問われる覚悟
「一応、ウェルスに保護されてる身だけど…あなたはどうするの?」
取り出したこれまた重厚そうな箱を鍵で開け、その中をかき回しながらレイラが言った。
やがて目当ての物が見つかったのか、その手にはネックレスのようなものが握られていて、じっと見つめた後、工具でそれをいじりだす。
サイモンはちらりとリマの様子を伺うと俯いている姿を認めた。自分には混乱させるなと言っておいて身勝手な師匠だと思うが、これが現実だ。
残酷なことを訊ねるものだ。
突然命の危険に晒され、親と引き離された。
人間として普通に暮らしていくつもりのはずが、この世界を救うはずの存在であると知らされ選択を迫られている。
これが自分の立場だったら、と考えただけでも身震いしてくる。
リマは黙り込んで考えた。
誕生した精霊の子は精霊に生まれ変わると示されている。
でも、どうやって?
自分が精霊になるという想像がとてもつかない。もし、精霊が復活しなければ世界は滅んでしまうのだろうか。
私はどうしたいのだろう?
「私は……真実を知りたいです。私は何者で、どうするべきなのかを」
「精霊なれと言われたら、あなたは従うのかしら?知りたくない方がよかったと思うこともあるわ。世界が正しいと訴える答えは、あなたとは違うかもしれない。知った先が絶望だったとしても、自分を傷つけるモノであっても、それを知るには相当な覚悟が必要よ」
表情を変えてレイラはリマを見た。
その目は読み取ることのできない強い何かを宿しており、射抜くような視線がこちらを見てくる。
一体この人は何を見聞きしてきたヒトなのだろう。
何を知り得てきたのだろうか。
このヒトはどんな覚悟を重ねたのだろう。
「はい」
「もう家には帰れないかもしれないのよ」
「母様が命がけで守ってくれた。それにくらべたら今の私にできることをやってから決めたい」
「いい返事ね」
レイラは薄く笑うと、手に持ったそれをリマの首に着けた。硬くてひやりとする感覚が走るが締め付けられるような違和感はなく、むしろ繊細な装飾が施されたきめ細かい鎖状の金属が絡み合って形を変えるので肌によく馴染む。それはどうやらチョーカーのようで、レイラは中央のくぼみにアクアマリンをはめ込んだ。
「これは『抑制器』。体内のコアを調整して、リスクを伴わずに潜在能力を高めてくれるの。きっとこれで暴走しなくなるから」
リマはそっと首元に触れた。まるで体の巡りが良くなったようだ。
「おい、レイラ……」
「なに?」
「抑制器なんてどこで手に入れたんだ」
「ずいぶん昔のよ。何年、生きてると思ってるの?」
思わずといった様子で椅子から立ち上がったサイモンに対して、やれやれとレイラは肩を竦めた。
「50年そこら生きたところで、精神年齢20の若造がありつける代物じゃないってことよ」
「50年!?でも、20って……?」
ハーフエルフはエルフと同様に成長する。
レイラが言ったことがいまいちリマは理解できなくて、彼らを交互に見た。
「エルフは20年くらいまでは人間と同じように成長する。それは知ってるわね?」
「俺は何が原因だか知らないが、20年前まで赤ん坊のままだったらしい。だから30年はあんまり覚えてない」
「あ……だから最初に会ったときに曖昧だったんだ」
まあな、とサイモンは再び椅子に座った。
「で、これからどうするんだ?」
「陛下に会うわ。世界を揺るがしかねないし、指示を仰いでもらわないと。あんたはサボってた分きちんと働きなさい」
眼鏡を指で押し上げながらそれだけ言い残して、レイラはリマを立たせるとサイモンを残して部屋を出た。
「世界を揺るがす、か……」
サイモンは深く息をはいてからそう呟くと、遠くを見るように、窓から差し込む光に目を細めた。