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精霊の御子  作者: 壱原 棗
第6章:凍った心
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雪原の街へ②

 目的地の街:ソレクは北端にあるニーガルズ氷河の保存や調査を担う場所で、一年中雪や氷で覆われている。工業が発達しているトール都心部の影響で石炭採掘を主産業を中心に栄えている。

 街の北側にある教会の大きなステンドグラスが観光地として有名で、たくさんの夫婦の契りが交わされる場所でもある。


「この街の教会の中に、精霊信仰に関わる碑文があるのよ。もうわかってると思うけど氷の精霊_フラウを祀っていた場所がニーガルズ氷河の近くにあるの」

「それは精霊の手がかりだけど、精霊の"子"の手がかりでは無いよね?」


 レムやディアンのように、精霊の子が必ずしもその精霊の所縁の地に生まれるとは限らない。ここまで集まってきた中で、産まれていない確率の方が低いと断定した状態でこの地に足を運んでいるのだ。


「火の精霊と同じく、土地の力にかなり依存する精霊のはずよ。可能性に賭けましょう」


 一時間後ここに集合ね、と一行は情報を集めに三つにバラけた。



「レイラさん、大丈夫かな?」

「彼女は旅慣れてるし大丈夫でしょ。それよりきみだよ。相変わらず危機感ないんだもん」


 街に着いた早々、歩きなれない雪道に足を取られ、転んでしまったリマは、路地から現れた男が優しげに差し伸べた手を掴んだ。直接的に何かされたわけではなかったが、結果スリに合いそうになったのだ。


「僕がいたからよかったものの……もう少し警戒して欲しいな」

「ごめんなさい」


 レムとしてはリマにもシルフィにも、そういう面ではきちんとして欲しい。本当に危なっかしくて見ていられず、以前痺れを切らしたアレフがシルフィを小脇に抱えて運んでいた気持ちがよくわかった。

 二人は氷の精霊を祀っていた場所の管理をしている役所を訪ねることにした。


「すみません。僕たち研究の一環で、精霊を祀っていた場所がどこにあるのか知りたいのですが…」

「あぁ、あんたらもか。よくそういう人たちが来るけど、あの場所に行きたいやつなんて珍しいね。魔物も多いってんのに」

「腕の良い護衛がたくさんいるもので~」


 職員の好奇の目に、レムはへらりと笑ってかわす。


「場所はニーガルズ氷河に沿ってる氷山の南端。といっても、この街からは更に北だが近いよ。ここら一帯は、小型の魔物が多いから馬車こそは襲わないが、行商や少数の狩人を襲った例も多い。特に『氷結の洞窟』の内部調査なんかここ十何年もやってないんだ」

「この街の傭兵ギルドにでも話を聞けばわかるぞ。出動率は高いからな」


 受付で地図を指しながらすらすらと近況を教えてくれる職員に同調するように、違う男が声をかけてきた。外から帰ってきたばかりようで、まだ厚着のまま鼻を赤くさせてブランデーを煽っている。


「じゃあ魔物の情報はそこでわかるんですね?」

「あぁ。洞窟内で必要な装備も聞いた方がいいな。ねえちゃんみたいな柔っこい細腕じゃすぐ凍りつくだろうな」

「あ、ははは…」


 豪快に笑う男にリマは苦笑してみせる。確かギルドの方にはアレフとディアンが行っているはずなので、ちょうど良いと二人は思った。


「もし……そこのお方、氷結の洞窟に行かれるのですか?」


 受付でそのまま街のことを聞いていると、談話室と化しているロビーにいた熟年の女性に突然話かけられた。女性は頭まで覆う黒い法衣を着ていて、所謂シスターと言える格好だった。ティルナ教に修道院は無いので、おそらく違う宗派だろう。


「はい」

「見かけたらで良いので、お声かけしました。洞窟の中で十代の少女を見かけたら知らせてもらえないでしょうか」

「え……」

「シスター、もう諦めろよ。あの辺じゃ巨大な狼も出るって言うし……」


 と言葉を失う若者二人に気づかないまま職員の男性が被せた。


「女の子がどうしたんですか?」

「………」


 シスターと呼ばれた女性に反応したリマを止めずに、レムは真顔になって黙った。


「私のいる教会は孤児院も兼ねているのですが、そこにいたキリアという女の子が二年ほど前から帰ってこなくて…」

「何度も探したんだが、何しろこの環境だろう?気候も安定しなくて吹雪が年々酷くなっていて、捜索は取りやめになったんだ。両親がいて金でもあれば期間は伸ばせたかもしれないが」

「でもあの子は度々街の近くに戻ってきているようなんです。何度も見かけた情報があるのに、人目を避けているようで」


 眉を下げ心配そうにするシスターを慰めるように職員が説明してくれた。

 先ほどから口を閉ざしたままのレムに少し違和感を覚えながらリマが尋ねる。


「その子がいなくなった理由に心当たりはあるんですか?」


 その質問に相手は一瞬わずかにたじろいだ。予想外の反応にリマは相手の感情の揺らぎを察知した。ふと隣のレムが前へ出た。


「もし、見つかったとして、僕たちはどうすればいいの?知らせて、その後はどうする気なの?」

「…………」


 ようやく口を開いたレムから出た言葉は、普段とはかけ離れた無機質で刺々しかった。先ほどまで浮かべていた人好きそうな笑みを浮かべたまま、目は全く笑っていない。それに気圧されたのか、気まずい空気が流れる。


「生きてるんでしょ。ならいいじゃないか放っておいて。人目を避ける理由がその子にはあるんだから」

「でも、あの子はまだ子供で……それに……」

「あのっ!もし見かけたら、戻るように説得してみます。必ず会えるとは限らないので…あまり期待は持たない方が…」


 取り繕うようにリマが明るめに声を出すと、周りが頷いてくれたので二人は役所を後にした。

 レムが無言のまま足早に歩みを進めるのをリマは若干駆け寄るような形で後ろを続く。普段周りと歩調を合わせて歩くようなレムが違った態度を見せたことにリマは動揺した。雪道を踏む足音の音が大きく響くのは慣れない雪の上を歩いているからだけではなさそうだ。


「レム、ごめんね?私が勝手に首を突っ込んだせいで……」

「へ?リマちゃんは悪くないよ~こっちこそ、嫌な思いさせてごめんね。大人気なかったよね」


 いつもより早く歩く背中にリマは謝罪の言葉を投げかけると、足が止まった。ふぅ、と息を吐いてレムは眉を下げる。


「あのシスターが苦手なんだと思う。その女の子を心配するっていうより、罪悪感とか後悔の方が感じて、気分悪い」

「それは私も感じた。困惑と恐怖……色んなものが混ざり合ってて、言葉と矛盾してた。困ってるなら力になりたいけど…」


 目線を外すリマを見て、レムは緩く笑った。


「優しいね。それでこそリマちゃんだ」

「それ、褒め言葉じゃない気がする…」

「気がするだけ、だよ」


 口を尖らせた彼女の髪を優しく撫でた。


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