或る楽士と情報屋 上
頂点に達していた太陽が傾き始めた頃、港町近郊の森の中。背負っている籠にたくさんの薬草を入れた少女が、町に向かって歩いていた。
森の出口が見えた途端、その方角から地鳴りのような音が聞こえてくる。地鳴りは段々と大きくなっていく。その音に興味を持った少女は、小走りで駆けていく。しかし、出口の一歩手前で足が止まった。
「なに……、あれ……」
少女は呆気にとられながら、近くにあった木に手を置き眺める。それもそのはず、いつも緑の草原に囲まれた街の周囲が、黒や茶色をした魔獣の群れで埋め尽くされているからだ。
どうやって町の方に帰ろうかと眺めていた少女の元に勢いよく何かが迫ってきている音が聞こえた。その音に驚き、音と反対側にある木の後ろに隠れる。そして、直ぐに音の主が現れ、森の出口で動きを止めた。現れたのは鉄に覆われた戦闘用の馬車。魔獣でないことを確認できた少女は、隠れるのをやめ停まった馬車から出て来た人に歩み寄った。
馬車の外には、亜麻色のフード付きコートを着ている男女と、焦げ茶色の羽織を着た女性の三人の姿があった。少女は、焦げ茶色の羽織を着た女性に声をかけた。
「あ、あの、すみません。あなた達は一体?」
少女のたどたどしい声に、驚いた素振りをみせる。その少女の様子に害がないと判断した女性は、近くにいる男女も含めた自己紹介をする。
「あたいの名は、アウル。ベルクタットで情報屋をしているんだ。そして、この男の人がハル。女の人がルテア。二人は、ポートタットに出てきた海獣を倒した英雄だよ」
「やめてくれ、恥ずかしい」
「そうですよ。アウルさん」
アウルと名乗った女性による紹介にハルとルテアは顔を赤らめる。その様子を見て、アウルは、にやにやしながら少女に言った。
「安心して、私たちは君に危害を加えることはしないよ」
その一言に、少女は警戒を解いたようだった。ホッと息を吐き落ち着いていると、今度はハルが声をかける。
「君はここで何をしていたんだ?」
少女は、この山でいろんな種類の薬草を摘んで、町にある店に持って帰ろうとしていたことを話した。それに加えて、町を囲んでいる魔獣の群れによって帰れないことも。
話を聞いたハルは、少女に尋ねる。
「俺達は、あの町に行かないといけないんだが、君はどうする?」
「町に戻ります。ここで黙ってみているのは嫌です」
決心のついた顔で答えた少女の意思をくみ取り、ハルは提案する。
「わかった。じゃあ、この馬車に乗って行かないか? 多少危なくなるかもしれないが。いいよな、二人とも」
「大丈夫ですよ、ハル様」
「ああ、問題ないよ」
少女は頭を下げてお礼を言う。
「ありがとうございます。こんな私なんかを助けてもらって」
「気にする必要は無いよ。問題はどうやってあの町に入るか、だからね」
その言葉の通り、町の入り口付近に魔獣が群がっている。そのため町に入るのが困難なのは明白だ。
「ルテア、他の入り口とかないかな?」
アウルが地面に簡単な町の地図を描く。その地図を見ながら、ルテアは説明する。
「あまり大きくないですが、何箇所かありまよ。一番近くでしたらここですね」
ルテアが指さしたのは、町の正門から数十メートル離れたところ。示した地点と現在の地点の様子を見比べる。ルテアが示した門の付近には、正門より少ない数の魔獣が確認できる程度だった。
「そこなら多少は問題なさそうだな」
「そーだな。この馬車なら頑丈だから何かあれば耐えられるはずさ」
二人はルテアが指定した入り口で納得し、少女も同意した。
そして、ハルとルテア、少女の三人は馬車に乗り込み、アウルは前に座る。全員乗り込んだのを確認すると、アウルは中にいるハルとルテアに対して言った。
「いつでも戦闘に入れるようにしといてくれよ、何が起きるか分からないからな」
そう言って、気合いと共に馬車を走らせる。鉄の塊が勢いよく丘を下っていった。
* * *
避難を知らせる鐘の音が町中に響く。人々は町の最奥に位置する港街に向かって避難していた。住人や観光客などは最初パニックになっていたが、避難誘導を指揮している館の使用人たちの指示に従い、速やかに行われていた。
一方、入り口付近では即席のバリケードが設けられ、門が固く閉ざされている。内側には装備の整えた衛兵隊が整列している。その数八十人。彼等のほとんどが、不安の表情が浮かんでいる。最前列には、隊を束ねる衛兵長ダンクの姿があった。彼は、台の上に立ち、整列している全員に向かって叫ぶ。
「聞け‼ 今我々は、未曽有の境地に立たされている。この門の外には、大勢の魔獣どもが押し寄せ、このままでは、町に流れ込み、地獄となるだろう。そうなる前に食い止めなければならない。皆覚悟し、奮起せよ‼」
ダンクの言葉に、衛兵達は各々武器を天高く掲げ、咆哮する。ダンクの激励に、衛兵たちの表情は一変したのだった。衛兵達の覚悟を受け入れたダンクは、各隊の隊長に指示を出し始めた。
しばらくして、門の前に大砲を縦一列列に並べ、その後ろを重装の歩兵が並ぶ。ダンクが各隊長に指示を飛ばすこと数分。先のシーサーペント戦以降、自分たちの危機感を理解していた彼らはあっという間に準備っを整えた。あらかた、準備を終えた報告を聞いていたダンクの元に、メイド服に、紅い髪の女性、アンリが走って来た。
彼女は、走ってきたにもかかわらず、息を切らすことなく落ち着いた雰囲気でダンクに要件を伝える。
「ダンク衛兵長、住民の避難完了いたしました。いつでも始めてください」
「ありがとうございます。他に何かありますか?」
避難が終わったことにひとまず安堵した彼は、他に何か指示がないことを確認する。
「いえ、何も」
追加の指示が無いことを確認した彼は、アンリに尋ねた。
「これから領主の元へ?」
ダンクの質問に、さも当然とばかりに頷く。
「衛兵長もご無事で」
心配の言葉を残し、一礼する。ダンクも「あなたも」と一礼し言葉を返す。ダンクが顔をあげると、アンリは来た方角に向かって駆けて行った。その姿を見送ったダンクは門の方に向かって叫ぶ。
「全員聞け‼」
隊列を組んだ衛兵はダンクの声に、耳を傾ける。
「これより、攻勢に出る。みな、心して掛かれ。開門‼」
ダンクの指示が飛び、ゆっくりと門が開く。ダンクは腰に下げた剣を抜き、まっすぐ前に向け、号令を出す。
「砲撃部隊前進‼」
その号令と共に一列に並んでいた大砲が一斉に前に動き出す。門が完全に開き終え、その門の外へと順に大砲を運び出す。町の外にある草原には魔獣達がひしめき合っていた。ゴブリンやオーガなどの亜人種、狼やネズミの様な多種多様の魔獣。彼らは、じわじわと町に近づいて来ていた。
門の外に、横一列に大砲を並べる。その後ろには、弓を持った弓兵。布陣を整えた衛兵達は、迫りくる魔獣に今か今かと待っていた。
準備を整えた報告を受け、ダンクは今までで一番大きい声で吠えた。
「砲撃、開始‼」
ダンクの号令の後、並んだ大砲から一斉に火が噴く。町に轟音が響き渡る。こうして開戦の火ぶたが落とされた。
* * *
鳴り響く爆発音。魔獣達の呻き声。町の入り口付近は戦場なり、その様子は、領主の館からも眺めることが出来る。
執務室では、ドアをふさぐ形で立つシャルト。その対面にプーフェがにらみ合っていた。
「始まったようですね、領主さん」
薄緑の髪と眼の青年、プーフェは領主シャルトに向かって明るい声で話しかける。
「そのようだな」
シャルトは冷静な声で答える。プーフェの声と対照的に冷たい声で。
「いやー、随分落ち着いてますね。もっと焦るのかとおも——」
突如、プーフェの身体が、横の壁に叩きつけられた。プーフェの目の前には、水で出来た狼の姿があった。その狼はプーフェを睨みつけ、唸っているように感じられる。
「俺は、この町の領主だ。焦りはミスを招く。一つのミスも許されない。だから、落ち着くだけだ。だが、こうしてこの元凶が目の前でのんきにしているのは腹立たしいものがあるんだよ」
シャルトは、先程と同じく冷たさの帯びた声で、壁に叩きつけられ座り込んでいるプーフェに冷ややかな視線を送っていた。当のプーフェは、よほどの痛みに立てずにいた。座りながら、シャルトに言葉を返す。
「……なんだ。あなた能力使いですか。全然、落ち着いていないじゃないですか。お陰で、背中が痛いですよ」
「そんな痛み、戦っている衛兵達に比べたらマシな方だろう。水狼、奴の笛を回収しろ」
シャルトは、プーフェの訴えを適当に流す。そして水の狼、水狼に叩きつけた直後ぶちまけられた彼の持ち物から笛の回収を命令した。
「お、おい‼ やめろ‼」
プーフェは、近づいてきた水狼の足に手を伸ばす。だが、その手は何もつかめず水を切るだけだった。水狼は何も動じることなく、プーフェの鞄から笛を物色し、咥える。笛を回収しシャルトの掌に置いた。そして、水狼の頭をなでながら言った。
「いい子だ。次は彼を囲む檻になろうか」
そう言うと、水狼はプーフェの方にゆっくりと歩いていき、水狼の身体が爆ぜる。飛び散った水は、プーフェの周りを覆うように拡がる。そして、水の体を檻の形に変えた。
「こんな檻、すぐ出てやる」
背中の痛みが和らいだのか、ゆっくり立ち上がり檻の柱に手を伸ばす。手が水に触れた途端、触れた手から血が噴き出した。
「痛っ……。どうなっているんだ」
「それは、水の檻、水牢。勢いよく水が循環し形を作っているものだ。触れたら大概のものは切れる」
シャルトが簡単に説明する。それを聞いたプーフェは舌打ちしその場に座り込んだ。
「もう少ししたら、俺の部下が戻ってくるそれまでそこで大人しくしていろ」
シャルトは、そう言って部屋の奥にある窓を開け、外を眺める。戦場となっている入り口の方からは、怒号や爆発音が混じりあった雑多な音が聞こえて来る。その方角の西の空には暗雲が立ち込めていた。
* * *
遠くから聞こえる人々の怒声や魔獣達の咆哮。立ち昇る黒煙。それらがすでに戦闘が始まっていることを伝える。
ルテアが示した入り口まで、少量の魔獣を馬車で轢き殺し、特に危害を加えられることなくたどり着いた。馬車が停まるとすぐに、ハル達は馬車から降りる。ハルとアンリは、入って来たところに立っていた衛兵に事情を聴くため、馬車から離れた。最後に降りてきた薬草いっぱい籠に敷き詰めた少女はルテアに向かって頭を下げた。
「ありがとうございます。助かりました」
「気にしないでね」
礼を言われ、ルテアは言葉を返す。
「もしよかったら、これどうぞ」
そう言って、少女は内ポケットから包まれていた瓶を一本取り出す。それをルテアに渡した。
「これは?」
渡された瓶の中には、紅い液体が入っていた。
「それは、この薬草を私たちの店で調合した飲み薬です。お姉さん達はあの魔獣と戦いに行くのでしょう? なら、疲労回復効果のあるものをと思ったの……」
「なるほど。ありがとう」
ルテアは、笑顔で返答し、紅い液体の入った瓶を腰に付けたポーチの中に丁寧にしまう。
その時、衛兵から話を聞きに行っていた二人が戻って来た。
「お待たせ~。色々聞いてきたよ」
アウルが馬車付近で待っていた二人に声をかける。そして、後から来たハルが、少女に聞いたことを伝えた。
「まず君の避難先なんだが、町の奥にある港街みたいだ。そこまで衛兵が案内してくれる」
しばらくして、鎧に身を固めた男性が駆け足でやってくる。
その衛兵に、ハルは少女を引き渡す。
「この子を避難先までよろしく頼む」
「はい、お任せを」
衛兵が敬礼し、少女に声をかける。少女はその声にこたえ、衛兵と手をつなぎ歩いて行く。三歩歩いたぐらいで、少女は振り向き、ルテア達に向かって声をかけた。
「本当に助かりました。お姉さん達もどうかご無事で」
衛兵と手をつなぎ、空いた方の手をルテア達の方に手を振っていた。それに三人はそれぞれ答える。
「ああ、またな」
「また会いましょうね」
「きーつけてな」
三人がそれぞれ返すと、少女は衛士と共に港街に向かった。
少女と別れ、馬車側で三人は話し合っていた。アウルは、先程聞いて来た情報をルテアに伝える。
「さて、今の状況を簡単に説明するとね、黒煙やら騒がしい方で衛兵達が魔獣と交戦しているみたい。目標であったプーフェは、領主館で捕らわれているようなんだ」
アウルから簡単な説明を受けルテアは驚いていた。
「シャルト様のところにプーフェがいるのですね。無事でしょうか……」
心配するような声で、ルテアが言うと、ハルは自信ありげな様子で答える。
「あいつなら大丈夫だろう。一応能力持ってるし、アンリもいるだろうから問題ないよ。プーフェの方は、わからないが」
その言葉に、ルテアは納得する。
「それもそうですね。プーフェは知りませんが。では、入り口の方を優先しますか?」
ルテアの提案にハルは頷く。
「そうだな。まずは衛兵隊の救援をしてから、館の方に向かうとしようか。アウルはどうする?」
「ここまで来たんだ、少し魔獣の相手をしてから行くよ。奴は捕らわれているなら簡単には逃げれないだろうしね」
まず目先の魔獣を相手することに決めたハル達は、入って来た入り口に立っている衛兵に声をかける。
「前線を指揮している場所は何処かわかるか?」
「はい! 戦場から後方にあるテントがそれです。地図で道を説明します」
衛兵は、腰に付けたポーチから折りたたまれた町の地図を取り出す。その地図を拡げ、指で示しながら説明する。その説明を聞いたあと、衛兵は尋ねた。
「よろしければ、そちらの馬車。他の者に言って、避難させておきましょうか?」
「ああ、頼む」
衛兵にお礼を言い、馬車を預ける。そして、衛兵に教えてもらった道を進む。黒煙が先程より増した戦場へ駆けて行った。
* * *
発射と装填を繰り返す大砲。出撃と後退を繰り返す衛兵達。死に物狂いで戦う彼らは、知性の無い魔獣相手に一進一退を繰り返していた。だが、数の差は歴然であった。
「チッ、こいつらキリがねえぞ」
衛兵の一人が、ナイフのような武器を持ったゴブリンを、悪態をつきながら斬り伏せる。彼の身体は返り血で、血塗れになっていた。これまで、多くの魔獣を斬りつけ、疲労も溜まっていた。
「おい、後ろ‼」
近くにいた別の衛兵から突然声が届く。その声の通り後ろを振り返る。目の前には、大きくナイフを振りかぶり、飛び掛かってくる中型のゴブリンの姿。彼は目を瞑り、死を覚悟する。
だが、彼の身には何も起こらなかった。なぜなら、彼に覆いかぶさろうとしていたゴブリンは宙に血をまき散らしながら、彼の横に倒れた。その体には短めの直剣が突き刺さっている。
「だいじょーぶか?」
緑交じりの黒髪で短髪の女性が、ゴブリンに刺さった直剣を抜き歩み寄ってくる。焦げ茶色のフード付きの羽織には、所々血が付いている。衛兵ではないことを確認し、名前を尋ねるため口を開こうとした。だが、女性の方が一歩早かった。
「あたいの名は、アウル。しがない情報屋さ。さあ、後退しな。衛兵隊に撤退命令が出されたぞ!」
アウルは、襲い掛かってくるゴブリン達の首と胴体を分けて衛兵に指示する。ほぼ一太刀で仕留めるアウルの動きに、魔獣達は怯み動きが鈍くなる。その機を逃さず、周りにいた衛兵にも同じように指示を出した。
「さあ、今だ! 全員てったーい!」
その声に、衛兵達は駆け足でその場から離れていく。その様子を見ながら、呟いた。
「これでいいんだよな……。ハル」
アウルはそう呟きながら、また一体、首から血を吹き出し地に伏せた。
数刻前、衛兵長ダンクは入り口付近に設けられたテントの中にいた。そこに三人の男女が駆け込んできた。
「突然すまない、ダンク。今の状況教えてくれないか?」
「ハルさんにルテアさん⁉ そちらの方は?」
突然現れた、ハルとルテアに驚きの声を上げる。そして、初めて見るアウルの姿に、ダンクは疑問を浮かべたが、ハルが簡単にこれまでの経緯を説明した。
「——なるほど。協力感謝いたします、アウルさん。で、今の状況でしたね」
アウルは、軽く頭を下げる。その後、ダンクは話を続けた。
「先程まで前線と魔獣は拮抗していたのですが、少し数に圧倒され始めた感じです。あと、少し士気が落ちかけてきているかもしれません……」
「なるほど。士気が落ちてくるのはまずいな」
ハルの呟きに、ダンクは頷き、唸りながらなにか一手はないものかと考えていた。
「一気に魔獣を殲滅出来れば、再び士気が上がるかもしれませんが、数が多すぎて大砲だけでは……」
ダンクが考えている中、ハルは何か思いついたようで提案する。
「それなら、俺の能力で一掃できるかもしれない。だが、今やると衛士達を巻き込んでしまう。どうにかして、前線に出ている者達だけでも撤退させないと」
「だが、それ以外に方法は無いし、案外それでもいいんじゃないか」
アウルはその提案に肯定を示す。
「そうですね。ハル様の能力なら一掃できるかもしれませんね。前線の撤退は私達だけで何とかするしか方法はありません」
ルテアの言葉に、ハルは頷きダンクに再度提案する。
「撤退は俺達三人が支援する。だから全員に撤退命令を出してくれないか?」
その言葉に、ダンクは決心したように、外に控えていた副官の衛兵を呼んだ。
「今すぐ全隊に門の中まで撤退命令を! では、お願いします、皆さん。この一手で戦局を傾けましょう」
その言葉に、ハル達は頷く。持っていた荷物をダンク達に預け、戦闘のため軽装にする。
ハルは腰に真新しい短剣と衛兵の備品である長剣を背に装備する。服装は変わらず亜麻色のフード付きコート。ルテアは、細身の長剣を装備し、ハルと同じコートを羽織っている。その下には、軽いアーマープレートをつけ、腰にはポーチを。アウルは、短めの直剣を腰に帯び、首元には紅いスカーフを巻き、焦げ茶色の羽織を着て先程と変わらない姿だった。
瞬時に準備を済ませた三人は、作戦会議もとい先程の事をおさらいする。
「さて、俺達は別々に前線の撤退を支援。その後、ルテアの茨で門付近にバリケードを張ってくれ。迫る魔獣の群れを足止めしている間に俺が一掃する」
「わかった」「了解しました」
二人は揃って返事する。
「さあ行くぞ。二人とも無事でな」
その言葉と共に、三人はそれぞれ分かれて前線に向かった。
再び時間は戻る。前線にいた衛兵隊は徐々に入り口付近に戻ってきていた。各々、体のそこらかしこから血が流れている。前線で戦ってきただけあって傷だらけになっていた。その彼らを追ってくる魔獣達。狼やネズミの様な獣の姿をした魔獣が逃げる彼らを追ってきていた。門付近で迫りくる魔獣を借りた長剣で斬り伏せるハル。
ハルの元に、撤退支援をしていたアウルが戻ってくる。返り血に塗れているが、怪我をした様子はなさそうだ。
「こっちは大丈夫だ。あとは……」
アウルが門まで戻って来て、ハルに声をかける。ルテアの姿がないことに、不安を覚え、戦場の方に目を凝らす。すると、遠くの方にルテアの姿があった。
ルテアの側には、負傷したのか立つのがやっとの衛兵の姿。損な衛兵をかばいながら、必死に細剣をふるっていた。徐々に囲まれそうになっている彼女の姿を視認したアウルは、再び戦場の方に戻った。
右足と左肩を負傷した衛兵をかばいながら、ルテアは。ネズミや狼の魔獣に細剣を突き立てる。穿たれた魔獣の身体からは、鮮血が噴き出し絶命させる。気づけば多くの、魔獣の死体が周りに転がっていた。勢いよく命を刈り取っていたこともあり、逃げる隙が出来た。その気を逃さず、負傷した衛兵に声をかける。
「逃げましょう」
ルテアの指示に、負傷した衛兵は従い、おぼつかない足取りで門の方へと進んでいく。だが、負傷してるだけあって、足取りは遅く、逃げる背を追って狼の魔獣が迫っていた。
迫っている魔獣に反応が遅れ、手負いの衛兵の上に魔獣が飛び掛かる。その魔獣が噛みつく前に、細剣で頭部を貫く。そして、魔獣の身体を蹴り衛兵からどかす。辺りを見ると、逃げる二人を追って数多くの魔獣が迫って来ていた。徐々に距離を詰めてくる魔獣に対し、突然ルテアの背後から声がする。
「目をつぶって!」
女性の指示通り、目を瞑る。ルテアの背後から投げられた黒い珠。それが破裂し強烈な光を発する。その光にやられた魔獣は、歩みを止め後退る。その間に、ルテアの背後から駆けて来たアウルがルテアに言った。
「今のうちに逃げるよ! その衛兵は担いでこれる?」
「アウルさん⁉ ありがとうございます」
予想していなかった救援に、礼を述べるルテア。そのルテアをせかすように言う。
「礼は後で、まず逃げよう」
ルテアは頷き、倒れている衛兵を背中に担ぎ走り出す。アウルは、そのルテアの後ろに付いて行った。
衛兵を担ぎながら、門まで戻って来たルテアと救援に向かったアウル。二人に大きい怪我がないこと安堵したハルは、二人に声をかける。
「その衛兵で最後だよな?」
担いだ衛兵を、他の衛兵に渡しハルのもとに駆け寄る。
「はい。今の方で最後です。遅くなりました」
全員の撤退を確認したハルは、ルテアに声をかける。
「無事でなによりだ。ルテア、作戦通りできるか」
「はい、ハル様。お任せを」
ハルの合図に、ルテアは手に握っていた細身の長剣を地面に突き刺す。そして、迫りくる魔獣達の手前に意識を集中させた。
「壁となれ、黄色の薔薇よ‼」
ルテアが意識を集中した場所に、人二人分の高さがある茨の壁が地面から姿を現す。突き進んでくる魔獣達が茨の壁に激突し、壁は軋みを上げている。ルテアもそれに耐えるため、苦痛の表情を浮かべながら踏ん張っていた。
それと同時に、ハルは短剣を抜き、その茨の方に向け、眼を瞑り意識を集中させる。すると、ハルの周りの空気が震え、点々と波紋が生じる。一つ一つ、振動した部分が剣へと変化していった。あっという間にハルの周りには、無数の剣が密集していた。閉じていた目を開け、宙に浮いている半透明の剣に向かって指示を出す。
「さあ、貫け‼ 目の前の敵を一掃しろ‼」
その言葉と共に、周りに浮かんでいた剣が一斉に目の前の茨に向かって飛んでいく。ハルの件が飛んだ直後、アウルがルテアに指示を出した。
「今だ、能力を解くんだ」
指示通り、ルテアは剣を抜き能力を解除する。茨は力が抜けたように萎れ、残ったままだが、ハルの剣が茨を容赦なく貫き、背後にいる魔獣までも貫く。無数の剣によって魔獣は歩みを止め、辺りに魔獣の絶叫が響き渡る。それを見ていた、衛兵達からは歓喜の声が上がった。
ハルの周りから、剣が無くなると目の前には、朽ちた茨とおびただしいほどの魔獣の亡骸が転がっている。動いているものはほとんどいない。その様子をテントから出て、門付近で見ていたダンクは、好機と見て控えていた衛兵を含む全体に指示を飛ばした。
「今だ、残る魔獣を蹴散らせ‼」
「「「「おお―‼」」」」
衛兵達は雄叫び上げ、それぞれ武器を手に前線へと走っていった。
一方ルテアは、アウルに支えられながら立っていた。能力を使ったことと、先程の撤退支援で疲労がきているのだろう。
「廃虚の時と言い、同じ能力持ちでこうも違うんだな」
肩を貸しながらアウルは呟いた。その呟きに、苦笑いを浮かべて返す。
「能力に慣れた人ほどこうはならないんですけどね」
アウルの言った通り、ハルは疲労感も感じられないように前線の方を睨みつけている。しばらくして、ルテアの方に歩み寄ってきた。そして、心配そうに声をかける。
「大丈夫か?」
「ご心配なさらず。森で助けた女の子から貰った薬があるので何とか大丈夫ですよ」
「動けそうなら、テントにもどろーぜ」
ハルとアウルに手助けしてもらいながら、ダンクのいたテントへと歩いて行った。
テントにたどり着いた三人は、戻っていたダンクやその副官たちに拍手で迎えられた。
「ありがとうございます、ハルさん。それにお二方。何とか前線の士気も上がりました。感謝します」
「ああ、よかったよ。後は任せていいか、ダンク」
「はい、勿論です」
ダンクとやり取りをしながら、ルテアを近くの椅子に座らせる。腰を下ろしたルテアは、腰に提げているポーチから紅い液体を取り出す。その蓋を開け、口の中に、半分流し込んだ。
「んー、苦いです」
薬を飲み、顔をゆがめる。ハルは軽く笑いながら言った。
「いい薬程、苦いっていうからね。それよりどうだ、体の方は?」
心配していたハルは、ルテアに尋ねた。
「大丈夫ですよ。ハル様」
「なら、よかったよ。立て続けでしんどいかもしれないが、シャルトのところに向かおうか」
アウルもその言葉に頷き、装備を整える。残る二人も返り血を拭いて装備を整えていた。
身支度が終わった三人はテントから出る。テントの外には、乗って来たものとは別の馬車が用意されていた。
「館の方に行くのですよね? 良かったら乗って行って下さい」
ダンクの副官がそう勧めてきたので、その馬車に乗り込む。三人とも乗り込んだことを確認した副官が、前に座る衛兵に指示を飛ばす。その衛兵は、馬の手綱をはじき、馬車を動かす。馬車の窓からは、立ち昇る黒煙が段々と遠ざかっていった。
こんにちは。
ゆうやです。
大変お待たせいたしました。7月はばたばたしていて投稿できずに申し訳ないです。
なんとか早めに投稿できました。
今回は、いよいよ大詰めの楽士篇。クライマックスを全部載せたら文字数すごくなるので、分割にすることになりましたが、バトルシーンがほとんどで書いてる私もワクワクしながら書いておりました。
次回に、楽士篇の最終話を載せきれるか心配ですが、頑張っていきたいと思っております。
では、そろそろこの辺りで。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
また次回お会いしましょう!