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精霊の御子  作者: 壱原 棗
第6章:凍った心
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四霊柱 ‐ ラトウィッジ ‐

君には誰もいなかった

僕には君にしかいなかった


僕らはきっと互いだけ

だから僕が守ってあげる


ヒトがヒトを守れないなら

僕がヒトから隠してあげる


君は もう 傷つかなくていい

 ティルナ教会はトール帝国の帝都城下_貴族街と民家の間の位置に広大な敷地の自治区を持つ。 

 最大規模の大聖堂を中心に、教皇騎士団の演習場をこの自治区に備えている。噂によるとその土地は、言い伝えのコアの吹き出す泉を中心に区画が保護されているのではないかと噂されている。

 地上の建物は信者への説教・礼拝用の施設や、地方支部と同等な中規模の聖堂があり、教会の人間は地下に建設されている施設で教会運営に勤しんでいた。


 帝国が国を挙げて信仰しなおかつ武力保持が許されている偉大な宗教のひとつとしてこの土地に君臨している。その影響力は帝国の政治にまで及び、教皇が枢密院議長を務めることもあり、皇帝へ助言がなされているそう。

 他二国もティルナ教会の影響力は無視ができないこともあり、事実上の不可侵領域なのだ。歴史を遡れば、ウェルス、ランティス共にその時代の君主が信心深いほど、少なからず影響をもたらしてきた。


 世界の平穏に不可欠な精霊の復活。人間以外の種族が懸念していたコアの枯渇が、とうとう目に見える形で世界を蝕み始めた。彼らから言わせれば、気づいてからではもう遅い。

 人間たちが縋ったのは、長年警鐘を鳴らしていたティルナ教会だけだ。その『精霊の子』に関する重要な情報を有している集団を、国家は無視ができない。


 かつて世界に恵みをもたらす泉があった

 しかし争いで泉は枯れ

 世界の理を守る精霊たちは死に絶えた

 それを嘆いた女神が泉に自らの命を分け与えた

 すると泉の精霊が誕生した


「私が朽ちれば泉は再び枯れる。精霊たちを復活させよ」


 女神の最期の言葉を受け取った精霊は

 天から宝石を落とした

 落ちた宝石はヒトとなり精霊として生まれ変わる

 人々は彼らの誕生を待ち望むだろう


 *****


 神秘に包まれた救済組織__ティルナ教会の総本山の地下深く。自然の光が届かない場所を照らすのは、魔力の属性によってほのかに纏う色味を変える増幅器式工学による光源体ランプ。中央に大きな祭壇を中心に広がる扇状の場所に教皇とその側近である四霊柱テセラのうち三名が仕えていた。大きな宗教画__泉の精霊:ティルナを教皇が見上げている。


 側には教皇騎士団の軍服に身を包んだイヴ・ラトヴィッジと、いつものような真っ黒なスーツのデトラスが膝をついては頭を下げていた。もう一人は教皇の側で神官の法衣を身に着けフードを被り、顔はよく見えない。手に持つ大きな杖が印象的だ。


「……セレーネはどうした」

「月の魔力の欠乏により、同化まで至りませんでした」

「“ 器 ” は?」

「完全体にはなりませんでした。ただ、今回は血縁関係のある『被験体』でしたので、かなり“ 器 ” に近いものには成ったと思います。一度の同化なら死亡しないかと」

「では、セレーネはまだ我らの手中。もっとも、魔宝石が奪われては元も子もないが」


 訝しそうにそう言った教皇に、イヴは声色を猫なで声に変える。


「今回の実験から、例の件は実行に移せるのです。必ずや成功するでしょう」

「ギラの報告によれば、増幅器の定着は良好。他の条件は全て揃っています」


 イブの報告に合わせて教皇の側にいた男が重ねて耳打ちした。今回自分の孫娘を儀式に差し出したことで、アーネスト家は四家のパワーバランスからひとつ抜きん出た力を持てる圧力を獲得した。


「もう前回のような失敗は許されん。機を逃さず、一度に多くを求めるな。慎重に時間をかけろ」

「御意」


 ティルナ様のご加護がありますように。


 *****


「いつまでこんな茶番続けるつもりなんだろうね〜?」


 月明かりが漏れる教会の敷地内を歩いていたデトラスがつまらなさそうに両腕を伸ばして背中を少し反らせた。


「あの方が試してみたいと仰ったのよ。仕方がないじゃない。それに成果はどちらとも出ているでしょう」

「『人為的に精霊の子を造る』って計画……?ギラにはちっとも理解されなかったやつだ」


 “ 精霊の子 ”  精霊復活のために必要な最大の要素。

 彼らが生まれる確率は現段階では把握されていない。文字通り天から授かった“ 御子 ” である。そして現在公となった精霊の子は三人。

 デトラスの話によれば、レイラ・ローレンスが加えて三人発見している。どちらにせよ全員が見つかるのは時間の問題だ。


「あの子はちょっと頭が弱いのよ。小難しいことはわからなくてもいいの」

「まぁ、セレーネの件は半分博打みたいなものだしね。アーネストのお嬢さんは役に立ったんじゃない?今どうしてるんだっけ……」

「装置の中で寝てるわ。“ 器 ”には一番近い状態。どうして死なないのか不思議だわ」

「マナフィラーの体質は未知数だねぇ。キミもそうでしょ?」

「……知らないわ。私は一般枠で軍に入ったのだから」


 イヴのぶっきらぼうなもの言いにデトラスは心当たりがあった。『氷の女』と称される彼女は「マナフィラー」という単語に凡人にはわからないほどであるが反応を示す。普段は冷静沈着な軍出身らしい気性の女が心を乱すのはなぜか。デトラスにそれを暴いてみたい嗜虐心が湧くが、今の立場、間柄では野暮である。


「イヴ」

「……イオ」


 後ろから隣の女を呼ぶ声にデトラスは口を閉ざした。やれやれ興ざめだ。

 先ほどまで教皇の側に付きっきりだった神官の一人_イオ・ラトウィッジがそこにいた。フードを外した姿はイヴと同じクリーム色の短髪の男性。


 ティルナ教会神官:四霊柱テセラ

 四大貴石の名を冠した金剛位・翠玉位・紅玉位・蒼玉位の四名から構成され、かつてトール四家の当主が席巻した時代もあったとされる。他国からの干渉もあり、現在は多少分離は保てているようで癒着は途絶えていない。


「増幅器の触媒、在庫が尽きそうだよ」

「……部隊を向かわせる。確保だけはこちらでやるわ」

「処置はこっちでやるね、よろしく。デトラス、ギラの回復はどう?」

「ん~珍しくちょっと遅いかな。バーニソン邸に行った方がいいから今日あたり行かせるよ」

「ついでに“彼女”にご挨拶もよろしくね。くれぐれも四家の屋敷では口を慎むように」


 にこにこと笑顔を絶やさずデトラスに向けて口の前に指を一本立てた。

 これは一種の牽制だ。四霊柱の間はお互いに干渉しない。これが暗黙のルールである。誰が何の目的でこの組織にくみしているのか。それを探るような真似はしてはいけない。

 デトラスの目の前にいるこの二人は、ラトウィッジ伯爵家の双子子女である。まあ、逆の立場からすれば、デトラスとギラは得体の知れない『魔族』だ。唯一言葉で意思疎通ができるというだけの種族間には大きな隔たりが本来存在する。


「はいはい、ティルナ様バンザーイ……。死なないように首尾よく行きましょ~双子さん方」


 にぃと上がった口から覗いた白い牙が暗闇に浮かんで、足元の自分の影に溶けて消えた。

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