増幅器式工学
マナフィラー研究の権威改め、カイル・ベルフォードと名乗った少年はベッドの上でレイラの話を聞いていた。途中胸ポケットから取り出した黒縁のメガネをかけ、何かをメモしながら最後まで聞いた後、原因追求よりも先に姫の容体を診ることになった。
「精霊が意識を、ねぇ…」
「彼女は大丈夫なの?」
「今から言うのはボクの意見だから医者のキミからしたら違うかもしれないけど、とりあえずお姫様の症状はマナフィラーにみられるコアの欠乏症で間違いはない。本来精霊の子が受け入れられる魔力の器が大きいだけに、欠乏の期間が長すぎたんだろうね」
コアの欠乏症とは、生命維持に必要なコアが脅かされるほど消耗した状態のことで魔術を行使できる魔術師が陥ることが多い。すべての生命は自然と大気中のコアを体内に取り込んで回復する。それが追いつかないと身体の機能不全が症状として現れる。
マナフィラーの場合、この回復を自身の体内でコアを生成することで解消している。
「そんな状態で急に大量のコアを注ぎこまれたんでしょ?そりゃ体内の。コアも暴走するって。いくら元の魔力の器が大きくて同じ属性の血縁者のコアでも、硝子の容器と鉄の容器とじゃ耐久性が段違いだ」
「治るの?」
「まあ時間はかかると思うけど、騎士の彼がいるなら大丈夫でしょ」
カイルが見遣った先は、ベッドに寝かされたステラの側には回復を早めるためにずっと手を握っておけと言われたディアンがいる。
「シルフィとレムだっけ?二人の症状は増幅器を着けていた年月が長かっただけで、このまま正しく抑制器を身に着けていれば魔力の行使も問題ないでしょ」
「よかった…」
その言葉にリマは胸を撫で下ろした。レムはガントレットを外した左手首を曲げて感覚を確かめている隣でシルフィは深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。ベルフォード博士」
「カイルでいいよ、同い年だし。てか、キミたちよくここがわかったよね」
「研究者同士の情報網よ。でもここ一年はずっと森にいるそうじゃない。あなたの経歴はほとんどよくわからなかったけど」
「別に隠してはないよ?ボクは一人が好きなだけ」
レイラが城を離れてからずっと、サイモンに指示を出していたはカイル・ベルフォードの行方だったようで、所在をなかなか特定できなかったのは本人の気質によるものだったらしい。
「年近いのに僕ずっと王立学問所にいたけど、君の名前は聴いたことなかったな」
「キミはランティスの貴族でしょ?ボクの出身はウェルスだ。最近ではランティスの軍事兵器手伝ってたな」
「トールにもいたんでしょう?」
「いたけど、もう手伝いたくない」
今までどこか間延びした退屈そうな態度から不機嫌な声色に変わった。重苦しい空気にアレフが訝し気に問いかけた。
「教会か?」
「いや……国家相手だけど、こんなの別に極秘なわけではないんだ。あいつらはボクにマナフィラー装填型の増幅器式工学をやらせようとした。ボクだってマナフィラーなのに」
碧翠の双眼を伏せて言った最後の言葉には失望の色が伺えた。
「マナフィラー、装填型?」
「増幅器式工学は知ってる?」
彼の問いに精霊の子たちが頷いた。少し遠くからディアンも固唾を飲んで耳を傾けている。
増幅器式工学とは、火力や水力などエネルギーとなりうる要素を人間が増幅器を用いて外部干渉することで、コントロールできる技術である。
この世界の工業的な技術のほとんどはこれにより賄われており、主にトールが発達の中心とされている。
「この技術は自然の力をコントロールしたくて生まれたわけじゃない」
「………」
「人間がマナフィラーを利用するための技術だ」
その言葉に、レイラを除く全員は息を飲んだのがわかった。
歴史には一通り強いレムも初耳だったことがわかる。
話によれば、このことは禁書レベルの内容であるらしい。
増幅器は『自らを強化するものを取り込む』という唯一無二の性質から、コアが枯渇しかけた時代に確立した理論が増幅器式工学。
魔力を用いるのに必要なコアが枯渇してしまえば、国や軍事の維持力に関わったのだろう。そこで白羽の矢が立ったのがマナフィラーだった。彼らは微量とはいえ生涯永続的にコアを生産できる。その生産性を高めようとした結果が増幅器の装着。
だが強い副作用により実用化は叶わず、代わりに自然のエネルギーを上手くコントロールしていく方向に至った。
「その時代の明確な資料が残っていないからなんとも言えないけど、生体に直接利用するべきではない。特にマナフィラーには」
だから君たちは__精霊の子は、マナフィラーだ。それは断言してあげる。




