第3話 異変
林道を抜けると、田園地帯に入った。2人はようやくアインガーデビレッジに着いた。この村は豊かな自然に恵まれていて、中心部は川の渓谷沿いにある。
その他の集落は農村で、自然豊かな山村だ。中心部には土産物屋や食堂が軒を連ね、観光客がお土産を買い求める。川の源流付近には山があり、その山は人気のハイキングコースだ。週末になると登山客が多数訪れ、そのため、道路は多くの車が行き交う。特に、大型連休になると、渋滞があちこちで発生する。
またこの山には、忘れられた神殿があると言われている。そこには巨大な何かが潜んでいるという噂があった。だが、その神殿を見た人はいないという。そこに行ったら二度と帰ってくることができないと言われている。地元の人も、その神殿を知る人は少なかった。ある人は、神隠しだと言い、ある人は、聖域だという。
だが今日のアインガーデビレッジは何かがおかしかった。見張りの人があちこちにいる。見張りの人は辺りを見渡し、何かを探しているようだ。みんな魔族で、ワイバーンという、サソリのような尻尾を持ち、ドラゴンよりも大きな翼をもつ、前足のないドラゴンに変身していた。わずかな人影がいても、それは見張りの人らしい。見張りの人は民家に入り、何かを探していた。事件が起こったのか? 死体が発見されたのか? マルコスは思った。
「あの人たち、誰だろう」
サラは首をかしげた。
「わかんない」
マルコスも首をかしげた。
「あのワイバーン、何をしているんだろう?」
サラはワイバーンを指さした。
「さぁ」
マルコスは首をかしげた。
サラは辺りを見渡した。週末はにぎやかなはずの村の中心部の人影がまばらだ。いつもだったら多くの観光客が土産物屋に集まり、お土産を買いに来る。食堂には行列ができる。それにもかかわらず今日は土産物屋に人がいない。食堂に誰も並んでいない。誰も食堂で食べていない。
「誰もいない。どうしちゃったんだろう?」
サラは嫌な予感がした。先日、母が行方不明になったからだ。
「まさか、連れ去られた?」
「そうかもしれない」
「ここにも悪の手が伸びているに違いない」
マルコスは拳を握り締めた。
「待って! そうとは限らないわ」
サラはマルコスの手を握った。
突然、見張りと思われる3匹のワイバーンがやってきた。サラはびくっとした。連れ去られるかもしれないと思った。
「ちょっとちょっと、君たち、一つ聞きたいことがあるんだけど」
見張りのワイバーンが問いかけた。
2人は驚いた。何が起こったんだろうと思った。そのワイバーンは目つきがまるで今さっき襲い掛かってきた魔獣のようだったが、口調は優しそうだった。サラは安心した。連れ去られる不安がなくなったからだ。
「どなたですか? 何、どうしたの?」
サラは首をかしげた。
見張りのワイバーンの横にいたもう1匹のワイバーンは言った。そのワイバーンはとても怖い声だった。
「我々は魔界統一同盟だ。君たち、人間か? 魔族だったら、魔獣の変身してみろ。さもないと、重労働させるぞ」
2人は驚いた。どうして魔獣に変身しなければならないのか? この村で何があったのか? 理由もわからぬまま、仕方なく、2人は魔獣に変身した。ワイバーンは2人が魔族であると確認した。
変身するのを見たワイバーンは言った。急に優しそうな声になっていた。
「よし、魔族だな。自由に行動してもいいぞ。なんで固くなってんだよ。おじさんは何にも悪い人じゃないよ。そんなに硬くならないで。笑ってよ」
ワイバーンは立ち去って、民家に入り、何かを探し始めた。2人はワイバーンに続いて民家に入っていく。サラは、どうして変身しなければならないのか、ワイバーンに聞きたかった。
2人は民家に入った。その中には何人かのワイバーンがいる。どのワイバーンも、何かを探しているようだ。部屋の中に入り、ベッドや机、椅子の下を調べ、冷蔵庫のドアを開けている。
マルコスは、冷蔵庫の中身を確認していたワイバーンに聞いた。
「どうして変身しなければならないんですか?」
「人間と魔族を区別するためだ」
「どうして人間と魔族を区別するの?」
するとワイバーンは、その理由を話した。
「君たち、わからないのか? これは神の生まれ変わりにして、父なる創造神王神龍様の命令だ。父なる創造神王神龍様は、この世界に平和をもたらすための存在として、神に召されたお方だ。この世界の平和のために、人間を1人残らず捕虜しなければならない」
「それじゃあ、今さっき家に入って探していたのは、人間ですか?」
「ああ、確かに人間を探しているんだ。捕虜して、更生させるんだ」
「なんでそんなことをするの? 人間は優しいわ」
サラはワイバーンの答えに対し、強い口調で反論した。
するとワイバーンは表情を変え、強い口調で言った。その顔は、怒りに満ちているようだ。
「そんなことはない。人間はこの世界を破壊する存在。この美しい世界を守るためには、人間を捕虜し、更生しなければならない」
「そんなひどいことをしないで! かわいそう! 捕虜するほどではないわ! ちゃんと指導すれば、更生するはず! だから、捕虜なんてしないで!」
サラは再び反論した。人間を魔族が共存する世界が理想だ。ほとんどの魔族も、人間もどう考えているだろう。サラは彼らに訴えたかった。
突然、その近くにいた見張りのワイバーンが近寄ってきた。そのワイバーンは恐ろしい形相をしていた。サラは、また戦わなければならないと思った。
「お前ら、神龍教の思想に反発するのか? ならば、殺してやる!」
3匹のワイバーンが襲い掛かってきた。すると、一緒にいたワイバーンも襲い掛かってきた。
「やっぱり襲い掛かってきたか」
襲い掛かってくるワイバーンを見て、マルコスは拳を握り締めた。
「やってやろうじゃないの」
やる気満々に、サラは言った。2人は魔獣に変身して、攻撃を開始した。
「食らえ!」
マルコスは鋭い爪でひっかいた。ワイバーンはひっかかれた左腕を押さえた。
「覚悟しなさい!」
サラは炎を吐いた。ワイバーンは倒れた。
ワイバーンは尻尾の先の毒針を刺してきた。
「いてっ・・・」
マルコスは傷口を押さえた。マルコスは毒に侵された。毒を食らうと、時間が経つにつれて、体力が落ち、放っておくと死に至る。
「マルコス、この毒消し草を使って」
サラはあらかじめ買っていた毒消し草を使い、マルコスの体の中の毒を消した。
「ありがとう」
マルコスは鋭い爪でひっかいた。だが、びくともしなかった。ワイバーンは今までの敵と比べて耐久力があり、なかなか倒れたなかった。
「覚悟しなさい!」
サラは炎を吐いた。ワイバーンの体に火は付かなかったものの、ワイバーンはかなり痛がっていた。その時サラは、これなら勝てるかもしれないと思った。
「神龍教の素晴らしさを教えてやる!」
ワイバーンはサラに向かって炎を吐いた。だがサラはあまりダメージを受けなかった。サラのようなドラゴン族は火に強かったからだ。
「食らえ!」
マルコスは鋭い爪でひっかいた。1匹のワイバーンが悲鳴を上げ、倒れた。
「この野郎!」
サラは炎を吐いた。ワイバーンは熱がった。
「殺してやる!」
マルコスは鋭い爪でひっかいた。
ワイバーンは鋭い爪でサラに噛みついた。サラは少し痛がった。
「許さないわ!」
そう言って、サラは炎を吐いて反撃した。ワイバーンの体に火が点いた。体に火が点いたことに気づき、ワイバーンは慌てた。
「とどめだ!」
マルコスは鋭い爪でひっかいた。最後の1匹が倒れた。
2人は何とか倒すことができた。サラは肩を落とした。
「ふぅ、助かった。あの魔獣たち、何者? 人間を捕まえるなんて、私、かわいそうだと思う。なんでそんなことをするの? そんなことして、平和のために役立つの? やっぱり、人間と魔族が仲良く暮らす世界が平和だと感じるわ」
「僕もそう思う」
サラの言葉に、マルコスも同感だった。
サラは思った。ひょっとして、今さっき襲ってきた魔獣は、彼らの味方なのか? 魔界統一同盟は、どうしてできたのか? 彼らが崇めている、神龍教とは? 神の生まれ変わり、王神龍とは、いったい何者なのか? 王神龍は、この世界に何をもたらすのか? 良いことか? それとも悪いことか? これから世界はどうなるのだろう。捕まった人間はどうなってしまうのだろう。劣悪な環境の中で強制労働させられるのでは? サラは少しずつ世界の異変を感じ始めた。そして、人間の未来について考えた。
だが突然、近くにいたワイバーンが次々と襲い掛かってきた。ワイバーンはとても怖い顔をしていた。これほど多くのワイバーンが襲い掛かってくると思っていなかった。
サラは少し焦っていた。これほど多くのワイバーンが襲い掛かってくると思ってなかったからだ。
「ああ大変」
次々とワイバーンが襲い掛かってくるのを見てサラは焦っていた。
「さぁ、戦おう!」
マルコスはやる気満々だった。
「えいっ!」
サラは炎を吐いた。ワイバーンの体に火が点いた。
「これでも食らえ!」
マルコスは鋭い爪でひっかいた。
「うっ・・・」
ワイバーンはマルコスに噛みついた。マルコスは痛がった。
「覚悟しなさい!」
サラは再び炎を吐いた。ワイバーンが倒れた。
「この野郎!」
マルコスは炎を帯びた爪でひっかいた。
ワイバーンはさらに毒針を突き刺した。
「いてっ・・・」
サラは痛がった。だがサラは毒を食らわなかった。ドラゴン族は魔獣の姿だと毒が全く効かなかった。
「食らえ!」
サラは鋭い爪でひっかいた。
「許さねぇ!」
マルコスはワイバーンを殴った。ワイバーンが倒れた。
ワイバーンはサラに噛みついた。
「いてっ・・・」
サラは悲鳴を上げた。
「人間を返せ!」
マルコスは炎を帯びた爪でひっかいた。
「とどめだ!」
サラは激しい炎を吐いた。サラの強烈な炎を食らったワイバーンは倒れた。
サラやマルコスは少しずつ先頭に慣れてきて、前よりも簡単にワイバーンを倒すことができた。毒針を指す攻撃にも慣れてきて、毒に侵されることも最初と比べて少なくなってきた。2人は少しずつ自信をつけてきた。
ところが、再びワイバーンが襲い掛かってきた。戦っていたワイバーンが助けを求め、それを聞きつけた仲間がやってきたからだ。
「どうしよう」
サラは悩んでいた。再びワイバーンが襲い掛かってきたからだ。
「仕方がない、全員片付けて、王神龍に会いに行こうぜ! そして、王神龍をやっつけようぜ!」
マルコスは強気だった。彼らを連れ去るように命令した王神龍が許せなかった。
「覚悟しなさい!」
サラは叫んだ。2人は鋭い爪でひっかいた。強力な魔法で攻撃しなかったのは、彼らの親分が襲い掛かってきた時のことを考えて、魔力を節約するためだ。
「終わりだ。」
ワイバーンは魔王でサラの足元に火柱を起こした。サラは驚いた。だが、火に強いドラゴン族のサラはあまり痛がらなかった。
「これでも食らえ!」
マルコスは炎を帯びた爪でひっかいた。
「くそっ・・・」
ワイバーンは倒れた。
「とどめだ!」
サラは鋭い爪でひっかいた。もう1匹のワイバーンが倒れた。
2人は周りのワイバーンを全て倒した。2人が倒すと、中から人間と思われる子供たちが出てきた。どうやら魔界統一同盟の難を逃れた子供たちのようだ。子供の中には、自分以外の家族を連れ去られて、泣いている人もいる。
「大丈夫?」
サラは子供たちに聞いた。
「うん、僕は大丈夫」
サラは頭を撫でた。だが、その子供の手は震えていた。襲い掛かってきた魔界統一同盟の幹部を怖がっているのだろう。
「こわいよー!」
子供たちの中には泣いている人もいた。よほど彼らが怖かったに違いない。
「何があったの?」
泣いている子供の肩を叩きながら、サラは聞いた。
「パパが悪い怪獣に連れていかれちゃったよー!」
一緒にいた子供が、泣きながら言った。この子の手も震えていた。その子供も家族を彼らにさらわれた。その子供も彼らを怖がっていた。
「怪獣のお兄さん、こわーい!」
どうやら、彼らの家族はワイバーンたちに連れ去られたようだ。その姿を見てサラは思った。この子のために、何としても家族を助けなければ。王神龍を倒さなければ。さもなければ、彼らが悪い奴らに殺されてしまう。人間と魔族が共存する世界を維持するために、彼らを止めなければ。
突然、サラの頭上から黒いドラゴンが襲い掛かってきた。そのドラゴンは羽がボロボロで、まるでゾンビのようだ。死体を引き裂くと言われる黒いドラゴン、ニーズヘッグだ。そのニーズヘッグはワイバーンと同じペンダントを首からぶら下げていた。そのニーズヘッグはどうやら彼らの親分のようだ。彼はすごい形相だった。まるで何かに操られているようだった。
「あれ、何?」
「また怖いお兄さんがやってきた」
男の子はまた震えあがった。男の子は家に逃げ込んだ。
「こわいよー・・・」
「今度は誰だ?」
マルコスは舞い降りてくるニーズヘッグを見ていた。
「もしかして、ワイバーンたちの親分?」
サラは首をかしげた。
「そうかもしれない」
子供たちは再び家の中に避難した。今度こそ連れ去られると思ったからだ。
「お前、俺の部下を殺したな。俺が仇を討ってやる! お前ら、八つ裂きにしてやる! 覚悟しろ!」
ニーズヘッグはサラをにらみつけ、襲い掛かってきた。
「村をめちゃくちゃにしやがって。許さん!」
マルコスは炎を帯びた拳で殴りかかった。しかしニーズヘッグはびくともしなかった。
「人間を返せ!」
サラは炎を吐いた。ニーズヘッグはやや強いダメージを受けたが、やはりびくともしなかった。
「覚悟せよ!」
ニーズヘッグが襲い掛かってきた。
「俺の魔力を思い知れ!」
ニーズヘッグは魔法を使ってきた。マルコスが火柱に包まれた。マルコスは大きなダメージを受けた。
「うっ・・・」
マルコスは傷口を押さえた。ニーズヘッグはワイバーンよりも体力があり、いかにもボスのようだった。ニーズヘッグは、鋭いまなざしでサラを見つめていた。いかにも襲い掛かってきそうな様子だった。
「食らえ!」
サラは炎を吐いた。それでもニーズヘッグはびくともしなかった。どれほど体力があるのだろう。それとも、全く聞かないのか? サラは思った。
「俺の強さを思い知れ!」
そう言って、ニーズヘッグは強力な毒の爪でサラをひっかいた。そのひっかき攻撃はマルコスよりも強かった。
「うっ・・・」
サラは大きなダメージを受け、毒に侵された。サラは傷口を押さえた。
「癒しの力を!」
すぐにサラは魔法で体の中の毒を消した。
「世界平和のために、人間を捕まえるなんて、ひどい! しっかりと教え直せば、賢くなるんじゃないの?」
サラは傷口を押さえていた。
「そんなの、許さないぞ!」
マルコスは鋭い爪でひっかいた。
「食らえ!」
サラは炎を吐いた。だが、ニーズヘッグは痛がらなかった。
「ちっともひどくない。そんなことをやっても、効果はない。心正しき人ばかりの、素晴らしい世界になるのだぞ」
ニーズヘッグは笑顔をのぞかせながら言った。ニーズヘッグは毒を帯びた爪でマルコスをひっかいた。ワイバーンの毒の尻尾で刺されるよりも痛かった。マルコスは毒に侵された。マルコスは傷口を押さえた。
「癒しの力を!」
サラは魔法でマルコスの体の中の毒を消した。
「そんなの素晴らしい世界ではないわ! みんなが共存する世界が一番素晴らしいと思うわ。あなたの考え、間違ってるわ!」
「そうだぞ!」
マルコスは炎をまとった爪でひっかいた。
「そんなことはない!」
ニーズヘッグはサラをひっかいた。しかしサラは毒に侵されなかった。
「目を覚ませ! そんなの、素晴らしい世界ではない。つまらない世界だ! 生きる人は、個性があるから面白い。お前は間違っている」
マルコスは反論した。マルコスは鋭い爪でひっかいた。しかしニーズヘッグは痛がらなかった。だが、確実にダメージを与えていた。
「私もそう思うわ」
サラは炎を吐いた。
「それはどうかな?」
ニーズヘッグはサラを鋭い爪でひっかいた。だが、サラは毒に侵されなかった。毒の量がそんなに多くなかったからだ。
「これでも食らえ!」
サラは炎を吐いた。しかしニーズヘッグはびくともしなかった。しかしニーズヘッグの傷口が広がっていた。確実にダメージを与えている。このまま攻撃すれば、必ず勝てるはずだ。サラは徐々に勝てると思い始めてきた。
「許さないぞ!」
マルコスは鋭い爪でひっかいた。
「悪魔の炎の力を思い知れ!」
ニーズヘッグは黒い炎を吐いた。体に炎が移りやすい悪魔の炎だ。この攻撃は、体に火が点きやすいうえにダメージが大きい。2人はこれまでで最も強いダメージを受けた。その炎を受けて、マルコスの体に火が点いた。マルコスは慌てて、火を消そうとした。だが、火は消えなかった。
2人はニーズヘッグの攻撃に苦戦を強いられた。
「食らえ!」
サラは激しい炎を吐いた。ニーズヘッグの体に火をつけることができなかったが、大きなダメージを与えることができた。
「とどめだ!」
マルコスは何度も鋭い爪でひっかいた。ニーズヘッグは大きなうめき声を上げ、地面に倒れた。2人は何とかニーズヘッグを倒すことができた。ニーズヘッグは驚いた。相手があまりにも強かったからだ。
死ぬ間際、ニーズヘッグは言った。
「おのれ、よくもやったな。だが、心配はいらぬ。ほかの仲間が、父なる創造神王神龍様の思いを受け継ぐはず。そして、われらの理想の世界が創造されるだろう」
ニーズヘッグは目を閉じ、息絶えた。
それを偶然見ていたワイバーンたちは驚いた。
「あいつら、強い。今すぐ犬神様に報告だ」
「ひとまずここは退散するぞ!」
ワイバーンたちは大急ぎで逃げた。
「ふぅ、助かった。あの人たち、何者?魔界統一同盟って、何? 父なる創造神王神龍様の思いを受け継ぐ? ますます王神龍ってやつが気になるわね。我らの世界が創造さっる? 人間を捕虜するなんて、ひどい! かわいそう! 何としても彼らを止めないと、人間がかわいそう。それに、我々の世界って、何? なんだか、怖い」
サラはため息をついた。今さっきのニーズヘッグとの戦いで疲れていた。
「僕もそう思う。早く止めないと」
サラは決意した。このまま放っておくと、人間が滅びてしまう。人間と魔族の共存が続くように、一刻も早く王神龍を倒して、人間の滅亡を阻止しよう。
「それにしても、犬神様って、誰?」
マルコスは思った。
「さぁ? 初めて聞いた」
家に隠れていた人間が出てきた。人間は辺りを見渡した。また彼らが出てくると思った。
丸坊主の少年が言った。彼らの両親と祖母は、ワイバーンに連れ去られた。
「もう大丈夫かな?」
「もう大丈夫みたいだ」
「また、あいつらが来ないかな?」
「どうして僕だけ残したのかな?」
「お父さんが連れていかれちゃったよー」
「大丈夫? きっとお父さんは元気にしてるよ。心配しないで」
「あのワイバーンは、人間を捕まえて何をしようというのかね」
「どうして魔族は襲われないのかな?」
「人間は何も悪くないのに、どうして?」
「お母さん、どこに行ったの?」
それを見て、サラは行方不明になった母のことを思い出した。
「この村の奥には、誰も知らない何かがある。だが、そこに行った人はいない。そこに行ったら、生きて帰れない」
サラは空を見た。気が付くと、もう夕方だった。サラは夕焼け空を見上げた。
「もう夕方だわ。おうちに帰らなくちゃ」
「うん、帰ろう」
2人はアインガーデビレッジを後にして、ハズタウンに帰ることにした。
帰り道の途中、サラは今日のことが気になっていた。魔界統一同盟のことだ。
「ねぇ、魔界統一同盟のこと、どう思う? 私、そんなの悪い奴らにしか見えないの。人間を強制労働させて、そんな悪いことしなくてもいいと思うの。マルコスはどう思う?」
「僕もそう思うな。そんなことしなっくても人間は良くなれると思う。いくらなんでもめちゃくちゃだと思う」
2人は雑木林を歩いていた。2人は不安だった。襲い掛かってきた時みたいに、とても静かだからだ。
「また出てこないか心配だわ」
「何度来てもこの拳でやってやろうじゃないか」
心配そうなサラに対して、マルコスはやる気満々だった。また出てきたらやってやろうと思っていた。
突然、再び魔獣が襲い掛かってきた。
「くそっ、また出た」
マルコスは驚いた。
「しつこいわね」
サラは不敵な表情だった。
「何度でも相手してやるぞ!」
マルコスは腕をまくり上げた。
「えいっ!」
サラは鋭い爪でひっかいた。ひっかかれた敵は倒れた。サラは以前戦った時より強くなっていた。
「この野郎!」
マルコスは鋭い爪でひっかいた。敵は痛がった。
「覚悟しなさい!」
サラは炎を吐いた。もう1匹の敵が倒れた。2人は敵をすべてやっつけた。
「はぁ…、また襲い掛かってきたわね」
サラはため息をついた。
「懲りない奴らだな」
マルコスはあきれていた。
「早く何とかしないと」
サラは連れ去られた人間が心配だった。
「うん」
サラは空を見た。もう夕方だ。不審者に誘拐されないうちに早く帰らなければ。
「さぁ、早く帰りましょ」
突然、アインガーデビレッジにいたのと同じワイバーンが襲い掛かってきた。2人は先制攻撃を受けた。
ワイバーンはマルコスに毒針を突き刺した。
「うっ… また毒針を刺された」
ワイバーンは相変わらず尻尾の毒針で攻撃してきた。ここでも体に毒が回った。
「ガオー!」
もう1匹のワイバーンも尻尾の毒針で攻撃してきた。しかしさらには聞かなかった。
「癒しの力を!」
サラは魔法ですぐに毒を消した。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう」
マルコスは笑顔を見せた。
「許さねぇ!」
マルコスは鋭い爪でひっかいた。右腕をひっかかれたワイバーンは右腕を押さえた。
「しつこいわね!」
サラは炎を吐いた。1匹のワイバーンが倒れた。
「いい加減にしろ!」
マルコスは炎を帯びた拳でアッパーを与えた。ワイバーンは強いダメージを受けた。
「これでそうだ!」
サラは鋭い爪でひっかいた。ワイバーンにはあまり効かなかった。
「ガオー!」
ワイバーンはマルコスに向かって炎を吐いた。マルコスは大きなダメージを受けた。
「とどめだ!」
それにもめけず、マルコスは鋭い爪でひっかいた。もう1匹のワイバーンも倒れた。2人はようやく敵を倒した。
「あいつらも手下かな?」
サラは息を切らしていた。戦闘で疲れていた。
「たぶんそうだろう」
マルコスも息を切らしていた。マルコスも戦闘で疲れていた。
2人はハズタウンに戻ってきた。既に日が暮れていた。公園は静かだ。遊んでいた子供たちは既に家に帰っていた。
ハズタウンを見て、2人は驚いた。魔界統一同盟に占拠されていたからだ。だが、今さっきアインガーデビレッジで見た魔界統一同盟の人々と違っていた。どうやら別の部隊のようだ。魔界統一同盟は、2人はアインガーデビレッジに行っている間に、別の部隊がやってきて、人間を根こそぎさらっていった。彼らは、アインガーデビレッジにいた部隊同様、家を根こそぎ調べ、人間がいないかどうか探していた。
「マルコス、大変。もうこの町にも魔界統一同盟の手が。ニーズヘッグの率いている部隊とまた別の部隊かな?」
サラは驚いていた。
「まさかこんなに早くやってくるとは。とりあえず、変なことされたくないから、ここからは魔獣に変身して家に帰ろうぜ。そういえば、お父さんは大丈夫かな? お父さん、人間だから、捕まえられないか心配だな」
サラとマルコスは魔獣に変身して、家まで移動した。人間の姿をしていると、魔界統一同盟の人に怪しまれるからだ。
サラは家に帰ってきた。ドラゴンの姿だったため、全く怪しまれなかった。サラは大広間の明かりをつけた。だが、そこにいるはずの母の姿はいない。いつもだったら、いるはずの母。しかし今日もいない。普通だったら、サラは落ち込むが、落ち込まなかった。必ず母を見つけ出すと決心したからだ。
この日の夕食は、近くのコンビニで買ってきたお弁当だ。サラは、母が残業でいない時しかこれを食べなかった。コンビニの弁当を食べるたびに、サラは母のいない寂しさを感じていた。母が作ってくれる料理はどれもおいしい。その料理には、おいしさだけでなく、愛情もある。愛情があるから、母の料理はおいしい。しかしお母さんはいない。サラは静かに弁当を完食した。
夕食を食べ終わると、サラは2階に上がっていった。1階には誰もいなかったので、サラは1階の電気をすべて消した。と、サラは寂しそうに振り返った。その時、サラは母のいない生活の寂しさを改めて感じた。本来だったら、下に母がいて、明かりがついたままだからだ。サラは肩を落とし、下を向いた。
サラは2階の部屋にやってきた。サラはベッドに横になり、丸くなった。今日1日、いろんな敵と戦って、疲れていた。
風呂に入るため、サラは1階に下りてきた。サラは風呂を沸かしたことが何回かあった。母が遅番で、なかなか家に帰らない時に風呂を沸かしていた。そのため、サラは風呂の沸かし方をよく覚えていた。
風呂から出てきて、2階の部屋に戻ってきたサラはうつぶせになってテレビを見ていた。戦っていない時のサラは、とてもかわいらしい表情をしていた。尻尾を先を小刻みに振っていた。目が大きく、まるでぬいぐるみのようだ。強烈な炎を吹く凶暴なドラゴンとは思えない。
サラはテレビを見ることにした。ドラゴンの姿のサラは尻尾でリモコンをつかみ、その先でボタンを操作した。テレビでは、ニュースやバラエティ番組がないか探した。ニュースでは、家族連れが旅行に向かう様子がやっていた。サラは、自分が母と旅行に行けないことを残念がった。サラはまた母のことを考えた。サラはチャンネルを変えた。バラエティ番組では、人気の芸人が体を張ってめちゃくちゃなことをするシーンがやっている。サラはその番組を食い入るように見て、笑っていた。母がいない寂しさを、笑って紛らわそうとした。
そのバラエティ番組が終わった。見ているときは忘れることができたのに、終わると、また母のことを思い出してしまった。結局サラは、母のいない寂しさを紛らわすことができなかった。サラは再びチャンネルを変えた。だが、どのテレビ番組も面白くない。とても子供が見るようなものではない番組や、ニュース番組ばかりだ。つまらないと感じたサラは、テレビを消して、部屋の明かりを消して、寝ることにした。サラはベッドの上に丸まった。ドラゴンとして寝るときは、丸まって寝るのが普通だった。今日は、いろんな魔獣に襲われて、彼らと戦って、とても疲れていた。
とても静かな夜だった。母がいないだけで、夜がこんなに違う。サラは、母のいない寂しさを改めて知った。サラは目を閉じた。その寝顔はとてもかわいらしかった。
その時、マルコスがやってきた。風呂に入った直後なのか、髪が濡れ、汗びっしょりだ。サラは驚いた。今頃マルコスは家に帰ってくつろいでいるはずだと思った。その時、サラはマルコスの身にも何かがあったに違いないと思った。
「マルコス、どうしたの?」
「今日は一緒に寝よう」
マルコスの声はとぎれとぎれだった。マルコスは走りつかれてしゃがんだ。サラは心配そうにマルコスを見ていた。
「マルコス、どうしたの? お父さんと一緒に寝ないの? まさか、連れ去られたの?」
「うん」
うつむきながら、マルコスは何があったのか話した。
サラは驚いた。アインガーデビレッジの人間同様、マルコスの父も連れ去られたからだ。ここにも確実に魔界統一同盟の魔の手が迫ってきているのを感じた。
「やっぱり。大丈夫だった?」
サラはハズタウンに住む人間が心配だった。アインガーデビレッジの人間に続いて、マルコスの父も。だとすると、ハズタウンに住んでいる人間はみんな連れ去られたかもしれない。
「大丈夫だよ。僕がこれで落ち込むわけないよ。それよりサラのことが心配だよ」
サラはほっとした。
サラはマルコスと一緒に寝ることにした。サラもマルコスも母以外と一緒に寝たことがなかった。誘われたことも、自分から誘ったこともなかった。サラはその時、マルコスの愛情を感じた。母がいなくなって落ち込んでいるサラを必死で励まそうとしている。そして、私の元気な笑顔が見たいというマルコスの思いを強く感じた。
「よかった」
サラは笑顔を見せた。すっかり立ち直ったマルコスを見て安心したからだ。
「それより、サラ、母がいなくても大丈夫?」
マルコスは心配そうに聞いた。
「まだまだ大丈夫じゃないけど、前よりかはよくなった。今日、アインガーデビレッジに行ってきて、いい気分転換になったわ。ありがとう」
「どういたしまして」
マルコスは笑顔を見せた。サラは目を閉じた。
それを見て、マルコスは1階に下りた。1階で深夜番組を見ようと思ったからだ。リビングは真っ暗だ。マルコスはテレビをつけ、深夜番組を見始めた。この時間帯は子供が見るような内容ではない番組ばかりだったが、マルコスは好んでそれを見ていた。
「ぐっすり寝たいから、テレビをつけないで。ごめんね」
突然、サラは2階から降りてきた。深夜番組の音が気になったからだ。
「うん」
マルコスはテレビの電源を消した。
サラは目を閉じ、眠った。サラは、母と一緒にいる夢を見ていた。とても幸せそうな顔をしていた。
その時、2人はサラの部屋にゴースト族の少年がいることに気が付いていなかった。その少年は、透明になってサラの寝顔を見ている。1階にいたマルコスもそのことに気づかなかった。
その夜、アインガーデビレッジでは、魔界統一同盟が残っていた人間1人残らず捕まえていた。魔界統一同盟は村の人間が寝ているところを襲った。寝ていた人間たちは、突然のことに驚き、戸惑った。彼らは悲鳴を上げた。しかしその声は、誰にも聞こえないように見えた。殺されると思って怖がっていた。その間に彼らは捕まり、村の入り口に停まっていたコンテナに乗せられた。コンテナの中には、今日捕まえたアインガーデビレッジの人間たちが収容されていた。
「全員載せたか?」
コンテナを積んだトレーラーの運転手が運転室から顔を出した。そのトレーラーの運転手も、魔界統一同盟の幹部だ。
「はい、載せました。」
「よし、行こう」
捕まえていた男は助手席の扉を閉めた。
扉を閉めるとすぐに、トレーラーはアインガーデビレッジを出発した。コンテナはトレーラーに引かれてサイレスシティにある魔界統一同盟の秘密基地に送られる。そのコンテナは秘密基地に停まっている貨物列車に積み替えられる。そのコンテナを乗せた貨物列車は翌日、サイレスシティの港に運ばれる。そこで貨物船に積み替えられ、海の向こうに運ばれる。彼らはその海の向こうの険しい集落で強制労働させられる予定だ。その労働はとても厳しく、過労死することも少なくない。だが、彼らはそんなことを気にせずに、厳しい労働をさせていた。過酷な労働をさせるのには、ある理由があった。だが、その理由は、魔界統一同盟や神龍教の上層部しか知らなかった。
人間の入ったコンテナを積んだトレーラーがサイレスシティの秘密基地にやってきた。そこは廃墟と化した工場のようなところで、幽霊が今にも出てきそうな雰囲気だ。彼らは、海の向こうのアフールビレッジまで運ばれる予定だ。
トレーラーが倉庫のような建物に入った。その倉庫には線路が敷かれていて、車も列車も入ることができる。倉庫の中にはコンテナ車が留置されている。そのコンテナにも捕まった人間が乗せられている。トレーラーが入るとすぐに、入口のシャッターが閉められた。何をしているのか見られたくないからだ。その中には何人かの幹部がいて、フォークリフトを使ってコンテナ車にコンテナを載せていた。
アインガーデビレッジからやってきたコンテナは、コンテナ車に積まれた。コンテナ車の先頭には1台の電気機関車が連結されていた。その電気機関車には金色の龍の模様が描かれていた。その龍はマーロスを連れ去った男のペンダントの龍とよく似ていた。
明け方、コンテナを積んだ貨物列車は港に向かって走り出した。運転しているのは、魔界統一同盟の幹部だった。団体の秘密を守るためだった。
その頃、マーロスは牢獄の中で泣いていた。サラのことが心配だった。何もできない自分が情けなかった。サラは今、元気にしているだろうか? しっかりと家事をこなしているだろうか? まだ小さいので、できるかどうか不安だ。でも、牢獄の中で、何もできない。サラの近くにいられない。マーロスは、サラの力になれない自分を情けなく感じた。
マーロスは、白いワンボックスカーに乗せられた。その中でマーロスは、車の中の男が持っていたガムテープで、ミイラのようにぐるぐる巻きにされた。さらにその後、何者かに催眠術をかけられた。そして、連れ去られた時の記憶を消されていた。そのため、どこに向かってのかわからない。どうしてここにいるのかわからない。ここがどこなのかわからない。ただ覚えているのは、連れ去られる前に、バス停を降りて、ハズタウンに向かったことだけだった。
マーロスの前を、見張りと思われる男が通りかかった。その男は坊主頭で、とても大きな体をしていた。その男も、金色の龍のペンダントを付けていた。マーロスは、その男がだれなのか、全くわからなかった。連れ去られた時の記憶を消されたからだ。
「ここに閉じ込めて、どうなるの?」
「教えてやろう。お前は偉大なる創造神王神龍様の神の炎を浴び、偉大なる創造神王神龍様の生贄となる。そして、偉大なる創造神王神龍様が新たなエデンを築くためのお力となる。素晴らしいことだろ?」
見張りは笑みを浮かべた。見張りは、マーロスが王神龍の生贄になるのを楽しみにしていた。
「そんなひどいこと、許さない! そのために人を殺すなんて、許せない! 訴えてやる!」
マーロスは怒った。
「お前が生贄に捧げられるのには意味がある。お前はかつて愚かなことを犯した。お前はかつて、ロンという男を苦しめた。だからお前は愚かな人間だ。偉大なる創造神王神龍様はそのような魂を力としている。よって、お前のような愚か者は消え去り、偉大なる創造神王神龍様のお力になるのがふさわしいのだ。」
マーロスは驚いた。自分が過去にやったことを知っているからだ。どうしてこの人は知っているんだろう。マーロスは首をかしげた。
「どうしてそれを知っているの?」
「本人が言った」
マーロスは驚いた。あの弱気なロンが告白するのが信じられなかった。どうしてこんな正確になったのか?マーロスは疑問を抱いた。
「ロンを苦しめただけで、生贄になるの?」
「ああ、そうだ。」
見張りは少し笑みを浮かべていた。生贄にされるのが嬉しいようだった。
「あの時のことは許して! 私、そのせいで、高校の進学が危うくなった。ロンをいじめていたほかの人も進学が危うくなり、内定が取り消されたこともある。だから私、高校の頃、人権サークルに入って、それを償おうとした。その努力を認めて!」
マーロスは今までしてきたことを涙ながらに告白した。
だが、見張りはその思いを受け止めなかった。見張りは後ろを向き、強い口調で言った。
「もう遅い! お前のしたことは一生償えないことだ。偉大なる創造神王神龍様の生贄となり、お力になることしか、償う方法がない」
見張りは再び笑みを浮かべた。見張りは、その女を偉大なる創造神王神龍様の生贄に捧げることが嬉しかった。それによって、偉大なる創造神王神龍様からありがたい恩恵を受けるからだ。
見張りは笑い声を上げながら、去っていった。マーロスは見張りをにらみつけていた。その男を殺したかった。だが、檻に閉じ込められ、何もできなかった。
マーロスはサラのことを思い浮かべた。サラが心配だった。まだ子供のサラはこの先1人で生きていけるか心配だった。昨夜はそのことで眠れそうにないと思った。
その時、別の見張りがやってきた。見張りは誰かをつかんでいる。その男は騒いでいる。誰だろう。マーロスは思った。
マーロスの入っている檻の出入り口の鍵が開けられ、1人の男が投げ入れられた。男は気力失ったような表情だ。
「そこの檻に入っていろ、この愚か者!」
牢屋に放り込むと、見張りはすぐにカギをかけて、去っていった。その金髪の男は、ぼろぼろの黒いTシャツを着ている。ひどい暴行を受けたのか、体中が傷だらけだ。ボブだ。その男は中学校の頃の同級生で、一緒にロンをいじめていたボブだ。まさかここで再会するとは。マーロスは驚いた。
「ボブ! ボブ!」
ボブはマーロスに気づき、近寄った。
「マーロス、マーロスじゃないか! いなくなったと思ったら、こんなところにいたのか」
マーロスとボブは抱きついた。こんな場所ではあるが、久々の再会が嬉しかった。
「私、捕まったの。あなたも捕まった?」
「うん、捕まった。旅行中、神の命令だと言われて、奴らにつかまって、ワンボックスカーに無理矢理乗せられた」
ボブは息を切らしていた。ボブはエムロックタウンを旅行中に捕まった。
「私もそんな感じだった」
マーロスは自分に何があったのかはっきりと話した。
「俺、思うんだ。神の命令って、何が神の命令なんだよ。あんな乱暴なことをするのに・・・」
ボブは震えていた。まだおびえていた。
「私もそう思う。あれは絶対に邪神よ」
「うん、僕も邪神だと思っている」
「ひどい傷。奴らにやられたの?」
マーロスはボブの頭の傷を触った。ボブの頭から血が出ている。
「たぶん」
「やられた時のこと、覚えてないの?」
「うん。たぶん記憶を消されたんだと思う」
「ひょっとして、ロンを苦しめたから?」
「わからない。何も理由を言ってくれなかった。でもなんで、ロンを苦しめたことが関係するんだ?」
「たぶんそうよ。私、そんなことしたから、生贄にされると見張りに言われたの」
マーロスは捕まった理由を話した。
「生贄に捧げられるって、本当? ひどいな。じゃあ、僕も生贄に捧げられるんかな?」
ボブは驚いた。生贄に捧げられることを知って、ショックを隠し切れなかった。もうすぐ殺されると確信した。手の震えが止まらなくなった。
「たぶんそうかもしれない」
マーロスは残念そうな表情だった。もっと生きたかったからだ。
「怖いな」
「いじめられていたこと、ロンが言ったんだって」
マーロスは信じられない表情だった。弱気なロンが真実を話したことがいまだに信じられなかった。
「ロンが言った? 信じられない。あんな弱気なロンが?」
ボブは驚いた。ボブも、ロンが真実を話したことが信じられなかった。
「私も信じられないわ。でも、強くなってくれて、嬉しかったわ」
ロンの成長ぶりに嬉しかった。
「僕もそう思うよ。そうだ、ちゃんとロンに謝れば、大丈夫かな?」
「ううん。もう遅いと言われたから、私もボブも生贄に捧げられるんじゃないかな?」
マーロスは残念そうな表情だった。
「そんな、あの時、いじめていなければ、こんなことにならなかったのに」
ボブは目の前が真っ暗になった。こんな形で死ぬのは嫌だ。もっと生きたかったと思った。
「私もそう思ってるわ。あの時いじめたことを後悔してるわ。でも、もう遅いのよね」
「死ぬのが怖いな」
「私も怖いわ。そんなことで命を落としたくない」
2人は死の恐怖におびえていた。
その頃、牢屋の向こうの部屋では、やり取りが行われていた。その部屋には、昨日人間狩りを指揮していた獣人がいた。
「マーロスの様子はどうだ」
獣人は龍の置物を撫でていた。
「まだ興奮しております」
男は焦っていた。態度の悪いマーロスに手を焼いていた。
「近々、マーロスを生贄に捧げる。ボブはその次の日だ。わかったな?」
獣人は後ろを向いた。
「はい!」
「今日はどこの人間を狩ってきた?」
「本日はアインガーデビレッジとハズタウンの人間を飼ってまいりました。アインガーデビレッジは昼と深夜に二度侵入し、1人残らず狩ってまいりました」
男ははきはきと答えた。
「よろしい。明日はインガータウンを狙え!」
「かしこまりました」
男は笑顔をのぞかせた。マーロスを生贄に捧げられるのが楽しみだったからだ。
「あと、アインガーデビレッジで狩りを行ったワイバーン団から聞いた話ですが、我々に抵抗した魔族の子がいたそうです」
「知っておる。サラとマルコスだろ」
「どうしてそれを知っていらっしゃるのですか?」
「私は全てを知っている。面白そうじゃないか。一度、王神龍と対決させてみよう。そして、偉大なる創造神王神龍様がどれほど恐ろしいか思い知らせてやろうじゃないか?」
獣人は笑みを浮かべた。何か悪いことを企んでいるような笑みだった。
その日の夜のこと。ここは広大な樹海。ここは有名な自殺スポットで、多くの人が自殺しようとする。今日もまた多くの人が自殺をしにきた。彼らは、何らかの理由で生きることがつらいと感じ、自ら命を絶とうとしていた。政府は自殺を防ぐために、森のあちこちに自殺を防ぐためのメッセージを書いた紙を貼ったり、自殺を防ぐためのパトロールを派遣して、自殺を減らそうと努力していた。だが、自殺は一行に減らなかった。年々増加していた。
そんな広大な樹海で、1人の少年が自殺しようとしていた。父が痴漢と間違われて捕まり、いじめられた。痴漢をやってないことが明らかになっても、少年はいじめられた。それを苦にした自殺である。彼は数日前から行方不明となっていて、警察が全力で探しているが、まだ見つかっていない。
少年は大きな木の前に立った。少年はリュックから持ってきたロープを取り出した。このロープを木の枝に結び付け、首を吊ろうと思った。少年は遺書を取り出した。それを見て、少年は泣きだした。両親と永遠の別れをするのがつらかった。だが、またいじめられてしまう。こんな辛い毎日、生きていても意味がない。
少年はロープを木の枝に結び付け、首にロープをかけた。少年は目を閉じ、首を吊ろうとした。
その時だった。目の前に1人の男が現れた。男は魔法使いの服を着ている。その男はハンサムな顔をしていた。男は自殺をしようとしている少年に気づき、駆け寄った。
「何をしてるんだ!」
少年はそれをに気づいた。少年はすぐに首を吊ろうとした。何が何でも自殺しようと考えたからだ。
その時男が駆け寄り、少年を抱きかかえた。少年は抵抗した。だが、逃げることができなかった。
「自殺なんかしちゃ駄目だよ」
「ごめんなさい」
「さぁ、こっちにおいで。悩みを聞いてやろう」
男は少し笑みを浮かべていた。何か悪いことを企んでいるような表情だった。
2人はどこかに行ってしまった。少年は少し戸惑っていた。突然のことだったからだ。
その時、少年は知らなかった。この後、人間の体を捨て、魔獣の力を得て、邪教の信者になるということを。
少年はワンボックスカーに乗せられ、知らない間に同乗者に催眠術をかけられ、その中で眠ってしまった。この後、何が起こったのか、少年はわからなかった。少年は同乗者によって、記憶を消されていた。
少年は目を覚ました。気が付くと、そこは密室だった。空気の逃げ場のない、密閉された空間だった。少年は驚いた。目が覚めたらわけのわからないところだ。少年は辺りを見渡した。自分以外誰もいない。
「ここは、どこ?」
その時、部屋の通気口から白い煙が出てきた。火事だろうか? 少年は首をかしげた。
「何をする!」
たった一つの扉を叩きながら、少年は叫んだ。
「何も悪いことはしない。素晴らしい夢を見せてやろう」
男の声がした。樹海で会った男の声だった。少年はその男の声に気づき、少年は悪い奴だと思った。ついていかなければよかったと思った。だが、もう遅い。部屋に閉じ込められた。
その後も煙は広がり、部屋全体に充満した。少年は必死で煙から逃れようとしたが、逃げ場がなかった。
煙が部屋全体に充満すると、少年は息を止めた。だが、耐え切れず、少年は煙を吸ってしまった。
「ケホッ、ケホッ・・・」
少年はせき込んだ。まるでたばこのような匂いだった。だが、どこか気持ちいい匂いだった。その直後、少年は倒れ、意識を失った。その後、何があったか、少年は覚えていなかった。
煙が止まり、扉が開いた。少年を連れ出した男が入ってきた。少年はまだ意識を失っている。少年は何かに驚いた表情だ。男は少年を抱きかかえ、ある部屋に向かった。少年はそのことを全く知らない。夢の中だった。
意識を失っている間、少年は夢を見た。少年の目の前は真っ白だった。誰もいなかった。少年は辺りを見渡した。
その時、自分の目の前に美しい神が姿を現した。白いマントを着て、白い布で顔のほとんどを隠している。その神は、やさしい目をしている。まるで父のようだった。
「あ・・・、あなたは?」
少年は問いかけた。
「私は王神龍。偉大なる創造神王神龍。あなたの悩みを聞き入れましょう」
王神龍は自己紹介をした。とても丁寧な口調だった。
「は…、はじめまして。」
少年は途切れ途切れに答えた。少年は緊張していた。神様が目の前にいるからだ。
「何をされたのですか?」
「父が痴漢と間違われて捕まり、いじめられました」
「そんなことをされたのですね。辛かったでしょう。いじめた奴らが憎いでしょう。でも、我に従えば、その苦しみから解き放たれるでしょう。憎しみの数だけ、人は強くなれる。そしてあなたは、大いなる力を手に入れることができる。その力は、世界を豊かにする力になる。私はそう感じております。さぁ、私に従いなさい。そうすれば、あなたは幸せになれるでしょう」
王神龍は男を抱きしめた。とても心地よかった。
少年は目を覚ました。ある部屋のベッドの上だった。少年は起き上がり、部屋から出ようとした。だが、鍵がかかっていた。その部屋には、あらゆるところに白い龍の絵や置物が並んでいる。『父なる創造神王神龍様、我は魔獣の子。新たなエデンを築くまで、愚かな人間を生贄に捧げることを誓う。』という張り紙もあった。
「助けて! ここから出して!」
少年は大声で叫んだ。少年は不快に思い、ここから出ようとした。だが、やはり鍵がかかっていた。少年は扉をゆすった。しかし開かなかった。
「開けろ!」
少年はあきらめずに扉を叩いた。だが、誰も開けようとしなかった。聞こえていたが、誰も開けようとしなかった。
少年は諦めた。ベッドに寝そべり、部屋の中でじっとしていた。そして、家族のことを考えた。両親はどうしているんだろう。元気でいるだろうか。少年は心配していた。その一方で、あの夢のことを思い浮かべていた。あの神様のことだ。まるで父のように優しくて、自分の悩みを受け入れてくれる。こんな神様がそばにいたらいいのに。少年は願っていた。
少年はその後も礼拝の時以外はこの部屋で監禁された。吸わされた煙によって、少年は洗脳されていく。そして少年は、神龍教を信じるようになっていった。