなかった3人は、船の中にある食堂で昼食を食べることにした。この船の1階には、多くの店が軒を並べていて、どの店も行列ができている。その中にも家族連れが多い。ちょうどそのころ船内放送が流れていたが、家族連れの話声でほとんど聞こえなかった。


 3人は並ぶのを諦め、食堂のある1階の奥にある弁当屋の弁当を食べることにした。本当は食堂で食べたかったが、食堂の定食より弁当屋の弁当が安いうえに、時間がかからないからだ。


 3人はデッキで弁当を食べながら、着いてからの予定を話し合っていた。


「明日からどうする?」


 サラはリプコット大陸の地図を広げた。3人は、リプコットシティに着いてからどうやってインガーシティに行こうか、まだ考えていなかった。


「とりあえず、インガーシティに行くために、リプコット港に隣接したリプコットセントラル駅から発着している大陸横断鉄道に乗りましょ。それの大陸横断特急に乗ればまっすぐインガーシティに行けるわ。」


 サムはあまり旅行に行ったことがないが、交通機関のことはよく知っていた。


「そうしよう」


 マルコスは楽しそうな表情だった。


「でも、夏休みだから、なかなか席が手に入らないかもしれないわよ」


 カーフェリーであれだけ並んでいたから、大陸横断特急もなかなか乗れないとサラは思っていた。


「そういう時は急行でもいいから乗ろう。そっちのほうが自由席があるし」


 サムは何としても早く行こうと思っていた。


「そうだね。それでもかまわないわ。行くことができたらそれでいいから」


 人間を救うためにも、世界を救うためにも、そして、何よりも世界でたった1人の母を救うためにも早く行かなければ。


「さてと、俺はしばらくカーペットで休むとするか。あー、やっぱりカーペットは心地よいよな。昨日も今日も悪い魔獣をボコってきた疲れが吹っ飛ぶよ」


 マルコスはカーペットに横になった。マルコスは、昨日も今朝も多くの魔獣と戦ってきて、とても疲れていた。


「そうしよう」


 サムも釣られるように横になった。サムも町を逃げ回って、今朝は魔獣と戦って、疲れていた。


「私は船首に行って大海原を見てくるわ」


 サラは船首に向かった。


 サラはデッキにやってきた。船首には多くの人々がいる。特にこの時期は、家族連れが多く見られた。夏休みを利用して旅行をする家族と思われる。彼らはとても楽しそうな表情をしている。サラは彼らの幸せそうな姿を見て、母のことを思い浮かべた。母は今頃、何をやっているんだろう。元気でいるだろうか。また逢えたら、どこか遠くに行きたいな。サラは母と再び逢える日を楽しみにしていた。


「きれいな海」


 そのころ、近くにいた2人の男が話をしていた。


「最近、人間を捕まえるやつがいるけど、なんで捕まるんかな?」

「わからない。許せないことだよな。何の罪もないのに」


 彼らは、朝のニュースでアインガーデビレッジやハズタウンで人間が連れ去られたニュースを見ていた。


 サラはその立ち話をしていた。サラは腕を握り締めた。人間を捕まえる神龍教が許せなかった。王神龍を倒して、何とかしたいと思った。


 サラは船首にやってきた。船首の前にはどこまでも続く大海原が広がっていた。サラは大海原を見て、この先何が待ち受けているんだろうと考えた。母はどこに行ってしまったのか、そして、王神龍はどこにいるんだろうと考えた。


「待ってろ、王神龍! 絶対倒すからな! 人間の未来は、私が守る!」


 大海原に向かってサラは叫んだ。




 午後6時ごろになって、サラが船首から戻ってきた。


「ただいま」


 サラはとても元気そうだった。母がいなくなったつらさをすっかり忘れていた。


「おかえり」


 カーペットに横になっているマルコスは笑顔を見せた。


「初めてリプコットシティに行くの。楽しみ。あそこ、世界の経済の中心なんだって」


 サラは嬉しそうな表情だった。


「僕も行ったことがないんだ。楽しみだな」


 サムも嬉しそうだった。


「僕も」


 マルコスも初めてだった。3人ともリプコットシティに行くのを楽しみにしていた。


 3人の隣で寝転がっていたカップルが何か話をしていた。1人は丸刈りの若い男で、もう1人はやや背の低いロングヘアーの女だった。


「何この雑誌」


 男はある雑誌を出した。神龍教の雑誌だった。


「神龍教の雑誌」


「インチキね。そんな宗教に入会しちゃだめだよ」


 おんなは厳しい表情だった。


「わかってるよ」


 男は雑誌を破いて捨てた。


 サムはその様子を怪しそうに見ていた。そんな悪い宗教団体に手を出してはならないと言いたかった。




 3人はカーフェリーに乗ろうとしていた頃にサイレスシティに停泊してた貨物船は、カーフェリーより少し遅れて港を後にしようとしていた。貨物船の行き先はカーフェリーと同じくリプコットシティだ。


 貨物船の周りには、多くの乗組員が立っていて、どこか物々しい雰囲気だ。その乗組員は、怖そうな表情をしている。腕が太くて、刺青をしている。まるで海賊のようだ。荷物を積み込んでいる人も、怖そうな表情をしている。


 実はこの船は、昨日ハズタウンやアインガーデビレッジにいた魔界統一同盟の船だ。サムの言ったことは正しかった。乗組員や周りの人は全員魔界統一同盟の幹部だ。そして、この船は、捕まえた人間を運ぶ奴隷船だ。その貨物船のコンテナの中身は、捕まえた人間だ。水兵やサラの予感は正しかった。


 その中には、昨日捕まえたアインガーデビレッジやハズタウンの人間も入っていた。ただし、その中身が人間だとは誰にも話していなかった。コンテナの中身は野菜だと嘘をついていた。人間が積まれていると思ったら、逮捕されるからだ。


 捕まえられた人間は、この暗いコンテナの中に大量に閉じ込められていて、どこかに連れ去られる。その行先は、幹部しか知らない。彼らは、今からどこに行かされるか教えていなかった。


 船の上から下を覗いていた男が言った。その男はスキンヘッドで、サングラスを付けている。太い腕には白い龍の刺青がある。


「よーし、全部載せ終わったか?」

「全部載せ終わりました」


 その男も、魔界統一同盟の幹部だった。その男は黒いドラゴンに変身し、貨物船に飛び乗った。


「よーし、では、出航だ!」


 男はすぐに、船長のもとに行った。出航の準備ができたことを船長に報告するためだ。


 しばらくして、船長がやってきた。その船長も、魔界統一同盟の幹部だった。


「よし、出航だ!」


 奴隷船は汽笛を上げ、サイレス港を後にした。目指すはリプコットシティ。コンテナを列車に載せ替えて、奴隷は各地に送られる。


 奴隷には、汽笛の音が聞こえた。その時初めて、自分たちは船に乗っていると実感した。


 船の近くには、多くの人がいた。だが、コンテナの中に人がいることを知る人はいなかった。見ている人は普通の船だと思っていた。


 それからしばらく走り、サイレス港が見えなくなったころ、食事係は、コンテナのわずかな隙間から、まるで動物のえさのような食事を落とした。


「おらおら、食事だぞ!」


 隙間から顔をのぞかせた食事係が叫んだ。それを聞いて、人間がえさに群がった。捕らわれた人間は、まるで動物園の動物のような扱いを受けていた。その姿はまるで、檻の中の動物のようだ。捕らわれた人間は、どうしてこんなひどい扱いを受けなければならないのかと思った。同じ生きる物なのに、どうして? 捕らわれた人間は怒っていた。


 コンテナの中からは、様々な声が聞こえてきた。捕らわれた人間たちの声だ。彼らはとても怒っていた。寿司詰め状態でコンテナに積まれ、与えられる食事はまるで動物のえさのようだからだ。こんな生活はもう嫌だと思っていた。早く逃げ出したいと思っていた。だが、逃げ出すことができなかった。


「何だこの食事は」

「まるで家畜じゃないか?」

「もっとしっかりとしたのが食べたい!」

「俺たち、どこに連れて行かれるのかな?」

「わかんねぇ。こんなひどい食い物与えられているから、ろくじゃないところじゃね?」

「なんでこんな食事をしなければならないんだよ!」

「もっと普通の食事がしたい!」

「そんなの嫌だよ。早く普通の生活がしたいよ!」

「俺も同じだ」

「なんでこんなひどいことをやるんだ!」

「俺の女房、今頃どうしているかな?」

「大好きな妻のもとに帰りたい!」

「おじいちゃーん、助けて!」

「お母さん、助けて!」

「お父さん、どこにいるの?」

「こんなの食べられるか!」

「もっとまともな食事をくれ!」

「まるで動物の餌みたいだな」

「まるで俺たちは動物園の動物みたいだ」

「俺たちは動物園の動物じゃねぇ。人だ!」

「そうだ! 俺たちは人だぞ!」

「裁判で訴えてやる!」

「そうだ! 脱走して、訴えてやる!」

「でも、どうやってここから出るの?」

「どう考えても出れないじゃん!」

「あいつら、知っていてやってるのかな?」

「知っていてやっているに決まってるさ!」

「ひどすぎる! なんでこんなことをするの?」

「後でたっぷり仕返しをしてやる!」

「神様、我々をお助けください!」


 コンテナの中から様々な悲痛な叫びが聞こえた。だがその声は、誰にも聞こえなかった。このコンテナは、中の音を完全に遮断できるように作られたからだ。それに、彼らは人間の言うことを全く聞こうとしなかった。


「やかましい! 静かにしろ!」


 見張りは怒って、銃を撃って脅かした。人間は一気に静まり返った。ある人間は涙を流し、ある人間は震えた。


 人間たちは、どこに行くのか、全くわからなかった。窓がなく、たった1つの照明塔が人間たちを照らしていた。しかし人間たちは、海を渡っていると感じた。船の汽笛みたいな音が聞こえ、その後、モーターの音と波しぶきの音が聞こえるからだ。これからどこに連れられるのだろう。また元の生活を送れる日は来るのか? それまでに死んでしまうかもしれない。人間たちは不安になった。彼らは、これから過酷な重労働をされることを、全く知らなかった。生きて帰れないことを、全く知らなかった。




 夜も更けた。もう寝る時間になった。周りの人の中にはもう寝ている人もいる。カーフェリーは就寝の妨げにならないように部屋の明かりを暗くしていた。起きている人はカーペットの上で話をして、暇をつぶしていた。


「もう寝よう」


 マルコスはすでに寝入っていた。


「そうしましょ。おやすみ」


 サラは横になった。


 3人は、カーペットに横になり、夜を越した。必ず母と再会できることを祈りながら。




 その夜、サラは変な夢を見た。それは、洞窟のような岩がむき出しのところにある牢獄に閉じ込められている母が1人の男を目の前で見ている夢だ。サラは驚いた。どうして母が牢獄に閉じ込めらているんだろう。何も罪を犯していないはずだ。あんなにやさしい母がそんなことをするはずがない。サラは思った。


 マーロスはうずくまっていた。マーロスは、王神龍の命令で、1週間後、生贄に捧げられることが決まっている。明日、王神龍の生贄に捧げられるのが怖かった。死ぬのが怖かった。サラを残して死ぬわけにはいかない。もっといる時間が必要だ。一刻も早くここから脱出しなければ。でも、何もできない。何もできない自分を、マーロスは嘆いていた。だが、何も起こらない。奇跡は起こらない。


 突然、見張りがやってきた。


「面会だ」


 マーロスは驚いた。誰が面会に来たんだろう。自分に親しい人かな?サラかな?サラだったらいいな。母はそう願っていた。死ぬまでに、もう一度サラに会いたい。あって、いろんなことを伝えた。料理の作り方や、これからの人生に役立つ知恵を。そうしなければ、サラは社会人としてやっていけないに違いない。マーロスはそう感じていた。


 だが、訪ねてきたのは、親しい人でも、サラでもなかった。白い忍者のような服を着た男だった。母は起き上がって、鉄格子越しに、白い忍者のような服を着た男を見た。その男は、首にいくつものペンダントを付けていた。頭には金色の龍の飾りがあった。その飾りは、マーロスを誘拐した人々と同じ模様だった。左手には杖を持っていた。いかにも怪しげな、魔法使いのような男だった。


「久しぶりだな」


 白い服の男は、マーロスのことをよく知っているようだった。男は、えくぼをのぞかせた。男の笑顔はどこか不気味だった。


 マーロスはその声に反応して、驚いた。マーロスはその男を知っているようだ。


「お前は」


 マーロスは開いた口がふさがらなかった。以前あったことがあるからだ。その男は、かつていじめていたあの男だった。


「まさか」


 ボブは驚いた。


「そうだ。全て俺がやった。俺が理想の世界を作るためにした。その願いに犬神様が応えて、俺に力を与えた」

「待って! あなたがやったことなの?全部あなたがやったことなの?」

「ああ。憎しみが俺に大きな力を与えた。そして俺は神の力を手に入れた。それによって俺は世界創造する力を持つことができた。ありがたく思え! 理想の世界を作るのだから」


 マーロスは茫然としていた。




 サラは目が覚めた。だが目の前に母はいなかった。そこは船のカーペット席だった。マルコスやサムはすやすやと眠っている。しかしサラは汗をかき、息がとぎれとぎれだ。


 サラはここ最近、母の夢を見るばかりだった。全てないような違うものの、夢ではないみたいだった。場所が似ている。昨日の夢の続きのようだ。まるで現実に起こっていることを見せられているようだった。サラは再び眠りについた。




 昨日、変な煙を吸わされた少年は、放心状態のまま変な場所に連れて行かれた。そこには、巨大な龍の彫刻があった。その龍は、昨日の夢に出てきた王神龍のような白い体だった。そこでは、ある儀式が行われていた。


 祭壇の前には、犬神がいた。あるものを掲げ、それを見た人々は歓喜を上げていた。人々は、何かにとりつかれたかのように祈りを捧げていた。彼らの目は赤く光っていた。


 その後、あるものが宙に浮いた。ある程度宙に浮くと、巨大な白い龍の幻が現れた。その龍は彫刻の龍だった。巨大な白い龍はあるものに向かって炎を吐いた。あるものは炎で跡形もなくなった。その跡には光り輝く何かがあった。


 白い龍は光るものを飲み込んだ。人々は再び歓喜を上げた。少年はその場所で行われている儀式を見て、真似をしていた。祈りを捧げ、歓喜をあげた。少年も、まるで何かにとりつかれているような表情だった。少年の目も赤く光り、うつろな表情だった。


 その儀式が終わると、少年の目は元に戻った。少年の表情も元に戻った。そして、少年は笑みを浮かべた。少年は不思議な感覚になっていた。


 儀式を終え、少年は寝室に戻ってきた。寝室には、王神龍や犬神教祖をはじめとする神龍教の幹部の銅像が所狭しと置かれている。壁には王神龍や犬神の絵が並んでいる。最初は異様に思えて嫌っていたが、1晩で慣れた。そして、王神龍や犬神が少しずつ好きになり始めた。


 少年は疲れたのか、すぐにベッドに横になり、寝入った。




 その日の夜、少年はある夢を見た。それは、王神龍に抱かれる夢だった。王神龍に抱かれた少年の表情はとても嬉しそうだった。


「抱かれて気持ちいいか?」

「はい、とても気持ちいいです。」


 少年は自殺しようとしたことをすっかり忘れていた。信頼できる人や神様がいるから、自殺しなくていいと思っていた。


「今日いただいた魂、おいしかったぞ」


 王神龍は笑みを浮かべていた。また1人、神龍教の信者ができて嬉しかった。


「あ…、ありがとうございます」


 少年は戸惑っていた。少年は心地よさそうな表情だった。まるで母親に抱かれる赤ん坊のようだった。


「これからも祈りを捧げますか?」


 王神龍は笑みを浮かべた。とても優しそうな声だった。


「もちろんです。私は偉大なる創造神王神龍様に祈りを捧げると誓います。憎い人間を生贄に捧げる時、憎しみの数だけ人は強くなると強く感じました。その考えは、間違っていなかったと思います」


 少年は神龍教を信仰すると誓った。


「よろしい」


 王神龍は笑った。少年はとても心地よさそうだった。そして、少年は、白い龍のためにその儀式を行う決意をした。




 次の日の朝、少年の寝室に犬神がやってきた。分厚い辞書を右手に握っていた。


「犬神様」


 何かに気づき、少年は横を向いた。


「よく眠れたかな?」


 犬神は笑みを浮かべた。その表情は夢の中の王神龍に似ていた。


「はい」


 いい夢を見ながらぐっすりと眠れることができた。


「それはよかった」


 犬神は感心した。王神龍の力が確実に効いているからだ。


「昨夜、偉大なる創造神王神龍様に抱かれる夢を見ました。神龍教は素晴らしいと思います。昨日の儀式を見て、人は憎しみの数だけ強くなれると実感しました」


 少年は昨日の夢のことを嬉しそうに話した。そして、神龍教を信仰しようと決意た。


「よろしい。神龍教信仰の証として、この紋章を授けます。これを持っている限り、あなたは父なる創造神王神龍様の恩恵を受けることでしょう」


 犬神は王神龍の絵の入ったペンダントを与えた。少年は嬉しがっていた。これで神龍教の信者になれたと思っていた。少年は笑みを浮かべた。そして目を光らせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ