凍傷スティグマ
「どうしますかレイラさん」
「あの状態では連れ出すことさえ危険だわ」
リマの問いかけにレイラが少し焦っているのを感じた。
「だったら僕がこの娘をもらってあげる。街の人間には好都合のはずだ」
「そいつの意志はあるのか」
「はぁ?」
「黙って聞いてれば何だろうねえ。確かに僕らは精霊と繋がりを持つ異質な存在だ。だけどキミにとっては身体を支配する、その程度の存在なのか」
これまで大した反応を見せなかったアレフとレムがわかりやすく魔力を増幅させた。アレフの熱とレムの大地を揺るがす魔力で氷の地面が震えだす。
「お前たちに何がわかる」
「その子に身体を返すんだ」
「……黙れ!!」
絶叫したフラウが早いか、冷気の衝撃がフラウの身体から放たれた。一瞬を仰け反ることでレムは免れたが、頬に衝撃が掠って血が流れた。
フェンリルが咆哮し再びディアンが剣を抜いた。リマは後方から水の障壁が一瞬で凍ることを利用してディアンのサポートする。
一方フラウは鋭い殺気を漂わせてアレフと対峙していた。炎が纏って繰り出される攻撃を、フラウは素早く跳んだり跳ねたりでかわしていく。滑るはずの氷の上で舞っているような自然な動きだ。追撃されるフラウの連続技に本来体術ではないレムも四肢に魔力を集中させて対応していた。
「っ、ちょこまかと…落ち着かないんだよ!!」
「せめてレイラの詠唱まで時間稼ぎしないと。でもあのふたりを射程圏内に入れるのは難しい、よね!!」
(氷で覆われているせいか、地面から魔力の供給は難しいか。そもそも僕寒いところ苦手だからなぁ)
冷気ではない別ものもで肌がひりひりしてきた所で四人が後退すると、フラウとフェンリルの間に電撃が落ちた。
「その程度なの?精霊の力を持ってるくせに。ハーフエルフに頼るのか」
「痛いところを突かれたね」
「僕を追い出したければ、石を抉り出せばいいじゃないか。まぁ、生きてられるかわからないけどね」
(さっきからどうしてこんな言い方をするんだろう)
リマは大きな違和感を感じていた。確かにフラウから伝わってくる感情は憎しみだが、それ以上に大きなものが感じる。
(イグニスと……似てるんだ)
「やぁあ!!」
「っ…」
フラウの素早い蹴りが当たるたびにそこから氷が浸食していく。フラウが後ろに跳べばその前にフェンリルが立ちふさがる。フェンリルが咆哮と共に天井から大量に氷柱を落下させた。
「まずい、片方に抑えられない!!」
「ディアン危ない!」
リマが水柱を何本も発生させて氷柱の落下を防ぐ。が、フェンリルの後ろで、青白い光とともに魔法陣が展開していた。
「気をつけろアレフ!!」
「!?」
「これで終わりだ!!!!」
ディアンの警告もむなしく、一瞬で青白い閃光と煙のような冷気が一面に広がった。
激しい音を伴う衝撃に備えた後衛が顔を上げると、冷気の中から緋色の頭が飛び出してきた。否、投げ飛ばされてきた様に見えた。
「!!?」
「おい、アレフ!無事か!?」
「ぐっ……俺のことはいい!!あいつが!!」
アレフが叫ぶと全員飛ばされてきた先を見た。
蒸発したような音を立てて冷気が晴れていくとその衝撃の中心にいたのは、アイスブルーの透き通る氷塊に閉じ込められたレムだった。
「レム!!」
「……去れ。二度と、僕とキリアの前に現れるな!!」
慣れない器での魔力の消耗が激しいのか、肩で大きく息をしながら絞り出すように言い放った。
そしてその氷塊をリマたちから遮るように、フェンリルが地面から氷柱を出現させた。
「一旦引きましょう」
「でもレムが!」
「あれは凍結封印よ、死なないわ。それにここにいても何も解決しない。解除できるのは術者だけよ」
「っ…」
(………必ず迎えに行くからね)
リマたちは苦渋の思いで氷結の洞窟を引き返すことしかできなかった。
「はぁっ…はぁ……」
『フラウ、我が主よ。人間の躯でまたあのような無茶を』
レムが閉じ込められた氷塊の前で、フラウは肩で息をしていた。その体を支えるように、フェンリルはフラウにすり寄った。
魔力の消耗が激しかったとはいえ、精霊の身であるフラウではこの程度の魔力の使用で体が言うことを聞かないことなど、ありえないことである。
激しい目眩と頭痛に見舞われる。膝が震えて足がもつれ、寄り添うフェンリルに掴まった。
(このままじゃ、キリアの躯が)
視界がクリアになってきたところで、フラウはようやく自分が何をしたのか把握した。
やはり複数の他属性との相性は良くはない。フラウに凍結封印を使わせるほど、精霊の力に限りなく近い人間たちは手を焼いた。
青年の左手首の金属から覗く魔法石をフラウはゆっくり視認するや否や、氷塊が音を立てて震え出す。
「煙水晶か…………っ!なんだ?!」
足元から徐々にヒビが入り、地割れの様にそれは内部まで達して封印が解けた。バラバラになった氷塊の中から、青年がゆらりと立ち上がった。
彼は上を向いて深く息を吐くと、両手を何度か握って感触を確かめていた。
「動くな、人間」
フラウは少女の声で低く制すると、フェンリルが唸りだした。
『あーあ、冷たかったぁ!!』
青年の口から出た音は、本人の声と高い子供の声が重なった。
『もぉー!ただでさえ豪雪地帯は地形的不利なのに!!あんまり負担かけさせないでよ!フラウ!!』
「その宝石、そして話し方。やはりノームか」
両手で拳を振り回す子供のような動作は、青年の体では歳不相応で違和感が強い。しかしこの場にそれを指摘する者はいない。ヒトの体など肉の器に過ぎないのだから。
今レムの意識を支配しているのは、他でもない地の精霊__ノームである。
“彼”は暢気に、「この身体背が伸びたねーー!」と歓声を上げていて、逃げる様子は全くない。むしろその場で座り込んでくつろぎ始めた。
『やっと煙水晶の魔力が安定したのに、ここではボク、魔力供給は氷に阻まれて吸収されないんだよ?死んじゃったらどうするんだよう』
「先に僕のナワバリを荒らしたのはお前たちだ。当然の報いだろ」
『まぁ、気持ちはわかるけど〜、空回りも良いところだよね。お前はその人間の娘をどうしたいの??』
「………」
お互い対面しないまま横目で“ノーム”と“フラウ”は会話を続ける。ちらりとノームがフラウを見遣る視線はレムにそっくりだった。
「アデュラリアが取り外せないんだ。このままだよ。ずっと」
そう。僕らはずっとひとつだった。




